32.台本作りと入学式へのカウントダウン(後編)
昼寝を始めてからどれだけ経っただろうか? 私が目を覚ますとちょっとした洪水が起こっていた。
発生源は私が抱き枕にしていたメニーのとある場所であり、発生源付近の衣服と布団が湿っている。残念ながら、地図ができていたりということはないものの、その面積は相当なものだ。
「だから、トイレにいきたいと言っていましたのに」
昼寝を終えた私に対して、メニーは涙を流しながら訴える。彼女いわく、私が寝たあとに離れようとしたら意外と力が強く、離れられなかったのだという。起こそうと声をかけても起きないしといったことをしているうちに我慢が限界を越えてしまったのだという。
私はメニーに平謝りしつつ、彼女に風呂にはいるようにと促す。
いまだに泣き止まない彼女の背中を見送ったあと、濡れた布団を窓際に干す。とりあえず、夜までに乾いてくれればいいが、そうでなかった場合はこのまま寝るしかないだろう。メニーの布団には入れないだろうし。
そこまで済ませたころには、体を洗った上で着替えたメニーが姿を表す。
しかし、どうも様子がおかしい。なんというか、ゆらりと体を揺らし、背後に変なオーラが出ているような気がする。
「あのーメロンちゃん?」
「ターちゃん」
「はい」
「……正座」
「えっ?」
「正座」
「はい」
メニーの言うことを聞いて、私はその場に正座する。
「そのまましばらくいてください」
彼女はピシャリといい放つと、そのまま膝の上に頭をのせる。
「……あの……メロンちゃん?」
「静かに。しばらく、このままで居させてください。漏らしたら起こりますよ。なにをとは言いませんけれど」
仕返しのつもりなのだろうか? 残念ながら(?)今の私に尿意はないのだが、何にしてもこの体勢を変えるということは叶わないだろう。
メニーは私の膝に頭を乗せたまますやすやと寝息をたて始める。どうやら、彼女も昼寝をしたかったらしい。
私は彼女にしてもらったように頭を撫でながら天井を仰いだ。
*
彼女が昼寝を始めてから約一時間。
私はあるピンチに襲われつつあった。
トイレに行きたい。
まさしく、抱き枕にされていたメニーと同じ悩みである。しかし、違う点をあげるとするならば、漏れてしまったら最後、割りと体にピッタリと張り付いてきているメニーの後頭部が被害を受けるということだろう。
動くなと言うメニーの指示も忘れてモジモジと股を動かすが、メニーが起きる気配はない。
しかし、私の体は子供であっても中身は大人である。こんなところで粗相をするわけには行かない。下手をすれば、二人揃って初日に漏らしたコンビとして、生涯笑い続けられる可能性すらある。
それだけは避けなくてはならない。私のせいでメニーに悲劇が起こったのに、私まで悲劇を起こすわけには行かない。下手をすれば、メニーとの友情にも関わってくる。
私はメニーの頭の下にこっそりと手を入れて持ち上げる。
「誰がやめていいと言いましたか?」
「……起きちゃった?」
「起きました。足でも痺れましたか?」
「いや、その……トイレに……」
「そうですか」
そう言って、メニーは起き上がる。
「だったら、もういいですよ。台本のこともありますし……ただ……」
「次からは気を付けるから大丈夫よ。ちゃんと、メロンちゃんの都合も確認するし……それじゃあ……」
そう言いながら立ち上がろうとして、私はある事実に気がつく。そもそも、一時間以上に渡って膝枕をしていたのだ。当然ながら足が完全に痺れている。
足のしびれのせいで立ち上がれない私を見て、メニーがにやりとした笑みを浮かべている。もしかしたら、これが狙いだったのだろうか? そう思えるほどには見事なしたり顔だ。
「メッメロンちゃん……」
「自分で頑張ってくださいね。片付けの準備はちゃんとしてありますから」
積んだ。彼女からは自分が合った目と同じ目に遭わせてやろうという意思がありありと感じられる。
私はしびれた足の回復は待てないと判断し、半ば這うようにしてトイレに向かった。
一応、間に合って粗相はなかったとここに明記しておく。
*
膝枕から解放されて約二時間。
私は机に向かって台本を書いていた。背後では早く終わらせろと言わんばかりに腕を組んでたつメニーの姿がある。おそらく、昼寝のことを未だに引きずっているのだろう。
「……終わらない」
「……そうですか」
話しかけたところで彼女の態度は素っ気ないものだ。
そうされるぐらいのことをしてしまったので仕方がないのだが、少々心に刺さるものがある。
正直な話、私の中身が大人でなかったらすでに泣いているのではないだろうか? もしかしたら、それをもって報復完了という風に定義しているのかもしれない。
ならば、いっそのこと泣きじゃくって困らせてみようか。いや、その選択肢はない。どうしてもうそ泣きになるし、自分の中のなにかがそれを許さない。
ともかく、これに関しては何かしら別の方法でメニーから許しを得るしかないだろう。
しかし、ここまで怒りを見せているメニーを見るのは初めてなのでどう対処していいのかわからない。そして、そのことを考え始めると台本を書く手が止まってしまうのでそれもあまりよろしくはない。
一体全体どうすればいいのだろうか? まずはこの台本を書きあげることが先決なのかもしれないが、それを終えてしまうと間違いなく気まずい時間が流れることになるだろう。そうなる前に何とか解決策を考え出さなければならない。もっと言えば、台本の制作と並行できるような方法が望ましい。
「……あの……メロンちゃん」
「なんですか?」
「さっきは本当にごめんね……まだ、怒っているよね?」
とりあえず、まずは普通にアプローチを試みてみる。
「えぇ。それは聞きましたよ。さぁ台本の続きを書いてください」
結果は見事に撃沈である。お詫びに何か買ってこようかとも思ったが、残念ながら私の手元にお小遣いはないし、何よりもメニーがそう簡単にものにつられるようなタイプには見えない。彼女が喜びそうなものを買って賭けに出てみるのもありだが、それをするための資金がないのでは意味がない。
いや、もしかしたら私に台本を書かせるためにわざとこのような態度をとっている可能性もないこともない。
メニーに許してほしい一心で無茶苦茶な考えをしているのはわかるが、そんな可能性がないとは言い切れない。ともなれば、この台本を早く書き上げてしまうことが吉といえるだろう。
私はそういう方向に発想の転換をしながら台本を黙々と書き進めていく。
あいさつの内容は単純になおかつわかりやすく、ただし子供らしさは忘れない。
そんなことを考えながら書き進めていく。
早く書き終わればメニーと仲直りができる。そんな根拠のないご褒美を目標に私は台本を書き終えるというゴールに向けて突き進む。
その後、食堂で別々で食事をとった後、就寝の時間近くになって私は台本を書き終えた。
「やった。終わった!」
奇跡だ。まさか今日中に終わるとは思わなかった。
「やりましたね! いやー厳しくしたかいがありました!」
振り向けば、いつも通りの笑みを浮かべたメニーが立っていた。どうやら、私が台本を書き進められるようにわざと厳しい態度をとっているという無茶苦茶な推測は大正解だったらしい。
「……そうだったんだ。ありがとう。メロンちゃん」
「えぇ。私としても心が痛むところでしたが、ターちゃんが無事に台本を書き終わったみたいでよかったです」
そのあとは二人でお互いの行動について謝り、少し会話を交わしてから私たちは二人で同じベッドに入って目を閉じた。




