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第――話 曇天の額縁

 詠唱が完成した瞬間、目の前に現れたのは、無彩色のガラス然とした立方体だった。

 

「反転、展開」


 メーテが命じると、立方体はキィンという音を鳴らしながら十字の形へと展開。表になっていた面が内側になる形で再形成されて行き、魔素だまりから発生した黒球をその内部へと閉じ込めてしまう。


「お次は――『解放せよ』」


 パチンと指が鳴らされたことで、『重解』が展開される。

 『重解』によって宙に浮かされた立方体は、天井の大穴をくぐると王都上空へと運ばれ、僅か数秒ののちに、厚い雲の向こう側へと姿を隠すこととなった。

 

「これだけの高度であれば問題はないだろう」


 そして、大穴越しの空を仰ぎながらそう口にしたメーテ。

 上下に構えた手のひらで、何かを圧し潰すかのような仕草を取ると――


「さあ――純粋な魔素へと返るが良い」


 「ぱんっ」と、手のひらで圧し潰した。




◆ ◆ ◆



 こんな状況下に置かれるなんて考えてもいなかった。

 お義父さんやお義母さんに孫の顔を見せるついでに、仲間たちと羽休めをしよう。そんな軽い気持ちで王都へと訪れただけなのに……


「お義父さんの血筋が王族であったことが漏洩……継承権保持者が増えたことにより、馬鹿王子の派閥が保身のために愚法成立を強行……それらの醜聞や横暴を利用した教会が反体制運動を主導し、乗じた民衆が革命の名の下に暴動を起こして内紛状態……極めつけは、全ては教皇の筋書きどおりであり、今まさに、王都の消滅という形で締め括ろうとしている。……っていう状況下に置かれているんだから、愚痴の一つや二つくらいは許されて然るべきよね……」


 おまけにだ……。


「お喋りしている余裕があるのか?」


「ちッ!? 少しくらい休憩させなさいよくそ聖女ッ!!」


 聖教騎士団の最高戦力である『聖女』――聖属性魔法の素養と加護を持つ、超規格外と剣を交える羽目になっているのだから、愚痴を三つ四つこぼしても許されて然るべきだろう。


「はぁはぁ……正直、救援が欲しいところよね……」


「期待するだけ無駄だぞ? お前たち『黒白』の相手は『器祈四方』が――我が団の最精鋭である四名が請け負っているのだからな」


「器祈四方……祈りと称して武器を振るう殺戮者たちか……」


「殺戮と捉えるとは……実に無教養で、実に憐れな女だ。彼らが行うのは粛清であり、魂を救済するための崇高な行為であることをまるで理解していない」


「それって建前でしょ? そんなもの理解したくもないわよ」


「これだから……お前のような人間が溢れかえっているから……異なった価値観を否定し、理解も、受け入れもしない傲慢な人間が溢れかえっているから……いつまで経っても、この世から争いという愚かな行為が無くならいのであろうな」


「……それ、争いを始めた教会側の人間が言っちゃう?」


「はあ……憐れ過ぎて同情すら覚えてしまったよ。まさか、今起きていることが腐敗した王家に対する『粛清』であることすら理解できていなかったとは……」


「逆に同情しちゃったわよ。信仰という甘美に毒され、起きている現実すら見えなくなってしまった貴方のことをね」


「口の減らない……どうやら、これ以上の問答は不要のようだな」


「不要? 理解しようとしないから争いが無くならないんじゃなかったの?」


「……ほんとうに口の減らない女だ」


 呆れるようにそう溢した聖女。

 同時に、走った剣閃が首元のリボンとブラウスの襟を斬り落とした。


「くっ!?」


「反応が遅い――ぞッ!」 


「正面――ぐっ!? 加速!? 右!? 違う! ひだり――……がはっ!?」


「どうした? 威勢が良いのは口だけか?」


「う、うっさいわねッ! 徐々に回転数を上げてるところなのよッ!」


 虚勢を張ってみたものの、回転数は既に上限へと達しており、聖女の重く、早く、鋭い剣戟を受け止めることさえままならぬ状態だった。


「想像以上に空白期間が響いてるわね……」


 実際、私の身体が二年前の状態であれば――出産や子育てを経て、腕を鈍らせてしまう前の私であれば、勝てずとも善戦はできたのかも知れない。


 しかし、それはタラレバの話で、現実は融通など利かせてくれない。

 明確な力量差によって徐々に、徐々に追い込まれて行った結果、ついには握っていた得物を宙へと弾かれることになる。


「勝負あったな」


「はぁはぁ……それはどうかしらね?」


 懲りずに虚勢を張ってみるものの手札は残されていない。

 限られた手札でできるのは、悪あがきじみた時間稼ぎ程度だ。

 それでも。聖女という超規格外を、僅かでもこの場に繋ぎ留ることができるのであれば。

 そう考え、最後の悪あがきを実行するために魔力を操作し始めたのだが――

 

「『コーションのガベル』」


「!? ――かはッ!?」


 その瞬間。木製の大槌が出現し、聖女の身体を大きく叩き飛ばした。


「ようアルの女ぁ。随分と苦戦しているようだなぁ?」


「ユウリ……トモナガ……? 今のは貴方が?」


「俺以外、誰が居るっていうんだよ? それよりほら、今の内に得物を拾っとけって」


「わ、分かった」


 突如現れたユウリ=トモナガこと【全知】は、私にそう指示を出すと、聖女が居るであろう場所――土煙の舞う、出来立ての瓦礫に向けて声を掛ける。


「出て来いよ聖女様ぁ。こんなんで死ぬようなたまじゃないだろ?」


「異端者ユウリ=トモナガか……教会から追われ、表舞台から完全に姿を消していた筈のお前が何故に今更? その女はお前にとって特別な存在なのか?」


「全然だけど」


「つまらない嘘だな。お前は理由もなく動くような人間じゃ――……ああ、そうか。確かその女はアルディノ=メーヴェの妻だったな。そしてお前とアルディノには浅からぬ縁がある……なるほどなるほど。【全知】と呼ばれ恐れられたお前が、随分と健気な真似をするではないか?」


「あ? なに言ってんだお前?」


「惚けるな。お前は女になることを選択したんだろ? 良い機会だ。未練を残さないよう、不必要となる片方の性器を斬り落としてやるから感謝したまえ」


「……――あ~~~あっ、あっ、あっ。はぁ~あ殺す。こいつ絶っ対に殺しちゃうわ」


「やってみろユウリちゃん」


「潰れろやッ! 『天寺メテオラッ!』」


 声を荒げ、躊躇なく特級魔法を放って行くユウリ。

 その一つ一つの魔法には、容易に『死』を想像させるほどの魔力が込められていて――

  

「おいおい、想像以上のチート性能じゃねぇか! おいアルの女! 二人掛かりで行くから手を貸せ!」


「りょ、了解!」


 それでも。一対一では分が悪いといった様子で、私が加わることによって、ようやく戦況が好転の兆しを見せ始める。

 

「はぁはぁ……調子に乗るなよ……有象の無象共が……」


「はぁはぁ……息切れしてんぞ聖女ぉ?」


「わ、私たちもしてるけどね……」


 訪れた束の間の膠着。

 私たちは短い会話を交わすと、各々が手にした得物を握り直す。

 

「お前たちは殺す」


「粛清って言わないのね? 正直、物騒な言葉ではあるけど……建前なんかじゃない貴方の声が聞けた気がしたわ」


 そして、その場に居る三人が改めて取った瞬間――


 ドォン。


 心臓を叩くような衝撃音が上空で響き、同時に、降り注ぐような形で大量の魔素が私の身体を通り抜けて行った。

  

「い、今の感覚は?」


 私は、聖女から意識を切ることなく周囲の様子を覗う。

 すると、街灯を始めとした、周囲に存在していた筈の灯りが完全に落ちていることに気付く。


「……――そうか。降り注いだ大量の魔素が、魔道具の回路を焼き切っちゃったんだ」


 そう結論付けた私は、その原因であろう衝撃音のした上空へと視線を飛ばす。

 そして、その瞬間だった――


「「……きれい」」


 私の視界を――この場に居る三人の視界を奪ったのは、円のなかに描かれた夜空。

 曇天を額縁に用いて描かれた幾千もの星々と、優しくも鮮烈な明かりを灯す満月だった。


「「……あ」」


 私たちは、地上へと視線を戻すと、改めて剣を構え直す。

 だけど……争いを続け、決着をつけようという気持ちにはなれなかった。


 分かっている。

 今の今まで殺し合いをしていた相手に抱くような感情ではないことくらいは。

 

 でも……絶対に理解し合えることがない。そう考えていた相手が、同じ光景を見て『綺麗』だと言えることを知ってしまった。『綺麗』だと思える瞬間を共有してしまったのだ。

 本当、傍から見れば取るに足らないちっぽけな共有であり、共感なのかもしれないが、今の私は、聖女をただの『敵』として認識することができなかった。

 

「……掛かってこないのですか?」


「貴方こそ掛かってこないの?」


 恐らくは聖女も――いや、この都市で争いを続けている人たちにも、私と同じような感情が芽生えているのかも知れない。

 その証拠に、先程まで鳴り響いていた争いの音は、少しだけ鳴りを潜めており――


「僕の声が届いている人たちは武器を収めてください!! そして耳を傾けて下さい! 現教皇シャナウ=アウララが発する撤退と停戦を求める声に!!」


 まるで、芽生えていた感情を後押しするかのように、最愛の人の声が――いや、今では二番目になってしまった最愛の人の声が王都の夜空に響いた。


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