11.初めての誕生日(後編)
「ニックネーム? いいね! 面白そう!」
私がした、お互いにニックネームを付けるという提案にメニーはきらきらと目を輝かせる。
ニックネームといえば、親しい友達同士でつけるものだ。おそらく、彼女はそういった意味でとらえているに違いない。
だがしかし、私としてはメニーの本名呼びを回避するという重要な意味を持っているのでとても重要な通過儀礼である。
おそらく、この調子だとこの先もあった人あった人、それぞれ本名で呼ばないための工夫が必要になる可能性が間違いなく大きいからだ。
会ってはニックネームを付け、会っては愛称をつけ……それの繰り返しの練習だと考えると、これは重要な一回目の練習となる。
「じゃあ、誕生日会が終わったら一緒に考えよっか」
「はい。それがいいですわね」
だが、この場は誕生日会だ。おそらく、この後もいろいろと行事があってゆっくりとニックネームを考えている場合ではなくなるだろう。だからこそ、私はいったんこの話を終わらせ、話題を別の方向へと持っていく。
「ここまで遠くなかった?」
「遠かったですが、ターシャさんに会えると思えばこれぐらいなんてことないですわ」
「そっそう……ありがとう」
こちらもメニーのことを好ましく思っていたが、向こうはそれ以上だったらしい。
メニーはまるで憧れの人に会えたファンのようにターシャの手を両手で包み込むように握りしめる。
「さてさて、せっかくだから一緒に料理を食べましょう。ターちゃん」
「えっターちゃん?」
「そう。ターシャさんだからターちゃん。私にも早く考えてね」
子供の発想というのは実に柔軟らしく、あっという間に私にはターちゃんというニックネームが付いた。
いや、もしくは発想が単純でもあるともいえるかもしれない。
一方の私は、彼女のことを“メーちゃん”と呼ぼうかどうかと全力で悩んでいるところである。
しかし、いざニックネームで呼んでみようと思うと、相手が嫌がったらどうしようとか、それはちょっとといわれたときに代案がないだとかいろいろと考えてしまって、なかなか口に出せない。
もっとも、ニックネームを考えるのは誕生日会が終わってからだという話をしたばかりなので、それまでまだ猶予はあるのだから考える時間はある。だとすれば、今この瞬間にメニーのことをメーちゃんと呼ぶかどうかと考えていても問題はないだろう。
「ターちゃん。あの料理、おいしそうですから一緒に取りに行きましょう」
しかし、立食形式というパーティの内容も影響してか、メニーはあちらへこちらへと走り回り、少量ずついろいろな料理を堪能している。それについて、一緒に歩き回っているせいか、私はいつしかニックネームの悩みを忘れ、料理のことばかり考え始めていた。
「このお肉の料理って何だろう?」
「それは……」
普段、肉料理をあまり食べないらしいメニーに料理のことを解説しつつ、彼女と共に食事を楽しむ。
「……それでは、プレゼント授受の時間です。ターシャ様は前へお願いします」
そんな楽しい一時はあっという間に過ぎ去り、気がつけば会のクライマックスであるプレゼントを受けとる時間になってしまった。
「ちょっと行ってくるね。また、あとで」
「はい」
メニーと再会の約束をしてから私は会場奥に設置された舞台へと向かった。
*
誕生日会終了後、私は大量のプレゼントを抱えて自室へと戻ってきた。
「お疲れ様です。ターちゃん」
部屋に帰るとメニーがすでに待機していて、私の荷物を一部受け取って、部屋の適当なところに置く。
「待っていてくれたの?」
「はい。ターちゃんにニックネームを付けてもらわないとなので」
どうやら、彼女は私からニックネームを付けてもらうことをかなり期待していたようだ。
その一方で私は焦っていた。料理に夢中になり、彼女をメーちゃんと呼ぶかどうかという問題に結論を出せていないからだ。そもそも、メーちゃんがダメだとしても、メロンちゃんとか……いいかもしれない。少し捻った感じでメロンちゃん。こちらにメロンがあるか知らないが、メーちゃんよりは呼びやすい気がする。
メロエッテのメロを取って、呼びやすい感じにしてメロンちゃん。うん。とてもいい気がしてきた。
「よしっ! 決めた!」
そこまで考えてから、私はようやく口を開く。
「どんなのを考えたのですか?」
考え付く前は痛かったメニーからのキラキラとした期待に道溢れた視線も痛くない。体が軽い。こんな気持ちでニックネームをつけるなんて始めて……という冗談は置いておくとして、私はしっかりと彼女のほうに向き直る。
「……メロンちゃんとかどう?」
提案をした瞬間、彼女の目はさらに輝く……ことはなく、むしろ困惑の色を浮かべている。
「えっ? メロン? 何でですか?」
彼女の予想外の反応に私も思わず表情をひきつらせる。
しまった。考えすぎてしまったようだ。それとも、この世界にもメロンという物が存在していて、それと同列にされたのが嫌だったという可能性も否定できない。
そんな後悔を抱くも口に出してしまったものは回収できないので、なんとかこの場を持たせようと必死に説明をする。
「なんというか、メロエッテのメロを取ってなんか、可愛い感じにしてみたんだけど……ダメだった?」
「あーうん。そういうことでしたか。今、メロンが何かの物の名前かと思いまして……それがなにかわからなかったから……」
どうやら、説明をしたことでギリギリセーフのところまで持ってこれたようだ。
そこで、私はメロンが変な意味を持っていなくて良かったと安心するとともに、やはりニックネームをつけるときは気を付けなければいけないと心に誓う。
「ありがとう。最初はちょっとビックリしましたが、うれしいです」
でも、とりあえずはメニーが喜んでくれたから問題はないだろう。
私はその事実に安心しつつ、彼女に笑みを浮かべる。
「さてと、誕生日会も終わったし、一杯お話しましょう」
「……はい」
私からの申し出にメニーもまた、笑顔で答える。
「そうだ。昨日の話なんですけれどね、泊まった宿屋の……」
そこからはメニーと私が互いに話題を提供しながら、お互いに他愛のない話を始める。
それは、端から見ればただの無駄話なのかもしれないが、私にとってはもらったプレゼントを開けるのを忘れるぐらい大切な時間であり、同時に私にとっては最高の癒しがもたらされる時間であった。
とにかく、一生懸命最近の話題を話すメニーの姿がかわいくて仕方ないのだ。こんな感情は5歳児……もとい6歳児の女の子が抱くようなものではないのかもしれないが、私は間違いなく目の前にいる小動物のような彼女を見て、かわいいと思い、それと同時に癒しを求めている自分がいるということを改めて自覚する。
こうなってみると、私に対して変な感情を抱いていたルナの気持ちもわからなくはないような……いや、さすがにあれと今の感情を同列にするのはメニーに失礼な気もする。
私は頭の中からルナを追い出して、目の前の話に集中する。
「それでね。その時メイドさんがね」
幸いにもメニーは私が考え事にふけっていたという事実には気が付いていないらしく、夢中になって使用人とのエピソードを話してくれる。
私はそれを笑顔で聞き、相槌を打ち、私からも話題を提供する。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、気が付けば日も暮れ、時間はすっかり夜へと向かっていた。