22.シャルロッテ家旧宅の案内人
シャルロッテ家旧宅の扉を開けると、案内人と見られる女性がポツンと佇んでいた。
「こんにちわ。シャルロッテ家旧宅へようこそ。ご見学ですか?」
「えぇ。見学させてもらってもいいかしら?」
メニーが申し出ると、女性は深く一礼をする。
「それではご案内いたします。ついてきてください」
そのあと、女性は私たちを先導するような形で歩き始める。
「初めにこちらの施設ですが、シャルロッテ家旧宅を利用したマミ・シャルロッテ初代領主に関する資料館となっております。こちらの玄関ホールは当時の状況をそのまま再現していまして、サンプルではありますが調度品なども当時の状況と同じように配置しております」
天井までの吹き抜けが圧倒的な解放感を提供する一方で周りに視線を向けると、なんだかよくわからない高そうなツボだとか、絵画がそれっぽさを演出している。
「へぇなかなかすごいところね……」
そういった調度品の類があまりないアリゼラッテ家とは対照的なその風景に私は思わず感嘆の声を漏らす。
「そうですね。さすがはシャルロッテ家といったところでしょうか」
その横で似たような感想を持ったらしいメニーが発言する。
「それぞれの調度品について説明していきますね」
そこからはひたすら案内人の説明タイムだ。ツボの価値がどうだとか、絵画の価値がどうだとか、それがマミ・シャルロッテ初代領主にどう関係しているだとかそんな話が永遠と続く。
相手は子供なのだから、もうすこし手加減をすればいいのにと思うのだが、そんな小難しい説明に対して、メニーが目をキラキラと輝かせながら質問をぶつけるものだから、話がどんどんと深くなっていく。
そんな私たちの背後でポールは表情一つ変えることなく、ただ単に直立不動だ。おそらく、メニーのそういった態度には慣れているのだろう。
こういった学習の姿勢こそがメニー・メロエッテという人物の知識を構築している一番大きな要因だということができるかもしれないが、いくらなんでもこの年でこの学習意欲というのは相当なものだといえるだろう。そういった意味では彼女はちゃんと学校でも優秀な成績を収めていくのかもしれない。
その一方で私はというと話の半分も理解できずにただただ呆然としているだけだ。もちろん、半分も理解できていないというだけでところどころは理解できるのだが、完全な理解というものははるかに程遠い。
そんな私を置いてきぼりにするように話はどんどんと堀進められていく。
そもそも、この案内人も案内人だ。メニーが理解しているという事柄はともかく、私の方が正しく理解していないのにも関わらず勝手に深い話に行って盛り上がるというのはどうなのだろうか?
「……あっあのー」
このまま続けられたらたまらない。そう考えた私は意を決して二人の間に割り込む。
「はい。どうされましたか?」
さすがはプロとだけあって、案内人はすぐに話を止めて私の方へと視線を向ける。
「あのー私にもわかるように説明してもらってもいいですか?」
それを確認した私は遠回しに深く掘り下げすぎだと伝える。それを受けて、案内人は私がついてこれていないという事実に気がついたらしく、ハッとした表情を浮かべる。
「すみません……私としたことがつい……」
ついじゃないよ。という言葉が思わず出そうになったが、必死に抑える。別にクレームとしていってしまってもいいのかもしれないが、これからまだまだ彼女にはこの建物の中を案内してもらうのだ。それなのに最初から対立するようなことがあってはならない。
「ごめんね。ターちゃん。ターちゃんのこと考えていなかった……」
自分にも非があると考えたのか、メニーからも謝罪の言葉がかけられる。
「いえいえ気にしないでください」
そんなメニーの言葉に返事をしながら私は改めて目の前にあるツボに目を向ける。
「えっと……このツボはマミ・シャルロッテ初代領主が収集していたコレクションの一つでして……」
そこから改めて説明が始まる。
しかし、先ほどよりも内容はしっかりとかみ砕いてあり非常にわかりやすいものだ。先ほど質問をしまくっていたメニーも今度は黙って話を聞いていて、質問をするのは私だけだ。
「……なるほど。ありがとうございます」
「いえいえ。それでは次に行きましょうか」
しかし、私はここで一つの問題に気づく。この場所を訪れる人がどれだけいるのかわからないが、一階の説明……というか、調度品一つの説明に時間をかけすぎてはいないだろうか? この調子で行くと、館すべてを見るまでに一日が終わってしまう気がする。いや、それともメニーが突っ込んだ質問をしたり、私がわからないことをすべて聞いたりということがなければもっとスムーズに進んで一時間もかからずに終わったりするのだろうか?
「……それではこちらの絵画について……」
私がそんなことを考えている横で今度は絵画についての説明が始まる。
そこに対して、メニーは再び質問をぶつけ、話はどんどんと深くなっていく。まるで先ほどの反省がいかされていない様子だ。説明者としては興味をもって、深く聞いてきてくれることがうれしいのかもしれないが、少しは他の同行者にも配慮をしてほしいところだ。
「ターシャお嬢様。わたくしから改めて説明差し上げます」
そんな私の横からポールが声をかける。
再び話についていけていない私を見て、彼女たちが話をしている内容について説明してくれるということなのだろう。
「……この絵画はですね……」
そこから始まったポールの説明は非常に分かりやすいものだった。おそらく、案内人の最初の説明から要点を抜き出しただけの話なのだろうが、私にとっては非常に分かりやすくありがたい話だ。
ポールの説明を聞きながら、私は絵画に視線を移す。
横長の絵画に描かれているのは小高い丘の周りに金色の稲穂が広がっている風景だ。
ポール曰く、その絵画にはこれから開拓されるシャルロ領の発展と豊作の願いが込められているそうだ。しかしながら、不思議なのはこちらの世界から麦畑は見ても田んぼは見ていない。にも関わらず、ここの描かれているのは一面の稲穂だ。一説にはマミ・シャルロッテ自身が描いたともされているのだが、そうなると彼女はいったいどこで稲穂を見たのだろうか?
「不思議なこともあるものね」
「こちらの絵に描かれている植物ですか?」
「えぇ。このあたりじゃ見たことがない者だもの……これは何かしら?」
思わず出た一言を思わぬ形でポールが拾ってしまったが何とかごまかす。
ここでうっかりと日本で見たなどといおうものなら、一気に変人扱いだ。そういった意味でいえば、こういった小さな発言一つをとってもある程度気を付ける必要があるのかもしれない。いや、いちいちそんな細かいことまで気を使っていたら疲れてしまうのでよほどか致命的な発言でない限りはその都度その都度適当にごまかしていく方がまだいいかもしれない。それのせいで多少矛盾が生じたとしても文章として残すわけではないからよっぽどか大丈夫だろう。
「さぁ? わたくしも見たことがありません。もしかしたら、マミ・シャルロッテ初代領主の想像上の植物なのかもしれませんね」
「そうなのね……」
少なくともこのあたりには稲穂はないらしい。そうなると、この世界に似たような植物があって、マミ・シャルロッテがどこかで見たのか、はたまたマミ・シャルロッテが適当に描いた植物が偶然にもあちらの世界の稲穂に似ていたのだろうか?
「……この植物は何ですか?」
「それは今も不明となっておりまして……」
そんな私たちの会話の横でメニーと案内人の間で似たような会話が繰り広げられている。ここの館についてのプロである案内人もわからないとなると、本当にこれはマミ・シャルロッテの想像上の風景と植物ということなのだろうか?
目の前の絵画について深く考え込む私の横で描かれている風景についての議論はどんどんと過熱していった。




