227・夕刻の待ち合わせ
異例の盛り上がりをみせることになった席位争奪戦初日。
二日目となる本日も相変わらずの盛況ぶりで――
「そこのあんちゃん! 観戦するならウチの揚げ芋買ってきなよ!」
「おっ、美味そうだな。それじゃあ二つほど貰おうか」
「うちは粉焼きを売ってるよ! 並んでる具材から好きなのを選んで注文してね!」
「へぇ、好きなのを選べるのか。なら、干し肉とチーズを混ぜて焼いて貰えるかな?」
初日同様、幾つもの屋台が立ち並び、客引きや客達の声が賑やかに飛び交っている。
「へへっ兄ちゃん! 今日は誰に賭けるつもりだい?」
「昨日は大穴に賭けて外しちまったからな……今日は手堅く本命に賭ける事にするわ……」
「二人分の席あるよ! 今日は大切な一戦だ! 見なきゃ絶対に損するよ!」
「……ちなみに幾らだ?」
「なんとびっくり! たったの銀貨八枚だ!」
「銀貨八枚!? そ、それは流石に高すぎないか!?」
「嫌なら別に買わなくても良いんだぜ? なんなら、今からあの行列に並ぶかい?」
「い、今から並ぶのは……か、買うよ! 買えば良いんだろ!?」
「へへっ! 毎度あり!」
更には、博徒や札屋の姿も見受けられ、会場周辺は異様なまでの活気に満ち溢れていた。
そのような状況のなか、本日行われるのは本戦出場をかけた予選第二試合。
例年の予選であれば、観客席の中からちらほらと空席を見つけることも出来たらしいのだが、今回に限っては空席を見つけることが出来ない。
それどころか、観客席の後方へと視線を向けてみれば、大勢の立ち見客でごった返している事が分かる。
まるで、これから行われるのが本戦であるかのような混雑状況。
これだけ多くの観客の視線や歓声を向けられることになるのだから、試合を行う生徒達が気圧されてしまうのも仕方が無い話で……
「にゃんというか……動きが堅いよにゃ〜」
「これだけの視線が集まってるんだもん。緊張して実力を発揮出来ないんじゃない?」
現に、試合を行った生徒達は、会場の雰囲気に飲まれてしまったのだろう。
共に観戦していたラトラとソフィアが言ったように、生徒達の動きはどこかぎこちなく、普段の実力を存分に発揮できていないようだった。
従って、組み合わせ次第では、大番狂わせが起こる可能性も大いに考えられたのだが――
「まあ、順当っていえば順当。結局、番狂わせは起きなかった訳か」
「ああ。実力のある者が勝ち上がるという、至極当然の結果に収まったみたいだな」
ダンテとベルトの会話からも分かるように、下馬評が覆ることは一切無く、本命とされていた者達が順当に予選通過を決めるという結果となった。
そうして、無事に本戦出場者が選出されてから小一時間が経過しただろうか?
本日行われる試合の全てを消化したというのに、観客達は誰一人として席を立つ様子が無い。
それは何故なのか? 何故なら――
「試合後に発表するとは言ってたけど、思ったより時間が掛かってるみたいだな」
ダンテが言ったように、試合後に発表がある事を伝えられていたからだろう。
だからこそ観客達は席を立たずに、発表されるのを大人しく待っているのだとは思うのだが……
などと考えていると、一枚の羊皮紙を持った職員が姿を見せ、その足で舞台上へと上がる。
「おっ、職員が舞台に上がったってことは――ぬあっ!?」
「待ちわびたぞ!! 早く! 早くどうなったのかを教えてくれ!!」
「待たせ過ぎだこの野郎!! 早く発表してくれ!!」
「本当よ! 前置きは良いから早く発表しなさいよ!」
するとその瞬間、隣に居るダンテの声がかき消えるほどの歓声が上がり始める。
しかし、それも当然といえば当然のことなのだろう。
その発表を聞く為に観客達は長い時間待っていたのだろうし、その発表というのが――
『た、大変長らくお待たせしました!
さ、先程の試合を持ちまして、本戦へと出場する全ての生徒が出揃うことになりました!
つきましては、事前に行っていた組み合わせ抽選に加え、予選通過者による抽選を行わせて頂きました!
その結果! 本戦第一回戦の組み合わせが決定致しましたので、只今より発表に移らせて頂きたいと思います!」
本戦の組み合わせであるのだから尚更だ。
そして、怒号にも似た歓声が響き渡るなか、本戦第一回戦の組み合わせが発表されることになる。
『ま、まずはAブロックの組み合わせから発表させて頂きます!
第一試合――リッツ=ファーフ選手対ネルソン=ポウラ選手!』
「リッツ! 初戦だからって緊張するなよ!」
「ネルソン君! 絶対応援しに行くからね!」
『だ、第二試合――ログ=ガーナ選手対ロブロ=クロック選手!』
「先輩相手だからって遠慮すんなよ! 後輩の意地を見せてやれ!」
「ロブロ! 後輩だからって手を抜くんじゃないぞ! 先輩の強さを見せつけてやるんだ!」
組み合わせが発表される度に、選手に向けて大きな声援を送る観客達。
「は、ははっ……な、何か凄いね……」
僕はそんな声援に気圧されてしまい、思わず目を丸くしてしまうのだが……
『第三試合――ダンテ=マクファー選手対オーラン=リドン選手!』
「ダンテ! 後期組の底力を見せてやれよ!」
「ダンテくーん! 格好良い試合期待してるからねー!」
「ダンテ! 応援してるから負けるんじゃねぇーぞ!!」
ダンテの名前が告げられた瞬間、ひと際大きな声援が飛び交ったことで、僕は一層目を丸くしてしまう。
「す、凄い人気だね?」
「お、おう。し、正直これだけの声援を送られると思わなかったから吃驚だわ……
だけどまぁ、悪い気はしねぇことは確かだな」
そう言うと、満更でもない様子で鼻の頭を擦るダンテ。
その間にも、組み合わせの発表はBブロックへと移ったようで――
『つ、続きましてBブロックの発表に移らせて頂きます!
第四試合――アルベルト=イリス選手対クルーシャ=マイン選手!』
「きゃーアルベルト君! 絶対に勝ってねー!」
「アルベルトくーん! 今年も格好良い姿を見せてねー!」
ベルトの名前が告げられた瞬間、ダンテと比べ負けず劣らずの声援が上がる。
「アルベルト君は勝つもん! だってアルベルト君が勝てるように、毎日教会にいってお祈りを捧げてるから!」
「はぁ!? 何健気ぶってるのよ! アンタあざといわよ!」
「あ、あざとくないもん! 私はアルベルト君の為に――」
「そういうのがあざといって言ってるのよ!!」
まあ、ダンテの声援と比べ、随分と黄色い声援が多い気がするし、ドロドロとしているようだが……
ともあれ、声援を受けた当の本人はというと――
「声援は嬉しいんだが……素直に喜んで良いのか判断に困るな……」
僕と同じようなものを感じたらしく、頬を引き攣らせ、なんとも複雑な表情を浮かべていた。
『第五試合――ラトラ選手対アズール=ノイス選手!』
そして、第五試合として名前が告げられたのはラトラ。
こちらもダンテやベルトと同様に、ひと際大きな声援を送られることになったのだが……
「ラトラちゃん! 今年も馬鹿な男子を潰してやって!」
「ひと思いにグシャっとね!!」
「「「ヒッ!?」」」
一昨年の席位争奪戦を見た者は、ラトラが試合中に何を行ったのか鮮明に覚えているのだろう。
女性達はからからと笑いながら声援を送り、男達は股を抑えながら短い悲鳴をあげる羽目になってしまった。
……それはさて置き。
『だ、第六試合――モア=チャールトン選手対シシリア=ファーム選手!
以上の六試合が本戦第一回戦の組み合わせとなります!』
繰り上がりで席位持ちになった生徒と、予選通過者の名前を告げたところで、職員は組み合わせの発表を終える。
『尚! 第一席であるアルディノ選手と第二席であるソフィア=フェルマー選手は優先枠での出場となります!
Aブロック第一試合の勝者がソフィア=フェルマー選手と!
Bブロック第六試合の勝者がアルディノ選手と試合を行う事になりますので、二人の試合を観戦したいという方は、本戦第二回戦をご期待下さい!』
加えて、僕とソフィアの試合について職員が補足を入れると、観客席に落胆するような声が反響するのだが、そのような反応が返ってくることは予想済みだったのだろう。
『それでは、明日から始まる本戦第一回戦と! 繰り広げられるであろう名勝負の数々!
出場する選手の友人として、家族として、知人として、観客として!
彼等の成長を見守って頂き、応援し、楽しんで頂けたらと思います!』
舞台の上に立つ職員は動揺する様子も無く一礼をすると、足早に舞台から降りていった。
そうして組み合わせの発表を終えたことにより、観客達は席を立ち、出口へと向かい始める。
僕達も席を立っても良かったのだが、今席を立ったところで、人に揉まれてしまうのは分かりきっている事だった。
従って、僕達は観客達の出入りが落ち着いたのを見計らって席を立つことを決めるのだが――
「ただ待ってるってのもなんだな……つーか、どう思うよ?」
ただ待つのも暇だと考えたようで、ダンテが主語のない質問を僕達へと振った。
「どう思うって……組み合わせの事?」
「そうそう。つーか、結構ばらけたと思わねぇ?」
主語は無いものの、現状で話を振るとすれば組み合わせの話になるのだろう。
そのように考えて言葉を返すと、どうやら正解だったようで、ダンテは話を続ける。
「Aブロックに俺とソフィアだろ? そんでBブロックにはアルとベルトとラトラ。
しかも一回戦から潰しあうことも避けられたみたいだし、結構良い感じにばらけたと思うんだよな」
「確かに、一回戦での潰しあいを避けられたのは幸運だったな」
「昨日もアルやサイオン兄妹と話してたけど、どちらかに偏ると盛り上がりにも欠けるだろうしね。
そう考えると、今回の組み合わせは丁度いい感じにばらけた感じよね」
「んにゃ! ウチとしても一昨年の借りを返せるから文句のない組み合わせだにゃ!」
「一昨年の借り? それは僕との試合のことを言ってるのか?
だとしたら、機会があるからといって返せるとは限らないんじゃないか?」
「にゃにお!? にゃんにゃら今すぐ決着をつけてやろうか! シュッシュ!」
「……はいはい、喧嘩しないの。順調に進めば明後日の試合で決着を付けられるんだから」
ダンテが口にした質問に対し、そのようなやり取りを返す友人達。
どうやら、組み合わせに対して大きな不満は無く、概ね満足しているようだ。
「でもなぁ……アルと試合をするには決勝まで進まなきゃなんねぇのか……ちょっと遠いよなぁ」
しかし、概ね満足はしてるとはいえ多少の不満はあるようで、ボソリと愚痴をこぼしたダンテ。
恐らく、他意もなくこぼした愚痴だとは思うのだが、僕の友人達はこういう話になるとヤケに神経質というか、我が強いとでもいうのか……
「その言い方だと、アルディノが決勝に進むのが確定しているように聞こえるんだが?」
「んにゃ! ベルトは二回戦でウチが負かすから無理だとしても、決勝に進むのはラトラちゃんかもしれにゃいぞ!」
「それは無い。ラトラは僕に勝つことが適わないだろうからな」
「にゃにおう! やっぱり今すぐ決着つけてやろうか!?」
「はいはい、だから喧嘩しないの。
っていうか、Aブロックには私が居るんだし、ダンテが決勝の心配する必要なんてないんじゃないかしら?」
「言ってくれるじゃねぇか! 俺は女子相手だからって手加減はしねぇからな!」
「あら? 手合わせではいつも負けてくれてるから、手を抜いてくれてるのかと思ったわ」
「ぐぬぬ……アル! この女性格悪いぞ!!」
「ちょっ!? なんでアルに話を振るのよ!!」
……やけにムキになって言い争いを始めてしまう。
だがまあ、やけにムキになってしまうのも、裏を返せば実力が近い所にあるからで、実力を認めるからこそ、こうして言い争いをしてしまうのだろう。
そのように考えた僕は、なんだか微笑ましく感じてしまい、頬を緩めかけてしまうのだが――
「なにニヤニヤしてんだよ! あんま余裕こいてると足元すくわれるからな!」
「ダンテの言う通りだ。試合なら兎も角、試合外で足元をすくわれるような真似だけはしないでくれよ?」
「一昨年の席争奪戦みたいにね?」
「にゃはは! 女の子の手作りお菓子には気を付けにゃきゃ駄目だぞ?」
「そ、そうですね……気を付けます……はい」
不意に一昨年の黒歴史を掘り起こされてしまい、緩めかけた頬を引き攣らせる羽目になるのだった。
その後も言い争いは続き、どうにか落ち着きを取り戻したところで僕達は会場を後にした。
そうして会場を後にすると、随分と陽が傾いてることに気付く。
どうやら、結構な時間を言い争いに費やしていたようで、傾いた陽が、今にも建物の影に隠れようとしていた。
「もうこんな時間かよ……つーか、これからどうするよ?」
「んにゃ! ウチは屋台巡りをしたいにゃ!」
横顔を橙色に染めながらダンテが尋ね、弾んだ声でラトラが答える。
「この時間から? まあ、私は別に構わないんだけどさ」
「辺りが暗くなるまではおおよそ二時間といったところだな。その間で問題無いなら僕も構わないぞ」
屋台巡りをするという提案に、ソフィアとベルトも肯定的な言葉を返すのだが。
「屋台巡りをするのは楽しそうなんだけど……ごめん、今回は遠慮させて貰うね」
僕だけは、その提案をお断りしなければならかった。
「んにゃ? アルは屋台巡りしにゃいのか?」
「うん、今日は予定があってさ」
「予定?」
僕が予定と口にすると、首を傾げて疑問を口にしたラトラ。
「えっと、予定っていうのは――」
「ラトラも知ってるでしょ?
フィデルとノアの両親が、お世話になってるお礼としてアルを食事に誘ってたことは」
僕はそんなラトラに対して予定の内容を伝えようとしたのだが、話の続きをソフィアに奪わてしまった。
「んにゃ? そういえばそんな話もあったような無かったようにゃ〜?」
「あったの。それで、そのお礼の食事会が今日の夕刻過ぎに設けられるみたいなのよ。
だから、食事会に招かれているアルは屋台巡りには参加出来ないって訳。そうでしょ? アル?」
「せ、説明ありがとうございます。
という事で、予定の時間まであまり時間もないし、一緒に屋台を見て回れないんだよね……ごめんね?」
「にゃるほど。まあ、そういうことなら仕方ないにゃ〜」
ソフィアが説明を終えると、ラトラは納得するように頷く。
僕は僕で、屋台巡りに参加できない事を少しだけ残念に感じていると――
「夕刻ってもう夕刻だろ? 時間は大丈夫なのかよ?」
ダンテからそのような指摘が入る。
その事により、都市の中央に立つ時計塔へと視線を向けてみれば、待ち合わせの時間まで三十分を切ってることに気付き――
「……えっと大丈夫じゃないかも? ってことで! 僕はそろそろ行くよ!」
「お、おう」
「あ、ああ……急ぎすぎて人を跳ねないように気を付けるんだぞ?」
「そうよ? 本気で走ってるアルと衝突したら馬車と衝突するより危険なんだから?」
「は、跳ねないよ! まったく……人をなんだと思ってるのさ」
「にゃにって……ちょっとした兵器かにゃ?」
「へ、兵器って……と、兎に角! ぼ、僕は急いで待ち合わせ場所に向かうから、皆は屋台巡りを楽しんでね!」
友人達の評価に疑問を憶えながらも、急いで待ち合わせ場所へと向かうのだった。
それから僅かばかりの時間が経過した。
急いだ甲斐もあってか、予定された時刻の十分程前には到着することが出来たのだが――
「あっ、アル先輩! こっちです!」
「アル先輩! こんばんはぁ〜」
どうやら、フィデルとノアの方が早く到着していたようで、到着するなり声を掛けられることになる。
「二人とも早いね? もしかして結構待たせちゃった?」
「ぜ、全然です! 私達も今さっき着いたところなので!」
「ですので、お気になさらないで下さい!」
「そっか、それなら良かった」
顔を合わせた僕達は、そのような会話を交わすとなんとなしに笑い合う。
しかし、そうしていると、肝心のご両親の姿が無いことに気付く。
「ところでご両親は?」
「パパとママですか?」
「父と母なら――」
そして、僕が二人にご両親の所在を尋ね。
フィデルがその答えを口にしようとした瞬間だった。
「はやる気持ちは分かるが……お父さん達を置いていかないで欲しいな……」
「まったくもぅ……お母さん達は学園都市に詳しくないのよ?
置いていかれた所為で、少し迷っちゃったじゃない」
初対面だというのに、何故か記憶をくすぐるような声が耳へと届き――
「……もしかして、キミがアルディノ君かな?」
「……あなた。聞くまでもない事は分かってるでしょ?
この子が――この子がアルディノ君よ」
やはり何処か記憶をくすぐるような――そんな優しい笑みを向けられるのだった。




