12.初めてのお泊り会(前編)
誕生日会が開かれた日の夕方。
私とメニーの姿は屋敷の本館にある大浴場にあった。
前回は食事だけをして、日中に帰ってしまったメニーであるが、今回は誕生日会終了の時間を考慮して、屋敷に一泊することになった。
そのため、今はこうして私とメニーとサニーの三人で風呂につかることになったのだ。
いつもは私の部屋がある別館の風呂にサニーと二人きりで風呂に入るのだが、今日はメニーと一緒なうえ、普段入るそれよりも広い本館の大浴場に入るということもあって、二つの意味でテンションが上がっていた。
「うわー広いですねー!」
大浴場に入るなり、メニーが感嘆の声を上げる。
主に父親や二人の兄、その客人が入るために作られた大浴場は広々としているだけではなく、ところどころに金の装飾が施された豪華展覧な作りとなっていた。
これは普段使いだけでなく、客人をもてなし、それと同時にアリゼラッテ家の威光を示すという父の思いにより改装されたと聞いたことがある。
「滑って転んだりしないように気を付けてくださいね。あと、飾りにはあまり触らないでくださいね」
サニーからされたある種の定型句ともいえる注意を適当に聞き流しながら、私とメニーは浴槽へと向かう。
ライオンのような形をした黄金像の口から吐き出された湯がなみなみと注がれた浴槽は三人ではいるにはあまりにも広く、泳ごうと思えば泳げるほどの広さがある。しかし、そこは領主の娘という立場とメニーという客人の前であるということを考慮して、ぐっと我慢する。というか、ここまでの風呂を用意できるのなら、別館の方の浴場にももう少し力を入れてほしいものである。
今のところ、自分が与えられている別館の浴場は狭いとは言わないが、少々小柄なサニーが足を延ばせないあたり、成長したら狭く感じるのだろうなと思ってしまう。もっとも、私が全寮制の学校に入学し、卒業して戻ってきたときに別館の部屋に戻るという保証はないのだが……
「どうかしましたか? ターちゃん?」
「ううん。なんでもない」
今はメニーと楽しい時間を過ごしているのだ。自分の待遇に関する不平不満について考えている場合ではない。
「それにしてもすごいですね。ターちゃんは普段からこんな大きいお風呂に?」
「えっ? えぇと……ここはお客さんが来たとき用のお風呂だから、私が普段入るお風呂はもっと小さいよ」
まさか、“普段はそこにいるメイドさんが足を延ばせないほど小さい浴槽の風呂に入っている”なんて言うわけにもいかず、うそをつかない程度に適当に話を流す。
「そうだ。せっかく一緒なんだから、体をお互いに洗いましょう」
ついでにこの話がこれ以上、続かないように不自然にならない程度に話題を変化させる。
「いいですね! やりましょう!」
そういって、メニーが立ち上がる。
この後、メニーの体を洗うイコール幼いとはいえ、女の子の体にタオル越しに触れるという事実に気が付き、私が赤面しながら彼女の体を洗ったのはまた別の話。
*
風呂を上がった後、私とメニーは私の部屋がある別館の客室に来ていた。
本来であれば、客人が宿泊をする場合は本館の客室なのだが、本館の客室に空きがないという状況とメニーが私の客人だという事情を考慮しての部屋割りだそうだ。
「せっかくですから、一緒のベッドで寝ませんか? 私、パジャマパーティというものに憧れていましたの」
「うん。いいね」
パジャマパーティとはなんとも魅力的な響きだ。
二人きりのパジャマパーティであるが、この人生で始めてのパジャマパーティはとても楽しいものになるだろうと私はすぐに確信する。
しかし、そこで私は大切なことに気がつく。パジャマパーティといえば、恋話だ。しかし、見た目は幼女でも中身は男なので男の子の浮いた話など全くない。いや、もっと言えば、屋敷から出してもらえないし、自分の世話をする使用人たちも全員女性であり、身近にいる男性と言えば父と兄ぐらいである。何が言いたいのかと言うと、出会いがないのだ。
しかし、パジャマパーティの定番である恋話を提案された場合、それに応じないわけには行かない。だが、応じようとしたところで話が全くないのだから黙り混んでしまうことはほぼ確定だろう。まさしく二律背反。恋話に応じたい自分と応じれない自分。その両方が今まさに心の中で喧嘩を始めている。
「せっかくですから、なにかテーマを決めて話をしませんこと?」
しかし、この場を切り抜けるチャンスは予想外の方向から降りかかってきた。
「そうね。普段の生活についてなんてどうかしら」
「なるほど。それはいいかもしませんね」
メニーからの返答……よりも先にいつの間にか紛れ込んでいたルナが先に返事をする。
「ルナ」
「はーい」
「ルナは自分の部屋に戻って朝までぐっすりと寝てなさい」
「はい」
とりあえず、ルナを追い出したところで私は改めてメニーの方に向き直る。
「そうですね……」
幸いにも彼女は突然の乱入者のことなど気に止めるようすもなく、話始める。
「もし、話づらいようだったら、テーマを変えてもいいけれど」
「ううん。大丈夫です」
なんとか、恋話をして盛り上がろうと言う危機は脱したようだ。
私はホッと胸を撫で下ろしながら彼女の期待に十二分に答えられるような話題を探す。
「それでは、私からいいですか?」
しかし、メニーの方が先に話題を見つけたらしく、小さくあげる。
「どうぞ」
「はい。普段の生活と言うことですが、淡々と語りましてもつまらないので私が住んでいる町の紹介をしますね」
「わかったわ」
返事をしながら、私はあまりよろしくない事態に陥ってしまったと言うことに気がつく。
ハッキリと言って、私は自分が住んでいるアリゼ領について何も知らないに等しい状態だ。家からは中々出してもらえないし、そういった類いの勉強も受けていない。知っていることと言えば、アリゼ領が内陸に位置していて、海に接していないという程度の知識だけだ。
こういう展開になるのなら、事前にアリゼ領について勉強するなり、話を聞くなりすれば良かったと思うのだが、そんな後悔をしたところで後の祭りだ。そんなことを言い出せば、パジャマパーティの定番である恋話を出来るようにイケメンを身近で見つけておけば良かったとか、もっと、自分が困らないようなテーマを提案しておけば良かったとか、そういったレベルですべてについて反省しなければならなくなる。
そんなことをしていてはきりがないので、私は前向きに今の話題を切り抜ける方法を考える。もちろん、彼女の話を聞きながらではあるのだが……
「私が住んでいる屋敷のあるメロメーアは小さな港町でして、小さな船がいつも行き来してますの。それでですね。町の中には二つの市場かありまして、片方は漁師たちが捕ってきた魚を、片方は帝国の他の地域から船で運ばれてきた物を売っています。町の人たちはとても活気があって、いつも元気な声が響いたいます。それでですね。その市場の近くに私のお気に入りの場所が……」
なるほど。メニーの住まいは港町のようだ。それに彼女の口ぶりだとよく外に出て、遊んであるようだ。その事について、私は羨ましいと思うと同時に町をよく見ているのだなと感心する。
例え、遊びに出ているにせよ、その他の用事で外に出ているにせよ、関心がなければ、市場で何を売っているかなど、知るはずもないからだ。
私はいつしか、自分が何を話そうかと考えるのを中断して、すっかりと彼女の話に聞き入っていた。