昨日の夜が残っている
「愛してるよ、サキト。」
そう言ってくれた彼の笑顔がまだ瞼に残っている。
今は電車の中で、彼の家からの帰り道。
明日からは休みも終わって、仕事が始まる。
もっと一緒に居たかったけれど、仕方ない。
昨日一緒に作ったおでん、後で食べてくれてるといいな。
アキは狼獣人だし、体格も良いからすぐに食べきってそうだ。
目を瞑ると、撫でてくれた手や温もりを鮮明に思い出せる。
好きと言ってくれた口、手触りの良い毛並み。
もっと色んな事をしたけど、そっちは恥ずかしいから思い出さない。
「次は~、アキマチ。アキマチ。」
駅に降りると、電車の中は暖かかった分、風が冷たかった。
久々の朝帰りなのもあって、寒さがつらい。
普段とは逆のホームに降りて、改札を通った帰り道は、
ちょっとだけ悪い事をしている気分になって、子供のように笑った。
帰り道にスマホを覗いてみると、彼からのメッセージ。
『サキトはウサギだし、毛並みも冬毛とか無いんだし、風邪引かないようにな。
ゆっくりお休み。明日から仕事だろ? もしかして、もう寂しくなってたり?(笑)』
ちょっと茶化されてるのは気に食わないけど、確かに寂しい。
連休中はずっとアキの毛並みに埋もれながら過ごしてたって言うくらい密着していた。
だからアキの方も、ふざけてそんな話をしてきたんだろう。
『寂しいよ。だからアキ、早く同棲しようね。』
ボクはメッセージを返してスマホをしまう。
二人ともまだ社会に出たばかりで、同棲するのはいつになるかはわからない。
けれど、ボクがアキの事を好きな間だけでもいいから、いつか同棲したいと思ってる。
アキの事をもっと知りたい。一緒に生きたい。同棲はその延長線にあるだけ。
不意に空を見上げると、徐々に曇ってきて、雨が降り始めた。
ボクは少し足早に駐輪場に向かう。
「サキト君、今日は朝帰りなのかい?」
「あ、えっと、はい。ちょっと忙しくて……。」
「大変だねえ。体壊さないようにね。」
駐輪場のいつものイヌのおじさんから鍵を受け取ると、早々に自転車に乗って家に向かう。
流石に彼氏の家からの帰りと言う勇気はない。昨日の行為を思い出して顔が赤くなる。
雨が少し強くなる頃に家に着いた。自転車を置いて家に入る。
ただいま、と言いたくなるけど一人暮らしだから誰も居ない。
さっさと服を脱いで洗濯カゴに入れて洗濯機を回して、風呂に入る。
体を洗って湯船に浸かってると、またアキの事を思い出す。
抱きしめてくれた両腕や、匂いや、仕草も。
目を閉じそうになるのを首を振って堪えて、風呂から上がる。
冷蔵庫の中を確認して、コップに飲み物を注いで飲み干すと、
軽く片付けてから、ベッドに横になる。
今日の布団からはボクの匂いしかしない。ボクの家だから。
でも、体中にはアキの優しさがまだ残ってる。
久々のアキの感覚に嬉しくて、幸せで、ボクは直ぐに眠りに落ちていく。
昨日のアキに抱かれながら、ゆっくりと。