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1.まずは現状の整理から

 私ことターシャ・アリゼラッテはいわゆる転生者である。いや、正確に言うならば前世の記憶というやつを持っている。

 前世での私は地球の日本の東京の近くに住んでいて、ごくごく平凡な高校生だったはずだ。


 そして、前世の私の記憶は二月の寒い雪の降る日に家を出たところで途絶えている。まぁ覚えていないだけでそのあと何かがあったのは確実だろう。


 地球という科学で開発された世界に男として生まれ、ごくごく平凡に過ごしていた私は、現在、魔法のある世界に女として生まれ、領主の娘として成長している最中だ。年齢は現在、5歳である。


 前世の記憶を思い出したのはつい先日。目覚めてみたら、思い出していた。


 そして、今はフリフリのドレスに着せ替えをさせられている最中である。


「最近は本当におとなしいですね」


 着せ替えをさせてくれている専属メイドの一人がそういった。本人の前でいうことではないだろうと思うのだが、それはそれでいいだろう。

 前世の記憶を取り戻す前の私はやんちゃで無鉄砲な性格をしており、着替え一つとっても途中で逃げ出して庭を駆けまわったりしていた。しかし、現在はとてもじゃないがそんなことは恥ずかしくてできない。幸いにも周りのメイドたちは大人になってきたぐらいにか見ていないが、このままではメイドたちはおろか、屋敷のほかの使用人や家族に怪しまれる可能性が……ないか。むしろ、前世の記憶があるといったところで信じてもらえるはずがない。それこそ、領主の娘の頭がおかしくなったと大騒ぎになるだろう。


 今の懸念事項はそれだけではない。


 自らの立場もそうだ。


 今の私は領主の娘という立場である。両親は健在で現在、父親が領主を務めている。

 それ以外の家族はというと、兄が二人と姉が一人の四人兄弟であり、このままいけば領主の座は間違いなく長男である一番上の兄が継ぐだろう。

 そうなると、姉と自分に残っている道は政略結婚……とまではいかなくても、何かしらの形で結婚という結末に終わる可能性が高い。そうなったときに自分が相手の男性を受け入れられるかどうかは未知数だ。どうにかして、独身を貫きたいが、周りの状況やこの世界での常識がわからない以上、それが達成されるかどうかははっきりといって未知数だ。


「どうかしましたか? ターシャ様」


 あれもだめ。これもだめと考えているうちに難しい表情でも浮かべていたのか、メイドが心配そうな表情を浮かべている。


「えっと……大丈夫だよ。えっと……」


 そして、初めてまともに会話をしてみて気が付く。私は今、自分の世話をしてくれているこのメイドの名前を知らないという事実に。

 記憶にある限り、物心が付いたころからずっと一緒にいるはずなのだが、名前を聞いた記憶がない。


「ねぇ……メイドさんの名前を聞いてもいい?」


 なるべく純粋な子供みたいに見えるように。そういったことに気を付けながら、極力かわいい表情と仕草を意識して話しかけてみる。


 話しかけられたメイドは目を丸くして、しばらく動作を止めた後、私の前までやってきて深く首を垂れる。


「……ようやく、この日が来たのですね。わたくしはルナと申します。どうぞ、改めましてよろしくお願いいたします。さて、ターシャ様。お着替えが終わったら、ちょっとしたお勉強に付き合っていただいてもよろしいでしょうか?」

「えっと……うん。いいよ」


 恭しく頭を下げているあたり、もしかしたらこの世界では名前を聞くというのは特別なことを意味するという文化なのかもしれない。

 ちょっと地雷を踏んでしまったかとも思ったが、今後むやみやたらにこういった行動をとらないためにもルナが言う勉強に関してはちゃんと内容を理解できるように努力をした方がいいだろう。


「ありがとうございます。それでは着替えの続きをいたしましょうか」


 そこからはルナにされるがままに着替えが継続する。

 いつかは自分で服ぐらい切れるようになりたいと思うのだが、こういったドレスの着方がよくわかっていない以上、下手なことはしない方がいいだろう。いや、それ以前に普通の服が着たいというのが正直なところだ。この際、はっきりと言おう。フリフリのドレスは動きずらいからTシャツとズボンで過ごしたい。


 そもそも、領主一族の人間というだけでなぜこのような不便を強いられなければならないのだろうか? 確かに暮らしは華やかでお金もあるかもしれないが、その分制約が多すぎる。食事の動作一つとっても、すぐにはしたないだの、周りの目があるから気を付けてほしいだのという注意が飛んでくる環境である。それが最初から当たり前だと思っていればいいのだが、ごくごく平凡の生活を経験してしまっている以上、とてもじゃないが、耐えられるような気がしない。


「さて、ターシャ様。それではあちらの部屋でちょっとした魔法の勉強をいたしましょうか」


 そのまま私はルナの言葉に従って個室に入る。


 ルナは個室に入るなり、入り口の扉を閉めてカギをかけた。相当、周りには知られたくない“お勉強”なのかもしれない。


「ターシャ様。ターシャ様のお父様をはじめとしたアリゼラッテ家には一族の方々にしか習得ができない魔法というものが存在しています。それは洗脳の魔法です」

「洗脳の魔法?」

「はい。洗脳の魔法は対象者の名前……要は真名を知っていれば、かけることが可能で、これを使えばどんな命令でも聞かせることが可能です。例えば、ここであなたが私に洗脳魔法をかけて、服を脱げと命令すれば、私の意思はあなた様に支配され、服を脱いで御覧に入れるでしょう」


 私はルナからの説明を聞いて純粋に思った。どうしよう。一族を通して伝授されている魔法がどう考えても悪役寄りだと。


「人を支配するならば、まずは真名を知ること。これがアリゼラッテ家に伝わる言葉でございます」


 そんな私の感情など置き去りにしてルナからの説明は続く。おそらく、名前を聞かれたらこの魔法について説明するようにとでも命じられていたのだろう。


「発動方法は単純です。相手の名前を呼んで“○○をしろ”というだけです。魔力の消費量は命ずる内容によって変わりますが、よほどのことを命じない限り魔力切れになったりといった可能性は低いかと思います。もちろん、“○○をしろ”以外にも“○○をしてください”だとか、“○○をしてほしいな”などでも相手はあなた様の意思に沿って動いてくれますよ。さて、そういったところで練習をしてみましょうか……ルナめに何かしら命令をしてみてください」


 これでは、まともに人の名前を聞いたり、呼んだりできないではないか。

 そんな絶望感に支配されかかっているターシャのことなど気にする様子もなく、ルナは自らを魔法の実験台として差し出している。

 この状況で何もしないというのはさすがにまずいだろう。


 私はごちゃごちゃと考え込んだ結果、ある結論にたどり着いた。


「ねぇルナ」

「はい。なんでしょうか?」

「ルナ。私に屋敷の外の世界を見せて」


 普段であれば、絶対に断られる“お願い”だ。

 しかし、彼女は断ることもなく虚ろな目をしながら、深く頭を下げた。


「かしこまりました。それでは外出の準備をいたしましょう。わたくしは領主様の許可をいただいてまいります」


 それだけ言って、ルナは立ち去っていく。


 このまま外出が実現すれば、記憶にある限り初めての外出だ。ルナの目が虚ろなものになってしまった点については気になるが、せっかくだから屋敷の外の風景を目に焼き付けておくこととしよう。


 私はまだ見ぬ外の世界に期待をもちながら、ルナが戻ってくるのを待っていた。

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