29.学生寮までの道のり
帝都魔法学校の校門に入ってすぐの場所。
“新入生はここで待て”と書かれた立て看板の前に私たちの姿があった。
周囲には自分たちと同じく新入生だと思われる子供たちの姿があり、誰も彼もが困惑した様子を見せている。
当然だろう。看板が立っている広場の周りには黒いローブをかぶった怪しい人物が立っていて、入り口から入ってきた生徒たちを逃がないように周りを囲んでいるのだ。
「なんなんでしょうか……あの人たち」
「多分学校の関係者だと思うけれど……どうなっているのかしら……」
そんな異様な光景を前にして、メニーも少しおびえているようだ。
帝都魔法学校の校門をくぐれるのは学校関係者だけだという前提に立つと、周りをかこっている黒ローブはみんな学校の関係者ということになるのだが、何もこのような格好をしてこなくてもいいだろうと思ってしまう。もしかしたら、この黒いローブが教員の制服なのかもしれないが、仮にそうだとしたらいろいろと怪しい学校に見えて仕方がない。一体この学校の方針はどうなっているのだろうか?
「そろそろそろったかしら……」
そんな中、一番看板の近くに立っていた黒ローブ(声からして女性とみられる)が言葉を発する。
それに反応するような形で周りの黒ローブたちが一斉に生徒たちの方へと近寄ってくる。
「A班。認証完了」
「B班。認証完了」
「C班。一名不足」
何かしらの方法で生徒がそろっているか確認していると思われる黒ローブたちの声を聴きながら、ターシャは一番最初に声を発した黒ローブの女性に視線を向ける。
一通り生徒の数が確認されたところで黒ローブの女性が再び声を発する。
「ふむ。三名欠席か……まぁいいでしょう。さて、新入生諸君! 我々はこの帝都魔法学校の教員である! 諸事情により、学生寮につくまでは顔を出さないが、我々は本日君たち新入生のエスコートを担当させていただく! それに先立ち、貴様らに忠告しておく! くれぐれも我々と離れるな! この学校の敷地は広く、また場所によっては魔法の実験場のようなところも併設されている! 君たちはこれから始まる13年間の学校生活で様々なところに立ち入り、様々なことを学ぶだろう! だが今はその時ではない! だからこそ、我々から離れず全員無事で学生寮に到達する! それが第一の課題だ! それでは行くぞ!」
言いたいことだけ一方的に言って女性は歩き始める。
その後ろを生徒たちはほかの黒ローブに押されるような形で歩き始める。
先の演説の内容を考えると、どう考えても学生寮までに危険があるということになるのだが、具体的には何があるのだろうか? もう少し言えば、この学校における学校生活が13年間もあるのだという事実は初耳である。
「……ちょっと怖くなってきましたね」
「そう? あれだけ脅されると逆に何があるか気になって仕方がないのだけど……」
どうやら、先ほどの演説に対して、興味があると考えた私に立ちして、メニーは怖いと感じたらしい。
そんな会話をしているようなタイミングで女性がぴたりと歩みを止める。
「おっと……一つ……二つ……いや、三つ言い忘れていた」
そういうと、女性は生徒たちの方に振り返る。
「まず言い忘れていたこと一つ目。我の名は一年生の学年主任のエミリーである。続いて言い忘れていたこと二つ目は学生寮につくまでの間、我々と離れて行動した際の事故については一切学園は責任を負わない。そして、最後。ターシャ・アリゼラッテ! いたら返事をしろ!」
「はっはい!」
あまりに予想外なタイミングでの指令に私は驚きながらも懸命に声を出して返事をする。
「貴様には新入生代表としてあいさつをしてもらう! よって、学生寮到着後に私のところに来い! 以上だ! それでは改めてゆくぞ!」
エミリーと名乗った黒ローブは私の返事を聞くことすらなく踵を返して再び歩き始める。
「新入生代表か……」
「まぁアリゼラッテ家はそれなりに大きな家なのでそういうこともあるかと思います。こういうのは新入生の中でも貴族や領主の家の人間から選ばれますから……」
確かに新入生の中から完全にランダムに選ぶよりはある程度、家などで選別した方がいいと判断ないし伝統があるのだろう。そう考えると、納得がいかないわけではないが、なんとなくもやもやとする。
「あなたがターシャ・アリゼラッテなんですか?」
そんな時、ターシャの背後から声がかかる。
振り返ると、私に話しかけたとみられる女の子が笑顔を浮かべながらるいていた。
黒い髪を肩のあたりまで伸ばし、黒い瞳と褐色の肌を持つ彼女は教会のシスターを思わせる黒い修道服に身を包んでいる。
そんな彼女は目をキラキラと輝かせながら私の方に視線を送り続ける。
「えっと……そうだけど……」
「そうですか! 先ほど返事をされていたのを見たのでそうではないかなと思ってみてはいたのですか。やはりそうでしたか! 私はメリーと申しまして、帝都の出身です」
「そうなんだ……えっと、あなたは教会の関係者だったりするの?」
見るからに修道女という恰好をしている彼女に対して、私は純粋な疑問をぶつけてみる。
すると、メリーはきょとんとした顔を浮かべて首をかしげる。
「いえいえ、この格好は単なる趣味ですけど?」
「あぁ……そうなんだ……」
どうやら、教会の関係者ではなく、単なるコスプレイヤーだったらしい。
「単なる趣味にしてはしっかりとシスターさんの恰好をしているんですね」
そんな彼女に興味を持ったのか、メニーが声をかける。
「はい。やるからには本物の教会のシスターのつもりでやりませんと。まぁもっとも、私はちゃんとしたシスターになりたいといったんですけれどね。お父様から許可が下りなくて……」
「そうなんですか……あぁ遅れましたが、私はメニー・メロエッテです。よろしくお願いします」
「えぇこちらこそお願いします」
そのあとはエミリーの先導からある程度の距離をとった場所で三人で和気あいあいと話をしながら歩いていく。
気が付けば、入り口周辺の商店街を抜けて、周囲は森に代わってきていた。平坦だった道も徐々に勾配がついてきて、いよいよ山登りが始まっているのだと実感できる。
「学生寮はどこにあるんですかね?」
あの広場からすでに三十分近く歩きっぱなしだ。そのことを考慮してなのか、メリーからそんな疑問が飛び出す。
「さぁ? 学生寮っていうぐらいだから学校の校舎の近くなんじゃない?」
「まぁ確かに校舎と学生寮が離れていたら毎日大変ですからねー」
メリーの答えはもっともだが、そうなると学生寮は山の上にある校舎のすぐ近くということになるため、しばらく森の中……というよりも、山登りが続くということになるだろう。
さすがに学校の敷地内というだけあって道はちゃんと整備されているのだが、この小さな体での山登りはかなりきついものがある。もっとも、前の体だったら楽に登れたのかと聞かれればそうではないのかもしれないが……
ともかく、この後に学校で必要なものを買うために下まで降りて、荷物をもって上るのかと考えると少々億劫になってくる。惑う学校というぐらいなのだから、転移の魔法ぐらいあってもいいのではないかと思うのだが、そのような魔法はこれまで耳にしたことがないし、魔法が必ずしも万能だとは限らないのでそういった類の魔法は存在していないのかもしれない。
そういった私の考えを裏付けるようにエミリーはこの道を慣れた様子で息も切らさずに歩いている。もっとも、それについていく私たちはいき絶え絶えで、出発時に比べて明らかに人数が減っている。黒ローブの数も減っているあたり、ちゃんと遅れている子のケアをしているのだろうが、最初の演説のことを考えると少し不安になってくる。
「ターちゃん。あと、どのくらいでつきますかね?」
「さぁどうだろう? 結構高い山だししばらくかかるんじゃないの?」
「あーやっぱりそうですかー」
おそらく、先はまだまだ長いだろう。だんだんと雑談をする余裕もなくなってきたが、彼女を見失うわけにはいかない。私は雑談相手である二人の様子を見守りつつもエミリーを見失わないように必死で山登りを続けていった。




