閑話 メロンちゃんから見たターシャ
私ことメニー・メロエッテは転生者である。
前世での名前は有栖川胡桃。どこにでもいる普通の女子高生だった。詳しいきっかけこそ覚えていないが、ある日を境になぜか私はメロ州の州長の娘であるメニー・メロエッテとして、生を受けていた。
最初こそ、その事を隠していたのだが、新しい家族であるメロエッテ家の人間に対して隠し続けるのも限界があると感じ、打ち明けてみたところなんとか受け入れてもらい、現在に至っている。
今になって考えてみれば、それはかなり特殊なパターンだと言えるだろうし、このような事実を幼児の妄想だととらえずに紳士に向き合ってくれたメロエッテ家の人たちに感謝するべきことだと言えるだろう。
「いかがいたしますか? お嬢様」
家族を除けば、自らの正体を唯一知っている執事兼御者のポールから声がかかる。
「……そうね。出来ればはぐれたと気づいた時点でその場にとどまっていてほしいところだけど、しっかりしているとは言っても彼女の年齢でそこまでは期待できないでしょうし……おそらく、はぐれた地点付近を探しているか、宿に戻ろうとしているかのいずれかだとは思いますけど」
見た目とそぐわないおかしな発言だと思うのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。今、迷子になっているのは領主の娘。しかも、メロエッテ家がきっちりと学校まで送り届けるという約束までしてある。そんな人物と人混みの中ではぐれたという事柄自体はともかくとして、それをきっかけに誘拐をはじめとした何かしらの事件に彼女が巻き込まれるようなことがあれば最悪だ。アリゼラッテ家とメロエッテ家の関係悪化などという対外的な問題はもちろんのこと、私が心を許している数少ない友人を失うことになる。
もちろん、メロメーアの町に帰れば、ある程度友達というのはいるのだが、州長の娘という立場が邪魔して、子供ながらに一線を引いた対応をされてしまう。そういった環境下において、自分と同じく領主の娘という立場にある彼女は互いに対等に接することのできる友人であるというだけではなく、なぜか一緒にいるだけでなんとなく落ち着くのだ。おそらく、彼女と接するのに際してメロエッテ家の人間としてどうするべきかなどと深く考えなくてもいいからかもしれない。もちろん、調子に乗ってこちらの世界に来てから得た知識を語りすぎてしまったときはある程度自制をかけるのだが……
そんなことはさておいて、喫緊の課題はターシャがどこに消えてしまったかという点に関する謎解きである。このまま当てもなく探し歩いたところで合流できる可能性は低い。となると、ある程度何かしらの考えをもって行動するべきだろう。
「やっぱり、ここは聞き込みが一番かしら」
「聞き込みですか?」
「えぇ。あなたも彼女の特徴は説明できますね」
「はい。それはもちろんですが……お嬢様の立場を考えれば、一緒に行動した方がよろしいのではないでしょうか? もし、お嬢様までいなくなってしまわれたら……」
二人別行動でターシャを探すべきだと暗に提案してみたが、予想通り反対される。そんなポールの表情には不安げな色が浮かんでいる。
「……確かに連絡手段はないし、私が迷子になったり一人で行動しているゆえに何かに巻き込まれるという可能性もあります。しかし、今の問題は現在進行形で迷子になり途方に暮れているであろうターちゃんを探し出すことです。わかりますね」
しかし、だからといって二人で一緒に行動していたら見つかる可能性が減ってしまう。幸いにもシャルロシティは治安はいい方なので夜になるまでの間ぐらいなら自分一人で行動しても大丈夫だろう。それを踏まえて私は続けてポールに提案する。
「ポール。夜になったらターちゃんが見つかろうと見つからなかろうと宿に戻りましょう。そして、明日の朝になっても戻ってこなかったら……事件の可能性を考慮して、シャルロシティの衛兵に通報してください」
「……承知いたしました」
その提案に私の意思を感じたのか、ポールは頭を下げてあっさりと引き下がる。
「お嬢様。くれぐれも無理はなさらないように」
「わかってます。それでは行きましょうか」
とりあえず、聞き込みから始めよう。そう考えながら、私は人混みの中を進んでいく。
「すみません。人を探しているんですけれど」
そして、少し歩けば露天の店主に話しかけ、もう少し歩いて通行人に声をかける。それをしばらく繰り返し、情報を集めていくが、有力な情報にはなかなかたどり着けない。
しかし、だからといって諦めるつもりは毛頭ない。私は懸命に人混みを掻き分け前に進む。
「待っててねターちゃん。絶対に見つけるから」
自らの決意を確かなものにするために私はターシャへの言葉を口にしながら人混みの中を進んでいった。
*
「見つからない」
捜索を開始してからどれだけの時間が経っただろうか? 陽はほとんど沈み夜の闇が迫っている。
たくさんの人でごった返していた市場もすっかりと人が減り、多くの店では片付けを始めている。
これまでの間にターシャが目撃されたという証言は皆無で、彼女がどちらに向かって歩いていたのかすら判明していない。ここまで来ると、迷子とは別の可能性を考えてしまうのだが、仮に誘拐されたのだとしても、全く目撃されていないというのはおかしな話だ。
「いったいどうなっているのでしょうか……まぁでも、とりあえず宿に……」
「人探しかい? お嬢ちゃん」
宿に帰ろう。ちょうどそんなタイミングで背後から声がかかる。
私が振り返ると、黒いローブをかぶった人が小さく手招きをしていた。その前に水晶が置いてある机があるあたり、占い師なのだろう。
「何ですか? 私の探し人の場所を占うとかそういう話ですか?」
「よくわかったね。ほら、こっちにおいで」
ローブの人物はこちらに手招きをし続ける。
しかし、その背格好からしてどう考えても怪しいし、占いなどでターシャが見つかるとは思えないのでそのまま無視をしてもともと進んでいた方向に向けて歩き始める。
「お嬢ちゃん。本当にいいのかい?」
そんな私の背中に更に声がかかる。
しかし、私は怪しいことこの上ないその人物を無視して、そのまま進む。
「……ターシャ・アリゼラッテ。今うちの商会で保護している迷子の名前なんだけれど心当たりは?」
だが、次に出てきたその言葉で私は歩みを止めて振り返る。
「ターちゃんのこと。知っているのですか?」
「あぁ夕方ぐらいだったから。メニーっていう女の子と付き添いの男の人とはぐれたって言って相談に来たものだから保護したんだよ。まぁ探し人が彼女なら占いの必要はないね……それで? 私についてくるかい?」
怪しい。そうは思いつつもターシャの名前が出た時点で無視をするわけには行かない。
私は意を決してローブの人物に近づく。
「ターちゃんの……ターシャさんのところにつれていってもらってもいいですか?」
私が尋ねると、ローブの人物は唯一露出している口元に小さく笑みを浮かべる。
「もちろん。そのために私はあなたに声をかけたのだもの。さぁさぁついてきてちょうだい。と言いたいところだけど、店じまいをするから少し待っててね」
そう言うと、ローブの人物は水晶玉やら机の上においてある小物やらを片付け始める。
私はそれが終わるのを今か今かと待ちながら、その風景を眺めていた。




