閑話 メリーから見たターシャ
学生寮へ至る道の途中。
私、メリーはある人物を探しながら歩いていた。
その理由としては、ある人物からのお願いに起因するものであり、私がこの学校に入学した理由でもある。
私はあえて周りから目立つように修道服に身を包み、教会のシスターにあこがれている女の子を演じて見せる。もっとも、教会に入りたかったのは事実だし、ミッションさえ完遂すれば帝都教会に口利きをしてくれるという話なので良くも悪くも素のままで行動すればいいのだが……
「まず言い忘れていたこと一つ目。我の名は一年生の学年主任のエミリーである。続いて言い忘れていたこと二つ目は学生寮につくまでの間、我々と離れて行動した際の事故については一切学園は責任を負わない。そして、最後。ターシャ・アリゼラッテ! いたら返事をしろ!」
突如として立ち止まったエミリー先生がターゲットの名前を呼ぶ。どうやら、私は相当ついているらしい。
ターシャ・アリゼラッテの監視。それこそが私に与えられた任務だからだ。
若干の困惑を見せながらも、しっかりと返事をしているターシャの方へと私は歩み寄っていく。ターゲットである彼女の横には友人と思われる少女がいて、二人で仲睦まじく会話を交わしている様子が見える。
「あなたがターシャ・アリゼラッテなんですか?」
私は先ほど返事をしてた少女に背後から声をかける。
少々、不自然な感じになってしまったかもしれないが、そのあたりについてはあとから修正が聞く範囲といえるだろう。
彼女は突然声をかけられたことに驚いているのか、少々歯切れの悪い返事が返ってくるが、すぐに冷静さを取り戻して私の服装について質問をしてくる。
そのあたりに関しては想定通りだったため、あらかじめ用意していた答えを返す。
そんな彼女を見ていると、声をかける前までの少しの間の行動も含めて、冷静沈着で年の割に落ち着いているという印象を受ける。
彼女の隣にまるで恋人のようにぴったりとくっついているメニー・メロエッテなる少女もそうだが、帝都魔法学校への入学という状況の中で周りの子供たちが浮足立っていたり、不安そうな表情を見せている中、この二人だけはそういった様子を見せず、他愛のない会話を交わしている。
そもそも、なんで自分がこんな幼女を監視しなければならないのか等と考えていたのだが、この態度を見る限り、あの方がこの幼女のことを気にする理由も何となくわかってきたような気もする。
一応、ただの監視だけではないということを証明するためにもその冷静沈着さの秘密を探ってみるというのも面白いかもしれない。
「さて、どうしたものかねぇ……」
自分が演じているキャラのことを忘れてそんなことを呟いてみる。
そもそも、自分に与えられた任務は監視だけではない。その任務が何になるのかということ自体まだ連絡はないのだが、ターシャと直接接触した上での監視を命令されているため、ちょっと変わっているけど無害な子供を目指して行動している。
「ねぇターちゃん」
「なに? メロンちゃん」
それにしてもだ。せっかく勇気を出して話しかけて、会話に加わろうとしたにも関わらず、すでに二人は彼女たちの世界に入ってしまっている。こんな調子ではこの二人にはほかの友達が出来ないのではないだろうか? いや、そんなことよりも、せっかく接触をしたのにお近づきになれないのなら意味がない。ターシャはともかくとして、何となくではあるがメニー・メロエッテが私をあえて無視してターシャに引っ付いているように見える。もしかしたら、彼女は大切な友人を私にとられるなどと考えているのだろうか? そうだとすれば、彼女はよほどの心配性か、嫉妬深い人間なのだろう。これは、場合によっては排除した方がいい人間だと言えるかもしれない。
「そうだ。ターちゃん。学生寮に着いたら……」
そんなことを考えている間にも二人の話題はドンドンと進んでいく。様子を見る限り、基本的にはメニーが話役、ターシャが聞役のようだ。
もう少し言えば、ひたすら話し続けるメニー・メロエッテの相手をターシャ・アリゼラッテがしているという構図にも見える。もっとも、メニーがだまったタイミングでターシャが新しい話題を提供するわけでもないし、たまに提供したとしてもあまり長続きはしない。
そういった意味ではこの二人の関係は良好だということもできるかもしれない。
「そういえば、メリーさん」
「はっはい。なんでしょうか」
じっくりと観察をしている私の不意を突くようにしてメニーから声がかかる。
「メリーさんは教会のシスターにあこがれているといっていましたが、どういう理由からですか?」
これも想定の範囲内の質問だ。しかし、気になったのはそのタイミング。つい数秒前までターシャと話していたのに突然こちらに話を振ってきた形になっているからだ。もう少し言えば、彼女の体勢はターシャにしがみついたままで(ターシャは歩きづらくないのだろうか?)その視線だけがこちらに向けられている。
「私が教会にあこがれているのはですね。昔、シスターさんに助けられたことがあるからなんですよ。あれは……」
そこから私は適当にでっち上げた過去の話を始める。
その話に対して、ターシャはところどころ相槌を打ちながら聞き役に回り、私に興味を持ったらしいメニーは次々と質問をぶつける。
どうして、突然興味を持ったのかわからないが、これは好都合だ。自分のキャラクターに矛盾が生じないように気を付けながら私は彼女の質問に答えを提示していく。
「それにしても、メニーとメリーって似たような名前ですね。ターちゃんが間違えて読んでしまったらどうしましょう」
「大丈夫よ。そんなことで間違えないわ」
「そうですよー大体、私とメニーさんが間違われるわけないじゃないですかー」
メリーというのは適当につけた偽名だったりするのだが、メニーと名前が似てしまったのはほんの偶然に過ぎない。しかし、そのおかげで話題が続いているとすれば御の字だろう。このまま、この二人の仲に加わることができればターシャに接触したうえでの監視という任務は半分ぐらい達成したようなものだ。
「だからさ、ターちゃん。くれぐれも間違えないでね」
「大丈夫よ。二人を呼び間違えるなんてことはないから」
「本当に大丈夫? 私を見てメリーって声をかけたりしない?」
「大丈夫。大丈夫。今さら友達の名前を間違えたりしないわ」
「そうね……友達……友達だものね」
今の会話の流れで、どこに対しての“だからさ”なのかわからないが、二人の友情はかなり熱いものらしい。いや、友情なのだろうか? ターシャはともかく、メニーからは友情以上の何かを感じないでもない気がする。もっとも、メニーがターシャのことをどう思っていようが、今のところは関係ないのだが……
「さぁそろそろ学生寮だ。学生寮についたら、それぞれ寮の前に張り出されている紙に示されている部屋に向かうように」
エミリー先生からの指示に返事をしつつ、私は視線を二人の姿から学生寮へと移した。




