30.学生寮の部屋割り
学生寮の部屋は四人もしくは二人で一部屋が割り当てられていて、私とメニーは二人で一部屋を使うことになっていた。
私たちが四人部屋になったり、別々の部屋になったりしなかったのは単なる偶然ではない力が働いた気もしないでもないのだが、そのあたりに関しては深く考えない方がいいだろう。
特に部屋が一緒になって喜んでいるメニーの前でそれは口にするべきではない。
「やりましたね! 部屋が別になったらどうしようかと心配していましたけれど、本当に良かったです」
「えぇ。そうね」
学生寮の部屋割りという重要なイベントにおいて、仲のいい友達と同じ部屋という事実に対して、メニーはこれまで見せてくれたことがないほどの喜びを見せてくれている。裏を返せば、彼女はそれほどまでに部屋割りについて不安を覚えていたのだろう。
この部屋割りについては問題が起きたり、当人たちの希望がない限りは変更されることがないとのことなので、そのあたりについては安泰だといってもいいだろう。
正直な話、私としても部屋割りには多少なりとも不安があった。
もしも、メニーとは別の子と同室になったところでちゃんとコミュニケーションをとれるような気がしないし、どういうわけかわからないが、メニーと一緒にいるとものすごく安心する。だからこそ、私としてはメニーには常に一緒にいてもらいたいという気持ちが心のどこかに常に存在しているような気がする。
おそらく、この感情はこの世界においてはじめてにして唯一の友達であるということが大きいのだろうが、この感情が全くなくなるということは一生ないともいえる気がする。
「ねぇメロンちゃん。これからもよろしくね」
私が声をかけると、メニーは笑顔で答える。
「えぇもちろんです」
そんな会話を交わした後、私は荷解きをするメニーを置いてエミリーのところへと向かった。
*
学生寮の入り口。
生徒たちの集合などを想定しているのか、開けた広場となっているその場所の中央にエミリーは立っていた。
「お待たせしました。エミリー先生」
「うむ。よく忘れずに来たな」
この場でいったん解散が宣言されてから待っていたと思われるのだが、エミリーの態度からはそういった雰囲気は感じられない。おそらく、毎年似たようなことをしていて、この状況で待つことに慣れているだとかそういったところだろう。
「さて、移動中に声をかけた件だが……一応、台本は用意している。ターシャはそれを見て、覚えて、それに沿って話すだけでいい……といいたいところだが」
言いながら、エミリーは私のことをまっすぐと見据える。
「……えっと、何かあるんですか?」
「あぁ。私としてはこういったことはしたくないんだが……上の命令だから言わせてもらう」
教師がそんなことを言っていいのか。そう思いつつ、私は彼女の次の言葉を待つ。
「アリゼラッテ家からの依頼でこの台本を破棄。三日後の入学式までに台本を作成、暗記すること。いいな」
「えっ? いや……いくらなんでもそれは……」
いくら何でも無茶がある。三日で台本を覚えろというのも相当だと思うのだが、その台本すらない状態から三日後の入学式までに入学性代表のあいさつを完成させろというのだ。それも、学校の方針ではなくアリゼラッテ家の意向でだ。なぜ、そのような試練がアリゼラッテ家から下されるのかわからないが、私はその事実を前にして愕然としている。
そもそも、この世界の文化というか制度がそうなっているのだから仕方ないのかもしれないが、この一件も部屋割りについてもこの学校は権力がある領主の意見を聞きすぎではないだろうか? 確かに下手に領主からの申し出を断れば学校として運営が不利になるだのなんだのといった事情があるのかもしれないが、それをしすぎるあまり、変な方向に走ってしまっているのは何ともいただけない。
この世界において、帝国とその帝国の命を受けて各地を収めている領主の権力が大きく、こういった介入を許してしまうのはある意味で仕方がないことなのかもしれないが、それでも私としては許容しきれないところがある。
「……それをする理由は何ですか?」
もしかいたら、こういったことをされる理由ぐらいは聞いているかもしれない。というか、聞いていいるべきだろう。そう考えて、私はエミリーに尋ねる。
「……理由か。それに関してはアリゼラッテ家の人間ならば、その程度できて当然だ。だそうだ」
答えになっているようななってないような回答であるが、アリゼラッテ家の人間ならという点について少々苛立ちを覚える。要するに自らの父は自分ができるのなら、娘にもできるだろうと考えているということだ。いくら領主の娘といえども父と娘は血がつながっているだけの別の人間だ。だから、父ができて娘ができないことなどいくらでもあっていいはずだ。それが領主とその娘という関係であってもだ。
「わかりました。やってみます」
私としては、この場で入学式のあいさつを放棄するという選択もあるのかもしれないが、それをしてしまうと負けを認めたような気もするので、渋々ながらそれを受け入れる。
「大丈夫か? 何だったら、ターシャが書いたことにして、私たちが代筆してもいいんだぞ」
さすがにエミリーも幼女に台本から何からすべて任せるのに不安を抱いているのか、そんなことを言い出すが、私は見た目は幼女、中身は大人である。発表の台本ぐらいは何とかして見せる。いや、して見せないと負けのような気がする。
「とっとにかく、そういうわけだから、困ったらすぐに私に相談するように。以上だ」
エミリーとしては、代筆の申し出を受け入れると考えていたのか、はたまた、文句を言わなかったことに驚いているのかわからないが、少々動揺しているように見える。
しかしながら、私としてはそんなことで引き下がるわけには行かない。このあたりの行動の理由を聞かれたら幼児独特のワガママだとかそういった形で納得してもらうことにしよう。
「とにかく、絶対に私が書きますから!」
一応、敬語を使い先生に宣言してから、私はその場から立ち去っていく。
とにかく、幼児らしく、なおかつ自分の黒歴史にならないような完璧な文章を書いてやる。
そんな思いのもと、私は自室へと戻っていった。
*
「……とは言ったもののどうしたら……」
女子寮の四階にある自室。
荷ほどきをしながら私は大きくため息をついた。
そもそも、この世界においてどう言った形式のあいさつが行われるのかという時点から知識がない。参考になる文章ぐらいもらっても良かったのかもしれないが、あのときはそこまで頭は回らなかったし、今からそれをもらいに言ったところで、また代筆の話をされるのだろう。
それにしてもだ。結局のところ、アリゼラッテ家の狙いはなんなのだろうか? 私に苦痛を与えたいのか、恥をかかせたいのか、はたまた試練を与えているつもりなのか……これまで、あまり家族と接したことがないので、そのあたりのことはよくわからない。
だが、引き受けたからにはもう引き下がれない。
「やっぱり、先生に頼んだ方がいいんじゃないですか?」
横から私のことを心配する声が聞こえるが、私はそれに「大丈夫だから」とだけ答えて、先生から受け取ったペンを手に取り、台本を書き始めた。




