13.初めてのお泊り会(後編)
メニーの話が始まってから約三十分。
彼女の町自慢はいまだに続いていた。
それだけに間、話続けているので、途中途中話が重複しているのだが、私はそれを指摘することなく、じっと聞き役に徹する。
しかし、時間が過ぎ去るのは早いもので、こうしている間にもじわりじわりと寝る時間が近づいてくる。
あわよくば、自分がなにも話さなくてもいいのではないか? と思ったその時、メニーが話をパタリとやめる。
「どうしたの? メロンちゃん」
「えっと、このまま話していてはターちゃんが話す時間がなるなるのではないかと」
ようやく気がついたらしい。
もっとも、私としては何を話そうかと困っていたレベルなので気がつかない方が良かった事実なのだが……
「えっと、それでは私の話をしましょうか」
しかし、話の種がないからそのまま続けていてなどと言うわけにもいかず、私はメニーの好意に甘えてなんとか話題を切り出そうとする。
「そうですね……」
自分の身近な話題と言えば、サニーやルナをはじめとした身の回りの世話をする使用人との話なのだが、どう言った話をすればいいのだろうか?
そこまで考えたとき、私はある発想に至る。
別に相手は友達なのだから、そこまで深く考える必要もないのではないだろうかと。
そこまで考えて、私はニッと笑みを浮かべる。
「私は普段、屋敷からでないので屋敷の中の話。いつも、私の周りにいる使用人の話をしますね」
そして、そのまま私は話を切り出す。
「私の身の回りの世話をしてくれるメイドは三人いまして、いつも一緒にいるのが、先ほど一緒にお風呂に入ったサニーで、あとの二人は……そういえば、名前を聞いたことないような……まぁとにかく、料理担当とその他の雑務担当のメイドがいるの。それでね
、料理担当のメイドさんはいつも私の好きなものを作ってくれるんだけど、時々私の嫌いなものも混じっていてね……」
相手が町自慢なら、こちらはメイド自慢だと言わんばかりに私は担当メイドたちの話をする。
その話にメニーは熱心に聞き入り、私はさらに話を続ける。
「……それでね。その時のサニーの顔がね……」
それにしてもだ。話そうとすれば、意外と話の内容があるものだ。
町に出たことはなくても、使用人たちとは毎日接している分、話の種はつきないらしい。さすがに他人に話すべきではないこともあるので、その辺りについてはある程度注意しているが、それでも彼女と同等かそれ以上の話ができているはずだ。
「それはすごいですね」
話の合間に挟まれるメニーの反応も悪くはない。
その反応を見る限りでは彼女は真剣に話を聞き、楽しんでいるように見える。
そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、部屋の外から“そろそろ寝るように”と声がかかる。
「それじゃあ、寝ようか」
「はい」
それを合図に私は話を切り上げて、就寝の準備を始める。
「それじゃあ、メイドさんにこっちで寝るって言ってくるね」
「はい。それでは、ここで待ってますからね」
「うん」
私は満面の笑みを浮かべているメニーに対して、深いことは考えずに返答し、一旦部屋の外に出る。
「……メイドさん。今日はこのままメロンちゃんと寝るわ」
部屋の外で控えていたサニーに告げると、サニーは小さく首をかしげる。
「えっと、メロンちゃんとは?」
「メニーにつけたニックネームよ。あんまり、本名で呼ぶわけにも行かないでしょう?」
「あーそういうことですか。いいですよ。他のメイドたちにもターシャ様は来客室で寝られていると伝えておきますね」
「うん。お願い」
それだけ伝えると、私は再び部屋の中へ戻るためにドアノブに手をかける。
そして、その瞬間私はあることに気がついた。
今、メニーがいる来客室にはベッドがひとつしかない。さらに言えば、一番最初にメニーは一緒の布団で寝たいと申し出ている。ということは、仮にベッドが二つでもひとつのベッドで寝ることになるのだろう。
ベッド自体は大人が余裕で寝れるぐらいには広さがあるので幼子二人が並んで寝るのには狭くないし、どういうわけか枕も二つ用意されている。
だが、問題はそこではない。
このまま行くと、私は同年代の女の子と一緒のベッドで寝るのだ。別に子供同士だし(体は)同性なので問題はないはずなのだが、普段サニーに添い寝をしてもらうのとは少し違う緊張感のようなものを抱き始めていた。
意識してはいけない。意識すればするほど、その緊張感が増してしまうのは目に見えていたので、私は必死に自分に言い聞かせる。
意識するな。ただの添い寝ではないか。ベッドも広いし、体も小さいからある程度距離をおいて寝ることができる。明らかに端と端では付し是かもしれないが、少し開けたぐらいなら問題はない。ないはずだ。
私はゆっくりと深呼吸をしてからドアノブを回す。
横で一連の流れをみていたサニーが首をかしげているが気にしない。今は平成を保つことが大切だ。
「さて、歯を磨いてから寝ましょうか」
私は一緒に寝るぐらい余裕である。といった暗示も込めて、小さく笑みを浮かべながらサニーに声をかけた。
*
翌朝。
目覚めた私は、なにかに体を捕まれたような感覚を覚える。これがいわゆる金縛りというやつだろうか?
それなら、もう一度寝てしまえばいいのだろうか?
そう考えたとき、柔らかい吐息が私の耳をくすぐる。
いや、これはきっとそよ風だ。どこかの窓が空いているのだろう。ちょっと、視線を下の方に向けると、子供らしい小さなてが見えるとか、そういうのはきっと関係ない。
そうだ。メニーが私を抱き枕にして、腕と片足でしっかりと抱え込み、体を密着させているなんてことはない。ないはず……いや、現実を見よう。
私は今、メニーに抱き枕にされている。それも、しっかりと体は密着し、吐息が耳にかかる程度には顔が近い。それこそ、今顔を横に向ければ、キスぐらい出来るのではないだろうか?
そこまで考えてから、私は小さく首を振る。
私は何を考えているんだ。相手は同性。しかも幼い女の子だ。ここでキスがしたいだとか、それだけにとどまらずに実行に移してしまってはルナと一緒ではないか。いや、手を出した瞬間にそれ以上になってしまう。
私はメニーとは反対の方へと首を向けて必死に心を落ち着かせる。
自分は6歳の女の子、相手も6歳もしくは5歳の女の子。その片方がもう片方に抱き着いて抱き枕のようにしている。何ともほほえましい光景である。そうだ。これはほほえましい光景であって、私が鼓動を早くして緊張したり、何かをするような場面ではないのだ。たとえ、前世で女の子とキスをしたことがなくても、それは今のところ関係ないのだから頭の隅に押し込んでおく。
「……とりあえず二度寝しよう」
寝れるかは別として、とりあえずメニーが起きるまでは寝ていた方が賢明だろう。そう考えて、私は瞼を閉じて羊を数え始める。
羊が一匹……羊が二匹……羊が三匹……
そういえば、どうして羊を数えると眠くなるなんていわれているのだろうか? 今のところ、人生で始めてやっている最中なのだが、数匹数えたところでは効果は表れない。
羊が百一匹……羊が百二匹……羊が……
まだ眠れない。むしろ、寝ようと必死になりすぎて逆に目がさえてきているような気もする。
そうは思いながらも、私は目をつぶったまま羊の数を数え続ける。
結局、その後羊を千二百六十五匹まで数えたところでメニーが目を覚まし、ようやく私は彼女の抱き枕状態から解放されたのだった。