学院入学
あけましておめでとうございます。
そして、お待たせしました。学園編です。
いやープロットを色々弄ってたら時間が掛かりまして……。
まあ言いわけですね。はい………すいません。
フランドールの首都の名を「アガルタ」という。人口十万人をゆうに超える超巨大都市で近隣国家でこの都市に並ぶ都を有する国など帝国を除いて存在していない。首都の西側には巨大な川ビフレストという川が流れており、元々、この川があったからこそこの巨大国家ないし、首都が建国されたというのは国内外問わず有名な話だ。
「チッ、いよいよ間に合うか微妙になってきたな」
アガルタから東の都カナンに通じる広大な平原、「オリエント大平原」。そこに全速力で馬を走らせる二つの影があった。その片方、黒い生地に金色の装飾で飾られた貴族服を纏い、白に限りなく近い金色の髪を風に靡かせる少年……今年で十六を迎えるフィート・クラウゼル=シックザールは思わず毒づく。
「ハハハ、前の村で怪魔退治なんてことをしていたからね。後始末も加えれば、最初から時間的余裕が余りなかった旅は当然、時間的余裕がなくなるわけだ」
暢気に返すのはクリストフ・アトラシア=シックザール。東の都を統治するシックザールの嫡男にしてフィートと同じく今年で十六を迎える好青年。フィートとは真逆の白い生地に金の装飾が施された貴族服を纏い、余裕がないにも関わらず快活に笑う。
「言っている場合か、クリス! 元は言えば貴様が困っている村人を見捨てられないといったことが原因だろうが。ヴァナハイム学院の入学式があるってのに……初日から遅刻する大貴族とその御付などという悪名は得たくないぞ!」
「ふふ、友よ。そうは言うが君とて異論なく協力してくれたじゃないか。流石は我が騎士にして親友。分かっているね」
「ふん、あの村はシックザールの領地だ。そこが危険にさらされているのだから助けて当然だろう。それにお前のことだ。見捨てろ、といったところで納得しないだろう。伊達に十年以上付き合っては居ない」
几帳面そうな前者と暢気な後者では性格的にとても噛み合いそうではないがこの二人の場合、幼き頃からの縁か不思議と今に至るまで親しい仲を保っていた。
「無駄口が過ぎるな。馬には無理をさせるが……急ぐぞ。本格的に余裕はない。それとも遅刻の不名誉を座して受け入れるか? クリストフ殿?」
「いやいや、それとこれとは話は別だ。もう幼少の頃とは違う……アリオスを怒らせるのは怖いからね」
「同感だ……飛ばすぞ!」
「応ともさ!」
フィートの鋭い檄にクリストフはにやりと笑って応える。ここまでぶっ続けで飛ばし続け疲労が溜まっているだろう己の駿馬を気遣いつつも彼ら二人は鞭を鳴らして速度を上げていく。―――目指すはフランドールの首都はアガルタ……名門ヴァナハイム学院。これより彼らの新生活の舞台となる場所である。
☆
生まれから数えて十六歳。いよいよゲーム本編……と言って良いのか分からないがこうしてゲームで垣間見た学院を前にすると感慨のようなものが俺の胸に込み上げてくる。転生と言う前代未聞の体験をし、この先の波乱を予期して身体を鍛え、こうしてようやく舞台に立った。
「ま、初日から遅刻しかけるのは予想外だったが」
「まだ気にしてるのか? 済んだことなんだから引きずっていてもしょうがないだろ?」
「お前が言うか元凶」
どうにか間に合った入学式に感慨と安堵のため息を吐くと俺の言葉を聞いたクリストフ……クリスがこ憎たらしい笑みを浮かべて笑う。元はといえば、お前が原因だろうが……まあ、受け入れて協力した以上は俺も同罪だが。最も怪魔を追い払った後の祝いの宴への参加は俺のせいじゃない。村娘相手に締まらない顔をさらしていたコイツのせいだ。
「お、アレが入学式をやる講堂って奴じゃないのか?」
「そうみたいだな。門で見た校舎もそうだが、大きい施設だな。流石は名門と言うところか」
ヴァナハイム学院。文武両道で往く王国一の名門校だ。前世ではデジタル背景、絵として知っていたが現実に見るとかなり大きい。街区画一つを学園区画として定めているのが納得できるほどの大きさだ。首都アガルタの西区画に忽然とある学院。前世で例えるならば本校だけでも東京ドーム一個分くらいはあるんじゃないだろうか? ……東京ドームの例えは前世の頃からいまいち分からないが。
その本校に及ばずしも目前の講堂は大きい。学院入学前に知った情報では収容可能な人員五千人以上らしいがそれも納得できる大きさだ。白い煉瓦に碧色の屋根が特徴で、二階部分から降り注ぐ硝子越しの太陽は万華鏡のように輝いている。というのも教会で見かけるようなステンドグラスの装飾が講堂の硝子には施されており、それが太陽の光に照らされて万華鏡のような美しい色彩を放っているのだ。
「確か、ここの設立に関わった学院長の趣味だったか」
「ああ。元々ここの初代学院長は教会で枢機卿まで上り詰めたお偉いさんだったらしく、この講堂はその学院長の影響を受けているって話だ。実際、十字架やら女神像やら、学院区画を歩いてる時、見かけただろ?」
「む、」
俺の言葉に説明を乗せるクリス。俺は思わず驚きに言葉を洩らす。確かに学院長が教会所属の人間であり、設立の際それが色々な場所に影響していたとは聞いていたが、それだけだ。枢機卿うんぬんの話は今初めて聞いたし、学院区画の十字架や女神像というのは知らなかった。学院区画を歩いたときは俺は活気に目を取られていたからだ。
「何と言うか。貴様は馬鹿そうで意外と見る目も頭もあるんだな」
「うわヒデぇ。そんな目で俺を見ていたのか友よ」
「基本的に考えなしで行動するからなお前は。村の一件は貴族として当然の義務であったという面はあるが、子供の時の冒険やその後で色々やらかした件は考えなしの結果だろう」
「そこを言われると返しようがないな、うん。……それと、子どものときのアレは俺の落ち度だ。悪かった」
珍しく顔に影を落として苦虫を噛み潰したような表情で謝罪するクリス。こいつはこいつで子供のころの怪魔に襲われた時のことを何気に気にしているんだろう。普段はあれだが、元より大貴族の血が流れる次代の跡継ぎ。歳相応の態度を取ることはあっても精神の方は未熟とはいえ貴族として在るのだ。軽率な行動で親しいものを危ない目にあわせたのは彼にとって痛烈だったのだろう。
「気にしてないと言ってるだろう」
俺のことを気にしてくれているむず痒さと余り取るべきものではない話題を取ってしまった申し訳なさから俺はバツの悪い顔でぶっきらぼうに返す。
「そっか……っと、昔のことはやめやめ! それより講堂に入ろうぜ。確か入り口で入学証明書を提示するんだっけか?」
「ああ、……持ってくるのを忘れた。何て間抜けをさらすのだけはよしてくれよ?」
「流石にそこまで馬鹿じゃないよ」
暗い空気を振り払うようにしていつもの快活な笑みを浮かべるクリス。こういう一瞬で切り替えるポジティブさは嫌いじゃない。俺はそれに同調するように軽口を叩き、クリスは肩を竦めながら応える。いつもの掛け合いだ。気持ちを切り替え、俺は新生活への期待とこれから起こるだろう様々な出来事に少しの不安を覚えながら年甲斐もない高揚を胸に入学式場へと足を踏み入れる。
―――なお、これは余談ではあるが。
「あぁ! 無い! 無いッ!! やっばい、入学証明書がどっかいっちまった!?」
「馬鹿者! だから家を出るときにあれほど確認せよと言っただろうが!!?」
講堂前でそんなやり取りが行なわれるのはこれより三分後の話。尚、結果はアガルタの検問を通る際についでに検問所と隣接する郵便所でに荷物を預けて寮に送り届けてもらうサービスを利用する際、衣服の荷物に紛れ込ませてしまっていて、態々教員に説明して取りにいったというオチだ。「テヘ、あったぜ」と誤魔化すようにして笑ったアイツを殴ったことは決して悪かったと反省することはないだろう。
「イテテテ、まだ痛むぞ。入学式中とか泣きそうになったんだからな俺」
「黙れ馬鹿者。貴様と居ると安心できない日々が続くと実感した」
「……そんなに多発して問題起こさないだろ」
学院長と教職員らのありがたい言葉を聞き届けた後、俺たちは早速、配布された資料を元に校舎内にある配属クラスへと足を運んでいた。なにやら相方は頭を押さえてぶつくさ言っているが聞く耳持たない。
「Ⅰの……Ⅶ組、ここだな」
前世でギリシャ数字といわれた見難い数字で表示されている配属クラスの看板を見て俺は扉に手をかける。そのまま横に引くと、クラス内には既に十数人の同期らしい学生が各々自己紹介やら入学前からの友人やらと喜びや不安、高揚を分け合っている。
「へえ、学校は初めてだけど。良い雰囲気だな。これなら馴染めそうだ」
和やかな雰囲気に当てられたのかクリスは口元に微笑を浮かべながら肩を落とした。俺もそうだったがコイツも何らかの不安や緊張を抱えていたのだろう。よく考えれば高等教育である学校での学びは貴族であっても一生に一度しか体験しないイベントだ。俺は前世で学校と言うものをある程度知ってるし、言ってしまえば慣れがあるが、こいつに取っては初めての体験なのだ。
「それは良かった。学院は貴族として社交界の練習場の意味合いもあるからな。慣れないで俺以外に友人が居ない、などという悲壮な主など俺は見たくない」
「……こういう時だけ主扱いしやがって。少しは普段から敬ったらどうなんだ?」
「お前が少しはそれらしくすればな。ところで気になっていたんだが、一つ良いか?」
「うん?」
俺は兼ねてから疑問だったことを一つ、聞いてみた。
「学院はそれぞれ貴族、平民で分かれた専門クラスもある。なのにお前が選んだのはⅦ組……俗に言う優秀ならば身分を問わないクラスだ。俺とて差別意識は持たないが、大貴族の嫡男は大体貴族平民で分かれたクラスに所属するだろう? なのに何故お前はここを選んだ? ああいや、含むところがあるわけではなく単なる疑問なんだが……」
ここは前世で見た乙女ゲームに近似している……いや、最早あのゲームが現実そのものになったといっても過言ではないだろう。ゆえに大まかな流れは過去に見たシナリオに沿う形で進むだろうと俺は直感している。とはいえ、ゲームが現実になってしまっている以上、全てがシナリオ通りなどありえない。ここでは人は作者にある程度、息を吹き込まれた傀儡とはいえ意思を持ち、確固たる自我の元行動する人間だ。
ゆえに乙女ゲーム内ではヒロインが居るクラスだからⅦ組になったというご都合主義の奴隷になったわけでもないだろうに、自分の意思でこのクラスを選択した友人の思惑を知りたくなったのだ。
クリスは顔をきょとんとさせた後、特に隠す素振りもなく訳を語りだす。
「んー、お前が言うのは俺の立場と今後のことを含めてってことだろ?」
「……まあそういうことだ」
クリスが言うのは貴族で分けられたクラスに所属するメリットの話だ。将来的に貴族の嫡男としてその家の当主となることが確定しているクリスは学生の身分とはいえ、既に貴族として行動を始めなくてはならない。そのための一環として貴族クラスに所属するとそれなりのメリットが付随する。
まず、次代の貴族となるものたちに顔通しが出来る。今は彼ら彼女らの親たちがその家の貴族として君臨しているのだろうが、何れは当主は成り代わり、今の息子娘たちに存続される。なので幼き頃から顔合わせをしていれば将来の役に立つのだ……社交界の練習とはそういう意味だ。
他にも学院で築き上げた派閥は実際の社交界デビューを果たした際にも存続する場合が多い。取り分けクリスは大貴族……派閥の中央に立つだろう人間であり、派閥を作る側の存在だ。人々を引きつけ、従える。その準備段階として貴族のクラスに在ることは悪いことではない。
実際、シックザールを除く大貴族、デヤンスタール、ドライツェーン、アゼルツォークは全て貴族クラスの方に居ると聞く。既に入学前から派閥染みたものも出来ているとも。
俺がそういった貴族の柵を意図として疑問を覚えたのだとクリスは思って「俺の立場と今後~」という返しをしてきたのだ。実際はそういった意図で聞いたわけではないが、それらの話をすると長くなるのでともかく俺はそういうことにして疑問に対する返事を待つ。
「まあ確かに差別ってわけじゃあないけど、貴族平民が一緒になったクラスに所属するメリットはあんまりねえ。基本的に軍事、政治に関わる貴族は平民社会とあんまり接点がないからな。精々が、優秀そうな軍人志望、商人に顔つなぎ、人脈を気づくことが出来るぐらいだろうし、これだって貴族社会での人脈を気付き上げたほうが早い。率直に言ってⅦ組に所属するメリットなんて、貴族平民差別ないクラスでも優秀な人間だった、っていう名誉ぐらいだろ」
貴族クラスはⅠ~Ⅱ。平民のクラスはⅢ~Ⅴ。両方同じなのがⅥ組からⅦ組だ。普通は身分相応のクラスを志望し、入学するが。時たまそれを気にせず、実力主義で学院入学を志望する学生が居る。混成クラスはそのためのクラスであり、こちらに所属する学生は真の意味で優秀な学生が多い。なにせ、こちらを志望しても規定成績が獲得できていなければ身分分けのクラスに飛ばされる。
元々、学院自体、金を払い所属し卒業することで経歴に刻み、己の価値を上げるという意味で入学するものが多く。勉学に励みたいという理由で入学するものは全体的に見て少ない。なので大体の生徒が初めから身分分けのクラス狙いで金だけ払えば入れる試験に参加するのだが、稀に本当に学び、将来につなげたい生徒が居る。そんな生徒のために貴族も平民も関係なく、ただただ優秀であれば所属できるクラスという混成クラスがあるのだ。
中でもⅦ組は本当に優秀でなければ入れない。いわば、学年トップレベルの学生達だ。最も平民を嫌がって、貴族を嫌がって優秀であっても身分分けクラスに進むものも居るので例外はあると言わざるを得ないが、まあ全体的に優秀な生徒が揃っているのは間違いない。
しかし、そんなⅦ組とはいえ将来が約束されている大貴族の御曹子から見たメリットなど、いうように優秀であったという名誉ぐらいだろう。それだって持っていれば得することもあるだろうが、なくともさして気にするものではない。なのでメリットとはなりえないのだが。
「成績優秀って結果を残したい気持ちがないわけじゃないが……ま、言うと単純に学院ぐらい誰が何処の家であるとか、誰と接点を持つのが一番良いとか。そういう貴族の柵から抜け出したかったんだよ。将来の大貴族としてどうかとは思うが、これからお前以外には畏まったりえらぶったりして自分を作らないといけないって考えるとさ……肩が狭いって言うか、息苦しいって言うか……あー、うー、なんだ。まあ、ようするにただの我が侭だよ。―――それに付き合わせたって言うなら。悪かった、この通りだ」
そういって頭を下げるクリスに俺は黙り込む。……そうだ、陽気に明るく見えるコイツはそれだけの人間じゃないって分かっていたはずなのに。貴族としてのプレッシャー、在り方。言うまでもなく、コイツは心得ている。それでも、将来的には損の方が大きいかもしれないと思っても、殆ど半生を自由なく過ごすことになるだろう前に、ただの少年―――とはいかなくとも、誰でもないクリストフとしてせめて学生生活を送りたいのだろう。
「謝るな。別に本家の人間がこっちのクラスになったから俺もっというわけではないし、そういう意図で聞いたわけじゃない。単純に疑問と最初に言ったはずだ。それに俺が此処に居るのは俺の意思であり、態々お前に気遣われるいわれはないぞ。―――だから気にするな」
「ん、そっか。……ありがと」
「止めろ気持ちの悪い。それよりクラスだ。さっきも言ったが馴染めず友人ゼロ人というのは仮にも俺の主なのだから止してくれよ」
「ヒッデーな。これでも仲良くなるのは特技の一つなんだぜ? 大丈夫大丈夫。さってと、じゃま手始めに景気良く挨拶からいくか。すー、はー……おっはよー! でもって初めまして俺は―――」
「いきなり慣れ慣れしすぎるだろう! 目立ちすぎる行動は控えろ。それでは悪目立ちするぞ―――」
さっきの雰囲気は何処へやらクリスは俺の隣をするりと通り抜け、態々教室の教壇に立っていつもの笑顔で堂々と挨拶する。極めて目立つ行動だ。物怖じしない点は素直に評価するが……。俺は一つため息を吐いてフォローのためクリスの後に続く。
☆
「ほら、何時までビクビクしてんのよ。そんなことじゃ帰って目立つわよ?」
サバサバとした態度で学院の制服を纏った少女は呆れたように言う。目線の先には東方系の顔立ちをした黒髪で赤い宝石のような美しい目を持つ少女……否、少年ユウキ・フォルベルージュがビクビクとした態度で少女の制服の裾を掴みながら後に続く。
「だ、だって……人多い。うう、カナリアちゃん……」
「あーもー、アンタ男でしょう。少しはピシッとしなさいピシッと! 胸を張って堂々としてればそんなに目立つ……だろうけど、アンタなら。でも少しはまともに見えるわ。寧ろ、そんな人見知りの女の子みたいな態度ばっかり取ってると、子供の時みたく虐められるわよ?」
「でも……でもぅ……」
「……あー、ほんとにもう!」
弱弱しい物腰の少年にカナリアと呼ばれた女子生徒……カナリア・ヴァイゼルは長く、絹のようにきめ細かい金の髪の毛を翻し、ユウキと同じ赤い眼を、否……ユウキより深く吸い込まれるような柘榴石の瞳でユウキを直視しながら白く細い指を一つ、ユウキの目の前に立てて強気で言い切る。
「貴方はもう立派な学生であり、成人した男性よ。それが女の影に隠れているようじゃあ本当に幼少の頃と同じ。今すぐ変わりなさい。なんて無理は言わないわ。人は早々変われるものじゃないからね。でも、変わる努力はしなさい。ゆっくり一歩ずつでもいいから、少しでもね。私は貴方の容姿も性格も気にしないし、たまにイラつくオドオド振りにだってもう十年近く付き合ってるしこれからもキッチリ面倒見るわよ。貴方が一人で立てるようになるまでも、立った後もね、だけど―――」
一度、言葉を区切ったカナリアは瞑目し、強い、ユウキがまだ持てない確固とした意思をその瞳に浮かばせながら言い切る。
「成長を止める……歩みを止めてその場に踏みとどまるっていうのは許さないわ。だってそれは諦めですもの。まだ何も成していない、そして何も成そうとしないというのは命を受けて、育てられて、期待を受けて生まれてきた子どもとして許されないわ。自分の意思で生まれてきてない、生まれるつもりは無かった何ていうのはそれから逃げる弱虫の詭弁。生まれてきた以上、私たちはどんなに小さなことでも一つ、成さねばならない。それが人として、一人の人間として生まれてきたものの「義務」よ。だから貴方が少しでも変わりたいって思っている限り、私はそれに寄り添い続ける。けれど、それを諦めるというならば私は貴方を見捨てるわ。流石の私も救いようのない馬鹿を救うことはできませんもの」
少女は厳しく、けれど何処までも優しい己のその信念を言い切った。変化なく、流れるように人生をゴミのように捨てるのは生を受け、祝福されたものとしてありえない。どんな小さなことでも良いから何かを成すのが人としての義務。それが出来ないものに価値はないとはっきりと少女は言う。
そしてその義務を全うしようとする者ならば私は最後まで責任を持つし見捨てないとも。それはなんて眩しく、堂々とした在り方だろうか。少女は人が生まれて持つ、当たり前の一つの義務をキッチリと直視し、受け入れ、堂々と立っている。
厳しく言い切った光り輝く赤い目を彼女はふと、優しげに細めて、言を緩めた。
「ま、アンタにはいうまでもないか。人見知りの癖して義務でもない学院に入った辺り、アンタの成長しているのかもね。あ、それとも子供の時に会ったって言う「憧れの人」とやらに会うためだったりする?」
―――途端、少年の顔が恋する少女のように真っ赤になった。
「な、なっ……!」
「お? お? 当たりだったりする? いやー、想いの力って凄いのねー、お姉ちゃん感激しちゃうわ。それが男だって言うのに思うところがないわけではないけれど……白馬の王子に、見た目美少女なら案外吊り合いは取れているのかもね。うんうん、恋に励みたまえよ少女。大丈夫大丈夫。最近巷じゃあ男同士の禁断恋愛も流行ってるみたいだし、恋を前に倫理的問題なんて瑣事も瑣事よ!」
「そ、そんなんじゃないよ! 僕はただああいう人になりたいって憧れているだけで……恋、とか、そんなんじゃないし! というか、僕は男だよ!? 少女って何?! それに男同士の禁断恋愛って、その、あ、あれだし、おか、可笑しいし!!」
「予想外に動揺するわね。これは脈ありかしら? それにしても禁断恋愛……自分で言っててあれだけどちょっと興味が沸く言葉よね……―――何かしら。この胸に滾るものは、うん、やっぱり私はアンタがどんな趣味の人間だろうと応援するわよ? 私の好み的に♪」
「もう! 知らない!!」
異性同士の割には妙に姦しい会話をしながら二人は廊下を行く。時たま少女の如き外見をしたユウキに目をやり、制服が男性モノであることに首をかしげ、不思議そうな目で見ていく視線を感じながらも二人は己の配属クラス……Ⅰ年、Ⅶ組のクラスへと足を踏み入れる。
「ん、なんか騒がしいわね」
「……確かに」
辿り着いた所属クラスは妙に騒がしい。無事入学できたことにタガが外れているのだろうか。二人して顔を合わせて疑問を分かち合い、次いで二人は扉を開け、中に入る。すると、
「ってことでシックザールの姓を持っちゃあ居るがここじゃあただのクリストフで頼むぜ! 部活動とかクラス内係員、その他諸々初めてづくしで興味もあるし積極的にやっていくんでよっろしくぅ! で、こっちが俺の親友で頼りになるフィートだ。困った時は大概コイツに相談すると何となるんで皆も頼るとよろし……あいてッ!?」
「貴様いい加減にしろ! これでは予見した悪目立ちそのものだろうに!! だから自己紹介をするにしても少しは慎みをもって接しろと―――すまない、これから数年、学び屋をともにする諸君。我が主が騒がしくした。私はシックザール家分家のフィート・クラウゼル=シックザールだ。この通りの主なので諸君らに迷惑をかけることもあるだろうが、悪気はないのでどうか寛大な心で許し、そして友になってくれるとありがたい。それからこの主のことで困ったことがあれば私に伝えてくれれば何とかしよう」
「……今更取り繕った言動を取ったところで無意味だと思うぞ。俺は」
「少しは体裁を気にしろ貴様は! 無意味だろうと形を取った事実があるのとないのでは大違いであると―――」
「―――うわー、もっと堅苦しいイメージを持ってたけれど。結構賑やかな場所ねここ」
本来、教員が立つべき教壇。そこに二人の男子生徒がぎゃーぎゃーと騒いでいる。言動と出で立ちから察するに貴族だろう。それもシックザールという姓が事実ならば名門中の名門の。とはいえ、大貴族の威はそこにはなく、あるのは快活に笑う貴族とは思えない陽気な少年とそれに振り回される家臣という絵図だ。ユウキを子供のころ助けてくれた貴族とやらもそうだが、貴族にも人格的に「まともな」人物も居るものだと、呆れながらカナリアは思った。アレをまともというのはどうかと自分でも思うが。
「って、あれ? ユウキ」
「……嘘」
ユウキは思わず口を押さえて固まる。もはや、その耳には親友の呼びかけすら聞こえていない。彼の視線の先にあるのはただ一人の少年だ。
―――カナリアと同じ色の金色はやや白い色に変じているものの市井で見かける男子と比べれば手入れが行き届いて美しいのには変わりなく、透き通るような瞳の輝きはあの時と同じく強く、しかし優しげに輝いている。時を経て精悍になろうとも、あの時より些か言葉が乱暴になっていようともその在り方は微塵たりとも変わっていない。即ち、童話に見る静かに主の横に侍る騎士のように。
こうしてユウキは今再び、運命のような出会いをする。―――そしてこれを契機に彼と彼の偶然は、文字通り運命の縁となって動き出したのだ。
☆
「ふふふ、どうやら”ファンディスク”の新規開拓ルートも適応済みのようね。うーん、堅物騎士に男の娘。攻略前に死んじゃったから個人ルートはともかく”ハーレムルート”の攻略情報は知らないのよねー。さてどうしようかしら? 私としてはせっかく”ゲームの中”に入れたんだから”ハーレムルート”で”クリア”したいんだけどねー」
ピンク色の髪を揺らしながら彼女はこの世界の住人では知らぬはずの言葉で視線の先、フィートとユウキを捉え、笑う。その名をリナ・ティターニア―――ある世界、あるゲームにおいては「ヒロイン」と呼ばれた少女。
「せっかく得たやり直しだもの、前世のようにはいかないわ!」
―――転生者なるイレギュラー。其は一人とは、一度とは限らない。なにせあの事故での死者は全員含めて五人ならばその全員にイレギュラーが適応する可能性だったあるのだ。そして、それを証明するように彼女もまた、今はまだ舞台袖として、しかし確固としてこの世界にあった。
……物語は総じて混迷極めるもの。二つの出会いを契機に歯車は回りだす。より早く、加速的に、そしてその果てにあるものこそ―――。
実は最後まで転生者の数をどうしようか悩んでたこの日。
なにせ、このまま主人公だけで回すと全キャラ出す頃には数年掛かりになるだろうし(書き上げる速度的に)とはいえ、転生者複数となると、好き嫌い分かれるでしょうし。
とはいえ、物語を回す都合上、結局転生者複数を出演させることになりました。はい。