閑話 メニーから見た台本作り(後編)
時間はだんだんと夜に近づいてきている。
私が腕を組んで立っている前でターシャはせっせと台本を書いていた。
話しかけられれば、なるべく冷たく返し、ターシャが甘えずに早く台本を書き終えるように促している。
結局のところ、今まで台本が進まなかったのはメニーが彼女が求めるままに甘やかしたのが原因だ。ともなれば、そのままの状況を続けていれば書けるものも書けなくなってしまうだろう。
なので、メニーは心を鬼にしてターシャに台本を書かせ続ける。
結果論で行けば、その努力のおかげでターシャはすらすらと台本を書き進めている。
メニーとしては、この方法でターシャの手が今まで以上に止まるようだったら、適当なタイミングと適当な理由で彼女を許して、今まで通りに戻るつもりだったのだが、どうやらこちらの方が効果があるらしい。
そのため、メニーは厳しい態度を継続してターシャに台本を書かせる。
それにしても、エミリー先生はどの程度の量の台本を彼女に要求しているのだろうか? 台本を書くところから始めるという点にインパクトを植え付けられすぎてすっかりと聞く機会を失っているが、ちょっとしたあいさつ程度ならすぐに書き終えてもおかしくはない。
しかし、ターシャは羊皮紙を何枚も使っているし、それを捨てていないあたり失敗して羊皮紙を浪費しているという風にも見えない。もしくは、現実逃避気味に無駄に台本を書き続けているのだろうか? 仮にそうだとしたらかなりまずい事態となる。
私としては彼女を許す機会を喪失してしまうし、彼女は彼女で私が怒っているという事実から逃げたくして仕方なくて終わりもしない作業を続けるという最悪の循環に陥ってくる。
いずれにしても、次に彼女が謝ったらやめよう。時間も時間になってきているし、これ以上彼女を起こし続けるのも酷な話だ。
そう考えていたちょうどその時だ。
「やった。終わった!」
目の前でターシャが歓喜の声を上げる。
続けて、涙目でこちらを見てきたターシャに対して、メニーは笑顔を浮かべて答える。
「やりましたね! いやー厳しくしたかいがありました!」
終わった。どれだけの量を書いたのかは知らないが、これは奇跡に等しいかもしれない。
入学式のあいさつという一見すれば単純なそれでも、あいさつする人間がアリゼラッテ家という領主一族の人間であり、なおかつ台本の作成から任せられているという状況を考えれば、彼女がそのプレッシャーで仕事を投げ出してしまう可能性すらあったのだが、彼女は無事に完遂して見せた。
そう考えれば、その状況を奇跡として片付けるのは彼女に失礼だろう。
彼女の努力によって、台本は無事に完成をした。それがまぎれもない事実である。
この後に台本の修正やら、読む練習やら、本番における緊張の乗り越え方やらいろいろと課題があるものの、第一の関門を無事に突破できたのは確かな事実である。
ここでメニーは一気に態度を緩め、良くも悪くもいつも通りのメニーに戻る。
そのことに関して安心したのか、ターシャはほっとした笑みを浮かべてペンを机の上に置いた。
「びっくりしたよ。メニーがずっと怒ってると思ったから……」
「私は膝枕が終わったあたりで気が済んでいたのですが、せっかくなのでターちゃんが台本を書きやすいように利用させていただきました」
こんな手を使うことはもうないだろう。そう考えて、メニーはさらさらと自分の手の内を明らかにしていく。
ターシャはその話をどこかほっとしたような表情を浮かべて聞いている。彼女としては、本当に私が怒っていると考えて、どうやって許してもらおうかと考えながら台本を書いていたらしい。それを聞くと、メニーは彼女に悪いことをしてしまったななんて思ってしまう。
「まぁでも、そのおかげで今日中に台本が書き終わったんだし、本当によかったよ。ありがとう」
しかし、最後にはターシャが笑顔でそういったことを言うものだから、メニーは厳しくしたかいがあったななんて思ってしまう。
そのあとは少しだけ会話を交わしてから、二人で同じベッドに入って目を閉じる。
あぁそう言えば、あの後からお風呂に入ってないし、着替えもしてないな……
そんなことを思ったが、疲れからくる心地の良い眠気に身をゆだねてメニーは眠りについた。
*
夜中。
メニーは部屋の近くからする物音で目を覚ます。
「……何かしら? こんな時間に……」
ターシャを起こさないように気を付けながらベッドを出ると、メニーはなるべく静かに移動をして部屋の扉を開ける。
「おや。起こしてしまいましたか」
扉を開けると、その向こうには人の悪そうな笑みを浮かべた修道女……もとい、修道女もどきのメリーが立っていた。
彼女の右手にはランタンがあり、周囲にほかの人間がいないあたり、この暗い廊下を一人で移動してきたのだろう。
「メリーさんですか。こんな夜中にどうしたんですか?」
「あぁまぁちょっと散歩を……まぁ別の目的もあったのですが……せっかくですし、少しお話しませんか? 私の部屋で」
「えぇまぁ……いいですけれど……」
答えながら、メニーはちらりと部屋の方を振り向く。
「大丈夫ですよ。そんなに長いお話ではないですし、仮に朝になったとしても速やかにあなたが返れば問題はないでしょう? さぁさ、せっかくですから二人で真夜中のお茶会と行こうじゃありませんか」
ターシャのことは心配だし、今は夜中だ。
先生に見つかったらまずいだの、朝起きたときに自分がいなかったらターシャが不安になるだのいろいろな考えが頭の中をよぎっては消えていくが、どういうわけかこれには応じるべきだという結論に至り、メニーは小さくうなづく。
「それでは私の部屋までご案内いたしましょう。安心してください。部屋の割り当ての関係で私は一人部屋ですし、見回りの教師に見つかることも絶対にありませんので……」
どこからそんな自信が来るのだろうか? そんなことを思うが、根拠を尋ねたところでまともな答えが返ってくるような気がしない。
そもそも、最初に接触してきたときからそうだが、明らかにターシャ目当てで近づいてきているような雰囲気でありながら、どういうわけか彼女はメニーにばかり接触しているという点も気になる。
そう考えると、昼間に売店でばったりと会ったのも単なる偶然ではないような気がしてくるから不思議だ。
「もしかして、昼間にあったのは偶然じゃないとか考えていますか?」
「えぇ。よくわかりましたね。ついでに言えば、あなたは入学式のあとの話がしたいといっていました。しかし、実際には入学式よりも前であるこのタイミングで姿を現した。これに関しても説明が欲しいところですね」
メニーの質問に対して、メリーは笑顔で返答をする。
「それは私の気まぐれということで納得をしてください。まぁ早い段階でお話ができるのならそうした方がいいのは事実ですし、何よりも私はあなたにも興味があるんですよ。いかにして、ターシャ・アリゼラッテの信頼を勝ち取ったか……とかですね」
「やはり、あなたの目的はターちゃんですか。どういうつもりですか?」
「……まぁそれに関してはこちらにも事情がありますので……と、ここが私の部屋です。どうぞ、中に入ってください」
そういいながら、メリーは立ち止まり目の前にある扉を開ける。
メニーは彼女のことを警戒しつつも、彼女に従った方がいいという己の勘に従って彼女の部屋の中へと入っていった。




