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18.シャルロシティの市場

 シャルロシティの西部にあるシャルロ中央市場。

 東側にある行商人市場とは対照的に一般客向けの露天が並ぶこの場所はたくさんの人でごった返していた。もしも、当初の計画通りに馬車でここを訪れていたら、前にも後ろにも進めなくなっていたことだろう。


 そんな混雑の中、私はメニーやその御者とはぐれないように気を付けながら、人並みの中を進んでいた。


「すごい人ですね。こんなの初めてです」

「私も」


 嘘だ。いや、強いて言うなら前に“この世界では”という言葉がつく。

 前世でいわゆる都会に住んでいた私は通学のために利用する駅や電車でさんざん人混みに揉まれている。正直な話、混雑を避けて早く学校に行こうとしたこともあるが、結局眠気に負けて断念。この世界で目覚めるまさにその直前までそんな人混みの中で生活をしていた。


 そうなると、体が小さくなって避けやすくなったぶん、スイスイと動けているなと感じる。ただ、逆に体が小さいことの欠点として相手に気づかれない場合があるのだが……


 あまり運動をしないせいなのか、私の体はあまり発育がよくなく、6歳にしても……というよりも、メニーに比べてかなり小柄だ。身長は頭一つ分は小さいし、体型もやせ形と行って差し支えないだろう。

 それに対して、メニーは身長も去ることながら、体型も標準的だ。もっとも、この感覚自体は前世のものであり、こちらの世界の標準がどの程度かはわからないのだが……


 ともかく、その体型の差のせいで、どうも私がメニーに比べて年下に見えるらしく、宿の人に“小さいのに偉いね”だとか、“お姉ちゃんと一緒の旅は楽しい?”だとか言われてしまう始末だ。そんなときはやんわりとメニーと同い年であることを告げるのだが、どうも幼子が背伸びをしているようにとらわれがちだ。もっとも、現在進行形で私は幼子なのだが……ともかく、今の私の不満は年相応に見られないという点にあるのは間違いない。


 不満と言えば、もうひとつある。


 先の運動をあまりしていないという話に繋がるのだが、この体はあまりにも体力がない。歩幅が小さく、一歩辺りで進める量が少ないと言うこともあるのかもしれないが、宿を出て市場に入ってからそんなに距離を進んでいないのにすでに私の体は疲労を訴え、休息を求めている。


「メロンちゃん」


 情けないが体力の限界だ。それを告げようとして、私は後ろを振り向く。


「……あれ?」


 しかし、背後を見たところでメニーや御者の姿はなく、そこにあるのはあちらへこちらへと移動し続ける人の波のみである。


「……もしかして、やっちゃった?」


 周りを見ながら進んでいたつもりが、いつも間にか自分だけはぐれてしまったらしい。


 これはいわゆる迷子と呼ばれる現象なのだろうが、私の中の何かが……というか、プライドがそれを認めるのを許さない。


「……ちょっと戻ればいるよね……きっと」


 自分の移動距離から考えて、二人が遠く離れているとは思えない。むしろ、宿で待つぐらいでいいだろう。

 私はそう判断して、来た道を引き返し始める。


「メロンちゃーん」


 人混みの中、声をあげながら歩いてみるが、私のか細い声は周囲の雑多な音にかき消されてしまう。

 そんな状況に少なからず不安を覚えるが、大丈夫だと自分に言い聞かせながら歩き続ける。


 とりあえず、宿を目指そう。そして、はぐれてしまった理由は後でちゃんと考えておこう。私は、心の中ではぐれてしまった言い訳を考えながら宿へ向けて進んでいった。




 *




 おかしい。宿にたどり着かない。

 すでに来たときの倍ぐらい歩いている気がするのだが、一向に市場から出られそうにない。どうやら、市場を出ようとして道を間違えてしまったらしい。


「えーと、どうしよう」


 今思えば、少し道の端に避けて二人が来るのを待っていた方がよかったかもしれない。そんな後悔をしたところですでに手遅れなのだが、その辺りの反省は二人と合流してからすればいいだろう。

 前に迷子になったときはおとなしく、その場で待っていた方がいいと聞いたことがあるが、まさしくその通りになってしまった形だ。ともなれば、今からでも遅くないので、その場で待機を実行するべきだろうか? いや、それはない。現在地はよくわからないが、今いる場所をメニーたちが通る保証がない。


 ただいずれにしても、体が休息を求めているという状況は変わらず、疲労はたまる一方である。こうなれば、一旦どこかで休憩した方がいいだろう。幸いにも少なからずお金(入学金およびお小遣い)はもっているので、多少どこかの店に入って休憩をとるぐらいのことは出来るだろう。


「となると、とりあえずはお店探しだけど……」


 まず、椅子のない露天は対象外だ。一番の理想は喫茶店なのだが、こちらの世界にもそのようなものは存在しているのだろうか?


「……どうしましょう」


 とにかく困った。こうなったら近くの露天に入り、正直に迷子だと言うのが正解だろうか? いや、入った露天がたまたま変なところだった可能性を考えたら、それは避けたい。だからといってお店にはいるのか? だが、適当な店が見つからない。あるのは広い広場と露天ばかりだ。


「……そこの嬢ちゃん。さっきからキョロキョロとしてるみたいだけど、もしかして迷子?」


 私の背後から声がかかったのはちょうどそんな時だ。

 その声の方向に振り向いてみると、黒いローブを深く被った人物(声からして女性だと思われる)が手招きをしていた。彼女の前に水晶が置いてあるあたり、占い師か何かなのかもしれない。


 私は突然、声をかけられたことに戸惑いつつもその店の方へと歩みを進める。


「やぁ迷子のお嬢ちゃん。連れの人がどこにいるか占ってあげようか? ただで」


 私が水晶の前に立つなり、女性はそう言ってニヤリと笑う。


「えっと……ただでいいんですか?」

「迷子になってる幼子から金をむしりとろうなんて魂胆はないさ。で? どうする? 今日はそろそろ店じまいする予定だから、お嬢ちゃんが探している人物のところまで案内してやってもいい」

「いいの?」

「もちろん」


 占い師は私の頭の上に手を伸ばす。


 しばらくの間、私の頭を撫でてから彼女は目の前の水晶に手を移した。


「さて、自分の名前をいってごらん」

「……ターシャ」


 フルネームは言わない。言ってしまったら、領主の娘だとばれてしまうからだ。


「ターシャいい名前だね。探している人の名前は?」

「メニー」


 こちらも先と同じ理由でフルネームは言わない。もしも、求められたら、その時はその時で考えればいいだろう。


「……なるほどね。そうだ。名乗り忘れていたが、私の名前はシルクだ。よろしく頼むよ」

「えっと、はい。よろしくお願いします」


 シルクと名乗った占い師はしばらくの間、水晶を見つめたあと、小さくため息をつく。


「嬢ちゃん。はぐれてから結構歩き回ったでしょう。あなたの探し人はここから見て、市場の反対側にいるよ」

「ありがとうございます」


 どうやら、探し回っているうちに市場を横断していたようだ。これは、完全に判断を間違えたなと反省しながら、シルクに礼を述べる。


「さてと、店仕舞いするから、早く帰りたかったら手伝いな」


 彼女はぶっきらぼうに言うと、宣言通り店の片付けを始める。


「……えっと、何をすればいいですか?」


 手伝えと言われても何をしていいかわからない。そんな心情から質問をぶつけると、彼女は自らの足元に置いてある木箱を指差す。


「この箱に小物を入れて。きれいに整頓するんだよ。そのあとはまた指示するから」

「はい。わかりました」


 その指示にしたがって、私は机の上にある小物を片付け始めた。

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