25.結界を越えて
サウスシャルロの街を出て約十分。
周囲の風景は相変わらず、穏やかなものなのだが、ここから本当に極寒の地になるのだろうか?
「まもなく、結界に到達します。お嬢様方、防寒具の準備を」
「はい。わかりました……ターちゃんも着てください」
私はメニーに促されるままにピンク色の防寒具を着用する。
周囲を見れば、暖かい気候の場所であるにもかかわらず、防寒具を身に着け始めている人の姿が多々見受けられる。その風景を見ると、これから一気に寒くなるのだということをいやでも信じなくてはならないのだが、いったいどのくらい寒くなるのだろうか?
「結界を越えますよ」
ポールは私たちの方を見て、防寒具をちゃんと来ているのを確認すると、そのまま馬車を結界へ向けて走らせる。
外を見ると、青々とした大地が突然終了し、荒涼とした土地が広がっているのがわかる。街道には結界があることを示しているのか、真っ赤な線が引かれていて、馬車がそれを超えた瞬間、肌を突き刺すような冷たい冷気が馬車の中に流れ込んできた。
「何これ!」
「結界を越えました。お嬢様方、馬車の中に!」
強風の中、ポールが声を張り上げる。
それに従って、メニーとターシャは馬車の中に入り、入り口をしっかりと閉じる。
「思った以上でしたね……」
中に入るなり、メニーは魔法で動く暖房装置(形状はこたつそのものである)にもぐりこむ。
「はぁ暖かい……」
私はこたつもどきに入りながらふと思う。馬車の中にこんなものがあるあたり、やはりメニーも結局のところ、お嬢様なのだ。もっとも、私も領主の娘という時点でお嬢様であることは疑いようのないのだが……
「すごいわね……これ」
「そうでしょう。今回、あの結界を越えるにあたり知り合いに特注で作ってもらったのです」
「特注なの?」
「はい。机の形をしている暖房器具を作ってほしいと頼んだんです。動力は魔法なので魔力さえ供給していればいつでも暖かいですよ」
知り合いに作ってもらったというこたつもどきをメニーは高々と自慢する。
私はその話を聞きながら、なんとなくみかんが食べたくなってくる。
「さらにこれ。暖かい地域に抜けるまで暇なのでいろいろと用意してまいりました」
言いながら、メニーはオレンジ色の果物……というか、みかんもどきを取り出す。
「まずはこれでも食べながら考えましょう」
そう言いながら、メニーはみかんもどきを剥き始める。
その風景は、どちらかといえば洋風な馬車の中であるにもかかわらず、日本の冬の光景だ。
こんな大きなものいつの間に用意したのかと気になるところだが、よくよく考えれば最初に馬車に乗った時に端の方に立てかけてあったような気もする。それをここにきて、用意して実際にぬくぬくとあったまっているということなのだろう。
こうしてこたつもどきに入っていると、不思議な気分になる。
性別も年齢も世界も違うのに、日本の自宅でこたつに入っているようなそんな安心感がとても強いのだ。
「私も食べていい?」
「どうぞどうぞ。どんどん食べていいですよ」
「ありがとう」
私はメニーに断ってからみかんもどきに手を伸ばす。
メニーがやっているように皮をむくと、いくつかに分かれている身のうち一つを口に含む。
「……甘い」
「そうでしょう。この果実は私の家の庭先にあったものでして、私、これがお気に入りなんです」
「そうなんだ……」
みかんみたいな見た目をしているからすっかりと甘酸っぱい味なのかと思ったが、実際は口に含んで一噛みすると、砂糖を直接舐めているかのような甘さが口いっぱい広がる。
「これは市場に出回っているような果実ではなくてですね。私たちが住んでいるあたりだと、そこら辺の木によく実っているんので子供たちのおやつになっているんですよ」
「なるほど……」
日本でいうところのキイチゴみたいなものか。あれは、スーパーに並んでいるわけではないが。そこら辺の道端にあれば食べる子供もいると聞く。
そんなことはさておいて、みかんもどきに対してはみかんのような甘みと酸味の調和を期待していただけに少し残念だ。しかしながら、なぜこれほどまでにおいしい果実が普通に市場に出回っていないのだろうか? この味なら、農園に木を植えて大々的に栽培しても売れるような気もするのだが……
一応、子供の身分なのでそんな大人っぽいことを口にするわけにもいかず、私はただただ悶々とそのことについて考える。
もしかしたら、栽培の条件が難しいのかもしれない。もしくは、あまりにも一般的にありすぎて市場で売ったところで買ってくれないのかもしれない。はたまた、もっと別の理由があるのかもしれない……
いろいろな考えがぐるぐるとめぐるが、答えがわからない以上はどうしようもない。
そこまで考えて、私は考えることを放棄する。
この問題に関しては今考えたところで答えが出ない。大人になって覚えていたら、また考えてみよう。とい……
「……ターちゃん? そんなに珍しいですか?」
私がみかんもどきを見て固まっているせいか、心配したメニーから声がかかる。
「あーえっと、うん。お屋敷から出たことがないから」
そんなメニーに対して、私はもっともな答えを出す。実のところ、従者を洗脳して外に出たことは会ったが、それは外に出たということに入らないといっても過言ではないほどの時間だ。
「そういえば、ターちゃんは今回の旅が始まるまで屋敷の外に出たことがありませんでしたね。でしたら、これからいろいろな遊びを教えてあげますよ」
「ありがとう」
「……というわけでさっそく、暇つぶし用のアイテムその二です」
どうやら、みかんもどきは暇つぶし用のアイテムだったらしい。食べ物で暇つぶしとはいかがなものだろうか?
心の中で突っ込みを入れながら、なぜかこたつ布団の中に潜り込むメニーの姿を見守る。
「あぁありましたありました」
どういう構造になっているのか、収納も兼ねているらしいこたつもどきから今度は数字やら記号やら王様や姫様の絵が描かれたカード……というかトランプを取り出す。もちろん、どこぞの国大統領のことではない。
「これ、私が考えたカードなんですよ」
自慢げにそれを披露するメニーであるが、私はそれ知ってるよと言いかけたのを必死に抑える。
ここまではこたつもどきだったり、みかんもどきだったりしたわけだが、メニーが今手に持っているのは完全にトランプそのものである。もちろん、材料はそこら辺にある羊皮紙になので違うのだが、“何をやりましょうかねー”なんて言いながら、シャッフルしている姿は完全にこたつに入りながらトランプに興じる子供そのものである。
なぜ、ここまであちらの世界にあったものと似たようなものが登場するのか。果実は別として、少なくともこたつもどきとトランプは彼女の発想であって、そういった発想の源はどういったところからきているのだろうか?
その謎を追及したくなるところだが、聞いたところで思い付きだとか言われそうだから黙っておいた方がいいかもしれない。
「それはどうやって遊ぶの?」
そこまで考えて、私は必死にトランプを知らない子供という体をとって彼女に尋ねる。
「そうですねーいろいろあるんですけれど……まずは……シンケースイジャクをしましょう」
あっ完全に知っている奴だ。
そう思ったものの口に出すわけにはいかず。メニーの説明を淡々と聞く。そのルールは自分が知っているものとの差異はない。
こうなってくると、メニーも実は日本人なのではないかと思えてくるが、そんなことはさすがにないだろう。そもそも、転生というイベント自体がそんなに頻繁に会っていいようなものではない。だから、これは単なる偶然だろう。
私は目の前の現象をに対して、そう結論付けてメニーおすすめのトランプゲームであるシンケースイジャクに応じることにした。




