14.メニーとの約束
メニーが目覚めてからは大騒ぎだった。
メニーとしては私を抱き枕にするつもりは一切なかったらしく、偶然あのような体制になったのだという。
その釈明に十分近くを要した後、思い切り抱き着いてしまったことをひたすら謝っているところにサニーが入室し、話はさらに大きくなる。
サニーからすれば、抱き枕にするほどの距離間で寝ていたのはある種の予想内だったらしい。そこでとどまれば何の問題もなかったのだが、彼女はこれをほほえましい光景だったとして、周りに話始めたのだ。自分が見ていないにもかかわらずである。
それに気づいたころにはすでに遅く、メニーが私を抱き枕にしていたという話は私の担当メイドで毛ではなく、メニーの行者の耳にも入り、“いつもの抱き枕を持ってくればよかったのではないですか?”などと声をかけられてしまう始末だ。
これによって、メニーが普段抱き枕を使っていることが判明し、それを恥ずかしいと思っていたらしい彼女が“忘れてください”と顔を真っ赤にしながら私の肩を揺さぶるという事態にまで発展した。
もちろん、その姿を含めて私はしっかりと記憶し、忘れることはないのだが、表向きには“忘れるように努力をする”と彼女に伝え、事態の鎮静化を図る。
「絶対ほかの人に言わないでくださいね! 約束ですからね!」
「大丈夫大丈夫。ほかの人に行ったりしないから」
それでもなお、彼女は納得できないらしく、そのまま他人に漏らさないようにと要求されたのでそれにも二つ返事で応じる。
もちろん、最初から他の人に話すつもりなど、さらさらなかったのだが……
そんな私の心情は置いておくとして、必死にしゃべらないようにとお願いするメニーもかわいくて、かなり癒しになる。
私はひっそりと彼女の姿を心のメモリーに収めてから改めて彼女と向き合う。
「大丈夫だよ。私とメロンちゃんは友達でしょ? だから、ちょっと抱き枕にされたぐらいじゃ怒らないから」
「本当?」
「本当よ」
「ありがとう……ございます」
私の言葉を聞いて、メニーはようやく落ち着きを取り戻す。
「まぁそういうわけだから、この話はおしまい。メロンちゃんが
家に帰るまで楽しい話をしましょう?」
「はい。喜んで」
メニーが笑顔で返答するのを見て、私は安心するとともに癒しを与えられる。
「それではですね……何を話しましょうか……」
そこからは昨晩と同じようにメニーの独断場だ。
彼女の話の種は無尽蔵なのではないかと思うほど多く、話のないよう自体も多岐にわたる。
それは、彼女が屋敷の中だけではなく、外にも出て様々な経験をしているからできるのだろう。
そう考えると、私は自分の周囲についてすら、知っていることが少ない。
自分がいる別館のことについては、ある程度わかっているのだが、普段、家族の誰かに用事がある時ぐらいしか足を踏み入れることのない本館の中のことなど知らないも同然だ。
それにしてもだ。今、学校に通っていて屋敷にいない姉はまだしも、なぜ自分だけ本館の外に住まわされているのだろうか? ほかの兄弟もそうだったのなら納得は行くが、サニーの話では、この別館は私が産まれるまで使われたいなかったそうだ。とすると、わざわざ今まで使われていなかった別館に私の部屋と居住スペースを作ったことになる。もっとも、ちゃんと馬車回しまでついている辺り、扱いが極端に悪いということはないのだが……
もっとも、この別館自体は本館との位置関係などから本来は来客用の建物だと思うのだが、なぜ、使われなくなって放置されていたのかなど、その辺りの歴史についてはよくわからないというのが現状だ。
「……ねぇターちゃん。ちゃんと聞いてるの?」
どうやら、考え事をしすぎて返事かおろそかになってしまっていたらしい。
「ごめんごめん。ちょっと考え事を……」
私はその事を謝罪するとともに先ほどまで考えていたことを胸の奥に押し込む。
「えっと、なんの話だっけ?」
「もう。ちゃんと聞いてくださいね」
「わかったよ」
そこから、メニーの話が再開する。
その大半は彼女の身の回りの話であったのだが、私はそれをしっかりと聞き、うなづき、相づちを打つ。
結局その後は朝食の時間になるまで、私はメニーの話を聞き続けていた。
*
私とメニーが起きてから約二時間。
朝食を終えた私は別館の玄関先にいた。
「それでは。私はこれで……今度こそは私の屋敷に来てくださいね」
「うん。お父様にお願いしてみるね」
それに対しての私の返答は残念ながら訪問を確約できるようなものではない。
これまで父に何度も頼んだにもかかわらず、いまだに屋敷を遠く離れてメロ州まで行く許可は下りないし、そもそも、屋敷の周辺から離れることすらできない。
私がもう少し大きくて、お金があれば勝手に屋敷を抜け出してなんていうこともできるのかもしれないが、6歳児ではそれもかなわない。
「約束はできませんか?」
「……うん。お父様がなかなかいいって言ってくれないから……」
その事実に対して、メニーは残念そうな表情を浮かべるが、私はそれでも行けるとは言えなかった。ここで下手に行けるといって約束したところで、それが果たされなかった場合に彼女を余計に落ち込ませることにつながるからだ。
「……わかりました。では、こうはどうでしょうか? 一緒に学校で学び、一緒に卒業をしましょう。これなら約束できますか?」
「うん。それなら……」
学友として紹介されたぐらいだ。同じ学校に行くのはほぼ確定だろう。
「それでは約束ですよ。私たちは一緒に学校に通い、一緒に卒業する。いいですね」
「うん」
その言葉のあとに私とメニーは固く握手を交わす。
こちらの世界の学校の制度がどうなっているかわからない以上、卒業まで一緒という約束は、家に遊びに行くに比べれば、随分と大変な約束かもしれないが、できる限り履行できるように……いや、必ず履行できるように努力をしよう。
そんな思いとともに私はメニーと向き合う。
「それじゃあ、次に会うのは入学のときかな?」
「そうですわね。でも、もしかしたら途中でアリゼ領を通るので一緒に行けるかもしれませんね。その前に私のところに遊びに来てもらえれば一番いんですけれど……」
「そうだね」
次は入学の時といいながらも、メニーは私と会いたくてしょうがないらしく、握手したまま手をぶんぶんと振る。
それに伴って私の手も上下に激しく揺らされるのだが、そこについてはあえて指摘はしない方がいいだろう。
その状況が三分近く続いた後、ようやく私はメニーの手から解放される。
「それでは行きますね」
「うん。それじゃあまた」
「はい」
短い会話を交わしたあと、メニーは一瞬寂しそうな表情を浮かべるが、すぐに笑顔に戻って馬車に乗り込む。
「それではターちゃん。お元気で」
「うん。メロンちゃんこそ元気でね」
最後にお互いにニックネームを使ってあいさつを交わしたあと、メニーを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。
「また会いましょうねー!」
メニーが馬車から少し体を乗り出させた状態で大きくてを振る。
「うん! またね!」
私もそれに手を大きく振りながら返答をする。
そのあと、私はメニーの馬車が見えなくなるまで手を降り続けていた。