閑話 メニーから見た台本作り(前編)
本日二話目の投稿です。
ターシャがエミリー先生から入学式のあいさつとその台本の作成を依頼されて帰ってきた。
それ自体はいいのだが、幼児である故か集中力は全くといっていいほど続かず、今、彼女は私の膝の上でくつろいでいる。
こんなことでいいのかと思いながらも、頭をなでられて気持ち良さそうにしている彼女を見ているのが心地よくてこれをやめられないでいる。
それにしてもだ。最初に正座をして何て言われたときには、自分の知識にある正座をすればいいのかと迷ったものだ。この世界と元の世界で正座という言葉が指す体勢が同じとは限らないし、そもそも床に座るという習慣がないこと辺りでわざわざそんな座り方が定着するのかという疑問があったのだが、座ってからすぐにターシャが頭をのせてきた辺り彼女が求めていたものはこれだったと確信することになる。
そんなことはさておいて、メニーは今一つのピンチに遭遇していた。
この体になってから初めての正座である。ともなれば、当然ながら足がしびれてきたのだ。
「ターちゃん。台本は?」
「今考えてるの。もうちょっとこうしてたい」
とりあえず台本を書くように促してみるが、ターシャはこのままの体勢でいたいと要望する。おそらく、台本が書きたくないのだろう。なら、最初から引き受けなければいいのになどと思ってしまうのだが、その辺りについてはわざわざ聞き出す必要はないだろう。
そんなことを考えている間にも足のしびれはひどくなっていく。こうなれば、次は素直に現状を伝えるしかないだろう。
「ターちゃん」
「なに?」
「そろそろ足が……」
私が訴えると、彼女は渋々といった顔を隠すことなく起き上がる。
その後、少しメニーの顔を見つめたあと、ターシャはゆらりと少し体を揺らしながら立ちあがり、そのままフラフラと机に向かう。その様子を見る限り、余程台本を書くのが嫌なのだろう。
出来れば手伝ってあげたいところだが、下手に介入すれば、ターシャの努力を無駄にしてしまうし、何よりも中身がこの世界の人間ではない自分が介入すればあいさつの内容がこの世界の様式美から外れたり、子供らしさがなくなって、本当にターシャが書いたのかと疑いを持たれる事態にすらなりかねない。そう考えると、少し離れたところから様子を見守って、けなげに応援をするのが正解だと言えるのかもしれない。
「ターちゃん。頑張ってくださいね」
そういった思いを込めてエールを送ると、返ってくるのははかなげな笑みと弱々しい言葉だった。
「うん。ありがとう」
そう言って、ターシャは再び机に向かう。
メニーはその背中を見て、言い様のない感情に襲われる。
普段は気丈で明るい彼女のこんな弱々しい姿を見るというのは中々ない機会だ。まるで怯えた小動物を観察しているかのようである。もともと、ターシャは小動物のように可愛いところがあるが、こんな姿を見せられてはいつも以上にかわいいと思ってしまう。正直なところ、彼女を甘やかしたいなんて思ってしまうのだが、それは彼女のためにはならないだろう。
「そうだ。なにかほしいものはありますか? 確か、女子寮の中に売店があるはずですから、そこで買えるものなら買ってきますよ」
このまま部屋にいたら彼女を甘やかしてしまう。一旦、部屋を出て頭を冷やすという意味も込めて、そんな申し出をして見る。
「えっ? あぁじゃあ、なにか甘いものがいいかな」
彼女としてはこの申し出は予想外だったのか、少々驚いたような表情を浮かべているが、その要望の内容はかわいいものだ。やはり、頭を使うと甘いものがほしくなるというのはどの世界でと共通らしい。
「わかりました。行ってくるので書いててくださいね。台本」
メニーは念のために台本を書くようにと言って、彼女に背を向ける。
そのとき、彼女はなぜか気まずそうな表情を浮かべていたが、気のせいだろうか?
ターシャの様子を気にしつつも、メニーは部屋から出て売店へと向かう。売店へと向かう廊下には人の姿はほとんどなく、それぞれ荷ほどきや同室になった人とのあいさつをしているのだろう。
廊下を歩いて、しばらくすると一年生が割り当てられているエリアを抜けて、上級生も足を踏み入れる共有のエリアに入っていく。
さすがにそうなってくると、人の姿が増えてきて、上級生と思われる人たちが談笑を交わしたり、カードゲームで対戦をしてきたりという姿が見受けられる。
そんな先輩方の近くを通り、メニーはまっすぐと売店に向かう。
「いらっしゃい」
売店にはいると、推定80歳ぐらいのおばあさんがしわくちゃの笑みを浮かべて出迎えてくれる。
「こんにちわ」
店主にあいさつをしたあと、メニーは売店の中を歩き始める。
売店にはパンをはじめとした食品から、文具などの小物まで様々なものが売られている。
その中でメニーは菓子が置かれているコーナーを見つける。
どれがいいんでしょうか?
菓子コーナーにはクッキーからチョコレートまで各地で作られる様々なお菓子がおかれていて、値段もそこそこする。ここで迷うぐらいならターシャの好みを聞き出しておけば良かったなどと思うのだが、彼女がお菓子をむさぼる姿が想像できないぐらいには、彼女がお菓子を食べているところを見たことがないので、それも難しいような気がする。
「……どうしましょうか」
そうつぶやいて、ちらりと食品の方を見る。すると、色とりどりのフルーツと小さなバスケットが視界に入る。
お菓子の好みはわからなくても、安価なフルーツをいくつか買って、それをバスケットにいれて持っていけば良いのではないだろうか? それなら、彼女は好きなものを選んで食べれるし、彼女が手をつけなかった分に関しては適当な理由をつけて自分で食べればいい。そう考えると、非常に合理的だ。
「よしっ!」
決めた。今回はフルーツの盛り合わせを買っていこう。
そのあとは自分のお小遣いと相談をしながらフルーツを選んでいく。そのあと、ちゃんとバスケットも持ち、私は店主のところへと向かう。
「お嬢ちゃんは新入生かい?」
買う物を一通りカウンターにおいたところで店主から声がかかる。
「はい。そうです」
「そうかいそうかい。元気な子だねぇ。せっかくだからおまけしちゃおうかな」
そういうと、店主はゆっくりと立ち上がり、ゆったりとした歩調でフルーツが置いてある場所へと向かうと、赤色のリンゴのような木の実を持ってきて、それをカウンターに並べる。
「これはかわいいお客さんへのサービスだよ」
そう言って、店主は笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
メニーは礼を言って頭を下げる。
「また来ますね」
「いつでもおいで」
メニーはお金をカウンターに置き、フルーツの入ったバスケットを持って売店をあとにする。
これなら、フルーツが甘いし、見た目も鮮やかなのでちょうどいいだろう。
そんなことを考えながら、メニーは自室の方へと向かう。
「これはこれはメニーさんじゃないですか」
しかし、見知った声で声をかけられたことにより、メニーはその歩みを止める。
「あぁメリーさん。偶然ですね」
「えぇそうですね」
彼女も売店に買い物をしに来たのだろうか? メニーは頭の中でそう結論付けて彼女の方へ歩み寄る。
「ターシャさんは一緒じゃないんですか?」
「えぇ。ターちゃんは今お部屋にいます」
「そうですか。ちょっとお話がしたいところでしたが……入学式のあとにした方がいいかもしれませんね。それでは、私はここで失礼します」
メリーはそれだけ言うと、メニーのそばを離れ売店の方へと向かっていく。メニーはその背中を見送ったあと、自室へ向けて歩き始めた。




