4.魔法についての勉強(後編)
「さて、続いては魔力について勉強をしましょうか」
私が促したためか、割とスムーズに話は魔法の概要から魔力についてという内容に移る。
個人的にはここで少し戸惑ってくれるぐらいがよかったのだが、彼女としてはこちらのオーダーに精一杯答えようとしているのだろうから、あまり無下にするわけにもいかない。
私は比較的穏やかな気持ちでルナの説明に耳を傾ける。
「魔力とは魔法を使うための力のことを言います。この魔力の量というのは人それぞれで、多い人もいれば少ない人もいます」
「魔力がない人はいないの?」
「それはいませんね。もし、そんなことがあれば、生きていけませんから」
どうやら、この世界で魔法が使えるということは必須の技能らしい。いや、ルナが何かしらの魔法を使っているような節は見当たらないため、単純に魔力のない人間など存在していない。そう言いたいのだろうか?
「……メイドさんも魔法が使えるの?」
「いえ、私は学校に通っていませんので、大した魔法は使えません。よく覚えておいてください。魔法は使えて当たり前。人との差が出るのは生まれと才能だと。今はわからないかもしれませんが、そのうちわかりますよ」
おそらく、彼女が言う生まれというのは、一族の血だとかそういう話以外にも、学校に通えるかどうかも絡んできそうな話だ。才能に関しては今の時点では比較のしようがないため、わからないが、生まれに関してはアリゼラッテ家という領主の家に生まれ、生まれながらにして、一族に伝わる魔法が使えるのだから、ある程度有利な位置にいると言えるだろう。
私はその事実がひどく気に入らなかった。日本のように義務教育を導入しろとか、学校になんて通わないなどと言うつもりは更々ないが、やはり、学びを得る機会はある程度平等に与えられるべきだろう。そういった意味では先ほどルナが学校とは言えないと言い切った無料で通える学校とやらは魅力的といえるかもしれない。
「うん。わかった」
ただし、そのことに関してルナを問いただしても状況が変わるとは思えないので、この場では素直に彼女の言葉を受け取ることにする。
「続いて、魔力の回復方法と魔力が切れたときの対処法についてです。魔力というものは先ほど説明した通り、魔法を使うために必要なものです。しかし、その量には人それぞれ限りがあります。もちろん、やり方次第ではその量を増やすことも可能ですよ」
ルナの説明をうんうんとうなづきながら聞き、私は思う。
これはどう考えても5歳児向けの説明ではない。私に前世の記憶があるからいいものの、これがただの5歳児だったら、こんな説明理解できないだろう。
彼女としては、私の期待に応えようとして努力してくれたのだろうが、その努力が逆に説明を難しくさせている感が否めない。例えば、何か私の身近なものを例に挙げて説明をするとかそういった方向の努力がかけているのではないだろうか?
「……というわけで、魔力がなくなると私たちは動けなくなってしまうわけですね」
考え事をしているうちに一番大事なところを聞き落としてしまった。
「ねぇ待って! 今のところよくわからない」
せっかくだから、説明が5歳児向けではないという事実に気づかせるという意味も込めて、彼女にはちゃんと分かりやすく、時間をかけて説明をしてもらうことにしよう。
「あぁえっと……話が難しすぎましたね」
私の指摘でようやく彼女は自らの話の難解さに気づいたらしい。もっとも、私自身は理解できているのだから問題はないのだが……
「えっと……どうしましょうか……そうだ。ターシャ様はお腹がすいたときはどうしますか?」
「うーんとね。ご飯を食べる!」
「そうですね。それと同じように……」
そうそう。こういう説明の方が子供にはわかりやすい。
「食事を取るなどといった行動から魔力を回復させることができます。そのほかにもきっちり寝るということも重要ですね。なので、ターシャ様は好き嫌いをせずに食事をして、夜はちゃんと寝るようにしてくださいね。ここまでで質問はありますか?」
子供にわかりやすい説明。それが一番だと思っていた時期も私にはありました。
子供にわかりやすい説明を求めた結果、さりげなく生活習慣について注意される羽目になってしまった。
食事に関しては、とりあえず好き嫌いはないのだが、前世の記憶がよみがえってからというものの実のところちゃんと眠れていないのだ。その理由は主にこの世界で今後どう生きていくのか考えているのが原因だったりするのだが……
とりあえず、体力を使えば眠くなるだろうと考えて、ベッドから抜け出して部屋の中を歩き回ったりしていた。それを時々見回りに来るルナやほかのメイドに見つかるというのが二日ほど連続で続いていたのだ。おそらく、彼女はそのことを指して早く寝ろといっているのだろう。
「はーい。ちゃんとご飯を食べて、寝るようにします」
そんな悩みを打ち明けるわけにもいかないので、ここは無邪気な子供のごとく大きな返事と挙手で同意をする。さて、次からはメイドたちに見つからないような方法での夜更かしが求められるのだが、それに関してはおいおい考えればいいことだろう。
「はい。ちゃんと約束しましたからね」
「うん。ところで、なんでご飯を食べたり、寝たりすると魔力が回復するの?」
約束をしたところで、私はすかさず子供っぽい質問をぶつける。
「そうですね……その理由についてはよくわからないというのが答えでしょうか。大魔法使いミル・マーガレットは“魔力とは人間の生きる気力である”なんていう言葉を残していますが、本当に魔力と気力と呼ばれるモノが同一かどうかは誰にもわかりません。ただ、魔力は人間にもともと備わっているものだから、体力を回復するのと同じように休息をとること……つまり、食事をしたり眠ったりするという行動が大切なのだと思います」
なんだか急に話が複雑になった気がする。
とりあえず、彼女の話をそのままうのみにすると、魔力と体力はイコールで考えてもよさそうだ。つまるところ、体力を使って運動し、疲れたら休憩をとるのと同じように、魔力を使って魔法を使って疲れたら、体力を使ったときと同じように休憩を取ればいいということなのだろう。
「うーん。よくわからないけれど、運動したときにつかれるのとおんなじ感じなの?」
「そうですね。その通りです。さすがターシャ様ですね」
どうやら自分の考えは正解だったらしい。
「続いて、魔力が切れた時の症状についてです」
先の質問で私が魔力について理解したのだと判断したと思われるルナは次の説明を始める。
「魔力がなくなると、強い疲労感……つまり、ものすごく疲れます。そして、動けなくなります」
「それだけ?」
「いえ、徐々に消費するのならともかく、一回の魔法で限界を超えた場合はその場で倒れて、魔力が回復するまで眠ってしまいます」
なるほど。魔法を使いすぎたときの副作用はひどい倦怠感が主なものであり、最悪の場合動けなくなったり、意識を失ったりといった症状が出るらしい。私は先の体力の話に結び付けてそのことについて納得する。
「そうなんだ。じゃあ、魔力が切れないように気を付けないとね」
「はい。そうですね。ですから、私の体を使って、いっぱい練習をして、どこまでなら魔法を使っていいのか覚えてくださいね」
「えっと……うん!」
魔力切れの話に絡めて、自らの体を差し出すルナを前にして、少し引きそうになるが何とか持ちこたえて、元気よく返事をする。
あぁ早くメイドの世話がいらないぐらいに成長できないものだろうか。
私はそんなことを考えながら、ルナに満面の笑みを向けた。