20.宿屋での再会
「……ここは」
目が覚めると、エルフ商会のあの部屋とはまた違う天井が視界に入る。確か、銀髪のエルフからの問いかけに答えた段階で意識が遠のいてしまったのだ。
「目覚めたんですね」
状況が読み込めずにいる私のそばから声がかかる。
「メロンちゃん?」
「はい。メニーですよ」
私の呟きに丁寧な返事が返ってくる。
その言葉を聞きながら周りを見回してみると、自分が宿屋のベッドに寝かされているという事実が見えてくる。
「どうしてここに?」
しかし、わからないのはここにいる理由だ。
私がエルフ商会のあの部屋で意識を失ったはずだ。帰されるにしても、道端に放置だとかそういった事態を想定していたのだが、実際はこうしてちゃんと宿まで送り届けられている。
「どうしたもこうしたもありませんよ。道の端で倒れていたターちゃんを親切な商会の人が拾ってくれて保護していてくれたんですよ。それで、私が友達を探していると聞いてターちゃんと会わせてくれて、そのあと宿まで私たちを送り届けてもらったんです」
「……そうなんだ……」
おそらく、メニーがいう商会というのはエルフ商会で間違いないだろう。彼らがどんな手段を使っているのかさっぱりわからないが、何かしらの方法でメニーを探し出し、接触、親切な商会の人間を装って私を保護していると伝えて彼女を連れて行ったのだろう。
私としては自身の反省から知らない人にホイホイとついていくのはどうかと思ってしまうのだが、そのあたりに関しては自分もそうしてしまったために文句を言うことはできないだろう。
「ターちゃん。勝手に離れないでください。心配していたんですから」
「……ごめんね。メロンちゃん。次からはちゃんと迷子にならないように気を付けるから」
いずれにしても、今回の件に関してはちゃんと周りの様子を見ずにどんどんと歩いて行ってしまった自分にある。そのことに関してはちゃんと謝り、反省するべき点だといえるだろう。
「それが聞ければ十分です」
しかし、メニーはその事に関して怒るわけでもなく、笑顔でそう言いきった。
そのことに私は少なからず驚きを覚える。迷子になってからどれだけの時間拘束され、どれだけの時間、彼女が自分を探していたのかわからないが、迷惑をかけたという事実には代わりない。しかし、彼女はそのことに関して怒るという行為をしないのだ。
幼いながらに心配だったと思うのだが、先のような言葉が出るあたり、彼女は年の割りに立派であると言えるかもしれない。
「ありがとう。メロンちゃん」
「いいえ。とにかく無事でよかったです」
その会話のあと、二人はどちらともなく笑い声をあげ始める。
「本当に無事に見つかってよかったです」
ちょうどその風景を見ていたらしい御者が扉のところでつぶやく。
「……ご迷惑をお掛けしてすみません……えっと……」
よくよく考えてみたら扉の前に立つメニーの御者の名前を聞いたことがなかった。彼もまた、名乗っていないという事実は頭の中に入っているのか、すかさず言葉を発する。
「私の名前はポールと申します」
「はい。ポールさんもすみませんでした」
「いえ。お気になさらずに」
「ありがとうございます」
ポールと私の間で交わされた会話のあと、少し沈黙が訪れる。しかし、その沈黙はメニーが唐突に手を叩いたことで終了する。
「はいはい。この話はここまで。せっかく無事に再会できたのですから、いつも通り楽しい話をしましょう」
「はい」
そこからはお互いに市場で見たものの話をし始める。しかしながら、エルフ商会でのことは他に話していいものか判断がつかなかったので、適当にぼやかしながら話を進める。正直な話、メニーが出合った商人はエルフで何やら怪しげなことを企んでいるといいたいところなのだが、それを伝えたところで信じてくれないだろうし、何よりもそれによってメニーに何かしらの危険が及ぶようなことがあってはならないからだ。
結果的に私ははぐれた後、メニーを探し回っている間に行き倒れてしまったことにして、話にぼろが出ないように気を付けながらメニーと会話を弾ませる。
そのあとは夜が遅くなるまで話を続け、私たちは一緒のベッドで眠りについた。
*
翌朝。
私が目覚めると、メニーに抱き着かれている……ということはなく、すでに彼女は姿は部屋に無かった。
「メロンちゃん?」
私に比べて朝に弱いらしい彼女の方がさきに起きるなど珍しい。偶然先に目が覚めてポールのところにでも行っているのだろうか?
とりあえず、起き上がって準備をしようと考え私は立ち上がる。
「あぁターちゃん。起きたんですね」
メニーが扉を開けて入ってきたのはちょうどそんなタイミングだった。
「えぇ。メロンちゃんはどこへ行っていたんですか?」
「先に目が覚めたので朝食をもらってきました。一緒に食べましょう」
そういうメニーの手にはバスケットがあり、そこからは二つのパンが顔を出している。どうやら、この宿屋では部屋で食事をとることも可能らしい。
彼女は部屋の中に入って来ると、そのパンのうち一つを私の方へと差し出す。
「ありがとう」
私は朝食を持ってきてくれたメニーにお礼を言ってからパンを受け取る。
「ターちゃん。今日はちゃんとはぐれないように気を付けながら町の中を観光しましょうね」
昨日のことが気になっているのか、メニーはいきなりそんなことを言い出した。
「大丈夫よ。今日ははぐれないように気を付けるから」
それに対して、私は申し訳なさそうな表情を浮かべて返答をする。正直な話、昨日からはぐれるなという話は聞きあきているのだが、彼女としては何回もそれを注意したくなる程度には心配な出来事なのだろう。
そんなに言わなくても大丈夫だからといいたいところだが、相手は幼い女の子だし、そのうち忘れるだろうからそっとしておこう。
私は思考を切り替えながらパンを口に含む。
「ところで今日はどこに行きましょうか?」
「そうね……私はこのあたりの観光でどこに行っていいのかよくわからないからメロンちゃんに任せるわ」
「そうですか……なら、シャルロッテ家の旧本宅や議会の見学なんかするといいかもしれませんね」
お任せすると回答したところ、メニーから飛んできた提案は意外なものだった。
こういう風に考えると、彼女に対して失礼かもしれないが全体的に子供っぽくないのだ。
もっとも、メニーはこの地域についてよく勉強しているだろうし、このあたりで観光といえばシャルロッテ家旧宅と議会だということなのかもしれないが、もう少しレジャー施設とか……いや、そんなものないのかもしれない。ともかく、その二つの見学のどこがおもしろいのかよくわからないが、任せるといった以上文句を言うわけにもいかないだろう。
「そうね。そうしましょうか」
こういったときにこちらの世界のことをよく知らないというのは不便だ。この世界での遊びだとか、各町の観光スポットだとかをちゃんと知っておけばこういったときに人に任せっきりということがなくなる。さらに言えば、もしも一人でどこかへ行くとなったときもそれぞれの街についての知識は会って損をするものではないだろう。
実際はすべての街の情報を頭に入れるなどということは不可能なのでその時々に町の情報を調べるのというのが正しい姿なのだろうが、今回の旅において学校へのルートすらちゃんと把握していない私にはできない所業だ。
一応、途中でどんなところがあるのか気になって周りに聞いてみたのだが、使用人たちはこのあたりを離れたことがないから知らないと口をそろえ、家族はメロエッテ家に任せてあるから知らないの一点張りだ。なぜ、そうなってしまうのかよくわからないが、そのあたりに関してはアリゼラッテ家の良くない部分だといわざるを得ないだろう。
「どうかしましたか? もしかして不満とか……」
少し考え事をしすぎたらしい。気が付けば、メニーが心配そうな表情を浮かべてこちらを見ていた。
「えっと……ごめんね。ちょっと考え事していただけだから」
「そうですか……ならいいのですが……」
彼女としては、自らの提案がつまらないと感じたのではないかと不安になっているのだろう。正直なところ、つまらなそうだなとは思っているのだが、せっかく彼女が考えてくれたプランだ。下手にケチをつけるわけにはいかない。
そのあと、なんとなく決まづくなり、私とメニーにしては珍しく無言で朝食を食べ終え、外へ出る準備を始めた。




