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10.初めての誕生日(前編)

 メニーとの文通を続け、季節は冬に突入した。

 いまだに彼女のところに行ける気配はないのだが、いつになったらメロ州への訪問は実現するんだろうか。


 そんなことを考えながらため息をついていると、背後から声がかかる。


「ターシャ様。着替えの準備ができましたよ」

「うん。ありがとう」

「いえいえ。では、どうぞこちらへ」


 部屋に入ってきたサニーが持っているドレスはいつもよりも装飾が多く、重たそうな見た目をしている。


「今日って何かの日だったっけ」


 普段のそれとは違うドレスを見て、ターシャがサニーに尋ねる。普段とは違う服装というのは経が何かのイベントだということをひしひしと伝えてくる。この世界にクリスマスというイベントがあるのかはわからないが、クリスマスにしても少し早すぎるし、それ以外のイベントもあまり心当たりがない。


「何を言っているのですか。今日、12月15日はターシャ様のお誕生日ですよ。お忘れになったのですか?」

「えっあぁ誕生日……そういえばそうか」


 すっかりと忘れていた。今日は私の誕生日だ。

 もともとの自分の誕生日が夏だったため、すっかりと忘れていたのだが、ターシャ・アリゼラッテは冬生まれである。

 そんな子供にとって大切な行事を忘れていたなど、5歳児失格だ。


「どうかされましたか?」

「ううん。忘れていたふりをして驚かせようと思っただけ」


 とりあえず、これは子供独特のいたずらとして片付けるほうがいいだろう。さすがに誕生日を忘れるのはいくらなんでもまずすぎる。

 これは私の意識が芽生えてから初めての誕生日だ。誕生日といえば、誕生日プレゼント。子供が欲しいものを手に入れる最大のチャンスの一つである。


 そんな大切なイベントを忘れる子供など、全く子供らしくないではないか。


「そうですよね。びっくりしましたよ」


 どうやら、ごまかし作戦は成功したようで何とかこの場を乗り切ることができたようだ。そのことに安心しつつ、私はほっと胸をなでおろす。


 ところでだ。この世界での誕生日はどうだっただろうか? 最近、すっかりと思い出しにくくなっている前世の記憶がよみがえる前の記憶をたどっていく。


 日本における誕生日といえば、誕生日ケーキとごちそう、プレゼント、パーティだが、そのあたりについてはこちらもあちらもたいした変化はない。


 去年は“ターシャお嬢様お誕生日会”と題されたパーティが催され、たくさんのごちそうが並べらていて、各出席者からいろいろとプレゼントを受け取った記憶がある。


 そう考えると、誕生日ケーキやお誕生日の歌こそないが、誕生日の祝い方自体は二本と相対した変化はないとみて間違いなさそうだ。

 あとは、もらえるプレゼントだが、日本のようにゲームやおもちゃ……というわけでもなく、髪飾りや花束といったものが多かったような印象がある。


 そうなると、今年ももらえるモノは相変化しないだろう。


 それでも、ごちそうが食べられるうえに5歳児を卒業して6歳児になれるのだから、良しとしよう。


「ねぇ今日はどんなことをする予定なの?」


 そんな期待を胸に抱きながら、私はサニーに問いかける。


「そうですねーまずはこの服に着替えて、パーティに出席します。そのあとはみんなでご飯を食べたり、プレゼントをもらったりするんですよ」

「やった!」


 どうやら、誕生日にやることの内容自体は去年と同じらしく、そのことに関しても私は安心をする。例えば、この世界では6歳になったら何かをやらなければならない的な風習があった場合、これは楽しい誕生日ではなく、大変な誕生日になってしまう。


「それでは着替えたら会場へ向かいますよ」

「はーい」


 私はそういった諸々の事情も相まって、元気よく返事をし、着替えを始める……ところで、一人で着替えれるようになるのはいつの日だろうか? などといういかにも子供らしい疑問を持ちながらもサニーに手伝ってもらいドレスに着替え、さっそく彼女に連れられて誕生日会の会場へと向かった。




 *




 屋敷の本館にあるホール。

 そこに舞台はでかでかと“ターシャお嬢様お誕生日会”と書かれた使いまわし感満載の横断幕が掲げられていて、各所に配置されたテーブルには豪華な料理が盛られている。


「わーおいしそう!」


 普段の領主一家とは思えない質素な食事と比べ、格段に豪華なその食事を前にして私は思わず目を輝かせる。


「ターシャ様。たくさん食べて元気に育ってくださいね。それでは、食事をする前に領主様のあいさつですよ」

「はーい」


 いきなり食事を食べようとした私であるが、まずはあいさつを聞くようにと制止される。


 私としては目の前の料理が魅力的過ぎて、今にも食べたいところなのだが、そこはぐっと我慢をする。


「えー皆さま、本日はお集まりいただき誠にありがとうございます」


 そうしている間にも父親のあいさつが始まり、会場は一気に静まり返る。

 静粛にとか、そういった言葉を言わずに会場を静かにさせるあたり、やはり領主というものはそれだけすごい存在なのだろう。


「わが愛娘、ターシャ・アリゼラッテが今日で6歳を迎えることになりました。そのような記念日にこれだけの人が集まってくださるというのはそれだけで幸せなことだと思います。さて……」


 それにしてもだ。学校の校長のあいさつもそうだが、なぜこういった何かしらの会の開始のあいさつというのは長いのだろうか? この場にいる大多数は同じことを思っているのだろうが、目の前に豪勢な食事があるのだから早く食べたいという感情があいさつを聞くという大切な作業を阻害する。


「……つきましては、この愛娘の成長が我々アリゼラッテ家のさらに言えば、アリゼ領のさらなる発展に寄与するものと信じ、あいさつとさせていただきます」


 あれやこれやと考えている間に約10分にも及ぶ開始のあいさつがようやく終了する。

 いくら何でも話が長すぎる。私が領主だったら、そんな長いあいさつは絶対にしないと思いつつも、実のところ、アリゼラッテ家の三女という立場にある私がその座につくことは絶対にないのでそのあたりは考えるだけ無駄だろう。


 その後、司会から“どうぞ、ご歓談をお楽しみくださいませ”というお決まりの文句が聞こえてくると同時に私は食事の席につく。


「……ターシャさーん!」


 と、ほぼ同時に聞き覚えのある。しかし、おぼえのあるものよりも数倍は元気に満ち溢れた声が聞こえてくる。


「メニー!」


 私はその声に待ちに待った食事をするのも忘れて振り返る。

 その先には大きな花束を抱えたメニー・メロエッテの姿があった。


「久しぶりですね!」

「えぇ久しぶりね。元気にしてた?」

「はい! この通り。メニー・メロエッテは元気にしていましたよ!」

「そっそう」


 ここまで元気な子だっただろうか? 前に会った時よりもはるかに元気になっているメニーを前にして、私は少し引き気味になる。

 それと同時に、私はある可能性について真剣に考慮する。


 それは、変な形で洗脳がかかっている可能性だ。


 前に私は別れ際に“メニーこそ元気にねー!”といったのだが、それがやはり洗脳の魔法だとして、効果が発揮されているのではないだろうか? だとすれば、何かしらの暗示のように彼女が強制的に元気な振る舞いをさせられている可能性がある。


 しかし、彼女の目も表情も普通であり、これといった異常はない。ただ単に友達と会えてうれしいだけなのだろか? そうだ。きっとそうに違いない。


 私は心の中で頭を抱えつつも、メニーと会話を始める。


「そうだ。久しぶりに会ったんだから、お互いにニックネームを決めない?」


 ここまで来たら、今後このような心配を生まないために洗脳の魔法がかかる可能性を徹底的に排除するべきである。そう考えた私は、メニーを本名で呼ばなくてもいい方法を彼女に提案した。

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