17.シャルロシティへ
アリゼ領にある屋敷を出発してから約二か月。
最初の宿場町以降、毎日同じ部屋……というか、同じベッドで就寝し、毎日起きると抱き枕にされているという生活が続いている。
一緒に寝るということに関しては、最初に屋敷で一緒に寝たときに抱き枕にされたせいなのか、すっかりと平気になってきたのだが、朝起きたら抱き着かれているという状況にはいまだになれない。毎朝、心臓に悪いのでやめてほしいと思うのだが、彼女曰く無意識でやっているそうなので仕方ないといえば仕方ないだろう。
やめてほしいことといえば、もう一つある。
私が抱き着かれると動揺するのを知っているのかいないのかわからないが、最近は風呂に入るたびに裸のまま後ろから抱き着いてくるのだ。彼女からすれば、単なる悪ふざけなのかもしれないが、私にとってはいろいろな意味で死活問題になるので本気でやめてほしい。もっとも、今のところそれを口に出したことはないのだが……
そんな事情はさておいて、私とメニーを乗せた馬車はシャルロシティの入り口に差し掛かっていた。
「もうすぐシャルロシティですね。どんな場所なのか楽しみです」
「そうだね。大きな町だって聞くし、何があるんだろう」
私は初めて見る大きな町に期待を膨らませる。
「お嬢様方。今回、シャルロシティでは二泊いたします。もし、どこか見たいところがあればお連れできますよ」
「本当?」
御者の言葉にメニーは身を乗り出して確認をとる。
「はい。本当でございます」
そんなメニーに対して、御者は小さく笑みを浮かべて返答をする。
「やった! 観光ができますね!」
「えぇ。楽しみね。でも、どのあたりを見ればいいのかしら?」
観光ができるということ自体はうれしいのだが、残念ながら私にはシャルロシティが大きな町だという知識しかない。
なので私はメニーがなにかしらの情報を持っていると信じて彼女に話しかける。
「……そうですね。市場で買い物をしたり、中央広場にある像を見るのもいいですね。あとは議会を見学したりとかそんな具合でしょうか?」
「へーいろいろあるんだね」
「はい。私、自分が住んでいる場所だけじゃなくて、この翼下十六国全体について勉強していますから」
なんだかメニーがまぶしい。私がメイドたちと超が付くほどの引きこもり生活をしている間、彼女はしっかりと勉強をしていたらしい。
そんな彼女を前にして、私は今まで私は何をしていたんだと反省するとともに、そういった勉強がちゃんとできる彼女がうらやましいと思う。
おそらく、私があの屋敷で勉強をしたいと言い出したところで、メイドたちは“勉強は学校でするものだから”と言って詳しいことは教えてくれないだろう。そう考えると、そもそもそういった周りの状況の違いもあるのかもしれない……いや、最終的には私のやる気の問題だったのかもしれないが……
とりあえず、メニーの知識量が私のそれを圧倒的に上回っているのは事実であり、そこは素直に尊敬したいところだ。
「そうだ。せっかくですから、町についたらさっそく市場で買い物をしませんか? 町のはずれにある行商人市場は遠いですが、町の中心部付近にある普通の市場ならいけるでしょうし。ねぇいいですよね?」
メニーは市場で買い物がしたいらしい。
なら、こちらの世界の相場だったり、文化だったりをちゃんと知るために買い物に付き合うというのもいいだろう。
「うん。一緒に行こう。今日はまだ明るいから、今からでも行けそうだし」
「そうですね。せっかくですから、そうしましょうか」
「……では、いったん宿屋に荷物を置いて、それから市場へ行きましょう。今の時間であれば、開いている店も多いでしょうし」
「うん。それじゃ宿屋に行ったあと、市場までお願いね」
「はい。かしこまりました」
どうやら、メニーは馬車で行く気らしい。
しかし、それではどうも味気がない。そう感じた私はある提案をする。
「せっかくだから、歩いていかない? 宿に荷物を置いていけば軽くなるし、町もゆっくり見ながら歩けるわ」
「あーそれもいいかもしれませんね。歩いて行ってもいいですか?」
「いいですよ」
私の提案はあっさりとメニーに同意し、御者からの許しも出る。
「やった!」
この世界に来てから初めての徒歩での待ちの探索というイベントを前にして、私は思わず声を上げる。
「楽しみですね。二人での……いや、三人でのお買い物」
「うん!」
おそらく、メニーがわざわざ三人と言いなおしたのは、御者も含めた三人で買い物をしようという意味なのだろう。
私は彼女の言葉をそう解釈して、返事をする。
「ありがとうございます」
どうやら、御者も同じように解釈をしたようで穏やかな笑みを浮かべながら礼を言う。
「そういえばですね。シャルロシティにある市場についてある噂を聞いたことがありまして……」
そこからは再びいつも通りの彼女の話が始まる。
どんな話をしてくれるのか。そんな期待を込めて耳を傾けると、彼女の口から飛び出した言葉は驚くようなものだった。
「実は……シャルロシティの市場にある露店の店主の中に時々あのエルフが紛れ込んでいることがあるんですって」
「エルフ? 本当に?」
私は大きな声を上げそうになるのを必死に抑える。
エルフといえば、ファンタジーの定番だ。これまで洗脳の魔法と風景が中世ヨーロッパ風の風景以外でファンタジーな雰囲気を感じ取れていなかった自分にとって、エルフの存在というのはかなりテンションの上がるものだ。
亜人。
人間に近いそんな種族の存在こそ、まさにファンタジーの世界観を作るうえで重要な要素の一つだといえるだろう。正直な話、屋敷の中では人間以外の種族というものは全く見なかったし、話すら聞かなかったのでいないものだと思っていたのだが、まさか存在しているとは思わなかった。
「すごいわね。私、エルフって見たことない」
「私もですよ。亜人追放令が出ている以上、人間が住んでいる場所にエルフやドワーフといった亜人がいるだなんてありえないことですから」
エルフを見たことがない。屋敷の外を知らないから、人間以外を見たことがないという程度の意味合いで発した言葉だが、返ってきた答えは予想外のものだった。
「亜人追放令?」
耳慣れない言葉に私は思わず彼女の言葉をオウム返しにしてしまう。
すると、メニーは目を丸くして、驚いたような表情を浮かべる。
「まさか、ターちゃん。知らないんですか?」
彼女から投げられた質問に私は素直に首を縦に振る。
「……そうですか……でしたら少し私の知っている範囲での解説を……そもそも、亜人追放令とは、エルフ、ドワーフ、妖精、人魚、獣人などをはじめとした亜人たちを人間の住む領域から追放するというものです。これは……えーと……ねぇ誰だったっけ?」
途中まではよかったものの、解説の続きを忘れたらしく、メニーは御者に説明の続きを求める。
「これは、シャルロ領初代領主にして、十六翼議会という組織のトップを務めているマミ・シャルロッテという人物によって出されたものです。あぁターシャお嬢様、外で気安く議会の名前を出してはいけませんよ。何をされるかわかりませんから……とにかく、マミ・シャルロッテ初代領主がなぜこのような法律を作ったのかはいまだに不明ですが、この法律は現在までこの国の全土に渡って厳格に運用されております」
「ありがとう」
私としては御者が引き継いだ説明の中には疑問点が多く残るが、それ以上に亜人追放令という法律に驚く。
正直なところ、“なぜそんな法律を?”と聞きたいところだが、そこに関しては目的はわからないと先に言われてしまったので心の中にとどめておく。
「そういうわけですから、もしも町の中でエルフを見ても大騒ぎしないようにしましょうね」
私の横でメニーが天使のような笑みを浮かべる。
市場でエルフを見たら通報しようなどといわれないでよかったと安心しつつ、私は元気よく彼女に返事を返した。