154・グレゴリオ戦を観戦しながら
「ソフィアさんをお連れしてまいりました」
「ししし、失礼します!」
そう言って貴賓席に入ってきたのはミエルさんとソフィア。
試合を観戦した際、ソフィアが僕達の友人だと言うこと伝えており。
それならばと言うことで、気を利かせてくれたテオ爺が、ソフィアも貴賓席に招いてくれた訳なのだが……
どうやらソフィアは緊張しているようで、直立不動の姿勢を見せている。
そんなソフィアを見たテオ爺は苦笑いを浮かべて頬を掻くと。
緊張を解す為だろうか?優しい声色でソフィアに話しかけた。
「ほっほ、先程は良い試合じゃった。
去年『魔法剣』を使用した際には脅かされたが、随分と錬度が上がったようじゃのう?」
「は、はい! こ、これも学園で学ばせて頂いてるおかげであります!」
「あ、ありますって……
ま、まぁ、それは兎も角、準々決勝進出おめでとう。次も頑張るんじゃよ」
「あ、ありがとうございましゅ!」
そんなやり取りを交わすソフィアとテオ爺。
ソフィアの緊張は相当なものだったようで、所々言葉が変だし噛んでしまっている。
ソフィアが慌ててる姿は何度か見たことがあるのだが。
こう言った慌て方は少し新鮮で、それを少しだけ面白く感じていると――
「ちょっ、ア、アル!?
一体これってどう言うことよ!? 何でテオドール様やミエル様と一緒に観戦してるのよ!?」
テオ爺との挨拶を終えたソフィアに詰め寄られ、耳元で尋ねられる。
「えっと……メーテとテオ爺が知り合いだったみたいで。
会場に入れなくて困ってた所に声を掛けて貰った……て感じかな?」
「な、なんかフワフワした答えね……
って言うかテオ爺って何よ!? もしかしなくてテオドール様の事よね!?」
「そ、そうだね」
「そうだねって……分かってるの!?
テオドール様は『賢者』であり『学園長』なのよ!? それをテオ爺って……」
「ぼ、僕も始めは知らなかったんだって。
茶飲み友達として仲良くなってテオ爺って呼ぶようになったんだけど。
まさか、そんな偉い人だなんて思わなかったからさ」
「茶飲み友達……なんて贅沢な茶飲み友達なのよ……
なんか腑に落ちない部分はあるけど……まぁ、アルに驚かされるのはいつもの事だし、毎回驚いてちゃ切りが無いわよね……」
ソフィアはそう言うと諦めにも似た雰囲気を漂わせ「はぁ」と溜息を吐くのだが。
そうこうしている間にも試合の準備は順調に進行していたようで――
「アル、そろそろグレゴ先輩の試合が始まるみたいだぜ」
ダンテの言葉でリングに視線を向けて見れば。
今まさに、グレゴ先輩の試合が始まろうとする瞬間であった。
「一瞬で終わってしまったな……」
そう言ったのはベルト。その視線の先にはリングがあり。
リングにはうつ伏せに倒れる男子生徒と、それを見降ろすような形でグレゴ先輩が立っていた。
「なんか、アルが普通にグレゴ先輩を倒したから強い印象が無かったけど。
グレゴ先輩って普通に強いじゃん」
「んだにゃ〜。席位持ちが相手じゃにゃかったけど、圧勝って感じだったにゃ」
そして、同様にリングに視線を送るベルトとラトラ。
感心した様な、驚いた様な、そんな言葉でグレゴ先輩の試合を評するのだが。
「当り前じゃない。グレゴ先輩は仮にも第五席なのよ?
大体、席位って言うのは強さの指標で、おいそれと覆るものじゃないんだから。
むしろ、格上相手に勝ちを重ねてる貴方達の方が異常なんだからね?」
ソフィアだけはグレゴ先輩の強さを疑っていなかったようで。
過小評価気味のダンテ達に対して呆れた様な表情を浮かべる。
まぁ、僕からしてみれば、格上相手に見事勝利したソフィアも同類に感じてしまい。
「そう言う意味なら、第四席に勝ったソフィアも異常って事になるんじゃない?」
茶化すようにそう伝えて見たのだが……
「はぁ? 入学してすぐ第五席に勝っちゃうアルが一番異常なんだからね!」
どうやら墓穴を掘ってしまったようで。
ソフィアに反論されたのを切っ掛けに、まるで「何を言ってるんだコイツは?」と言わんばかりの表情を友人達から向けられる事になってしまった……
そうして、そんな会話をしていると。
「ほう、グレゴリオ君に勝った事があると言うのは初耳じゃのう。
新入生が第五席に勝ったと聞けば、本来、疑いの一つでも持つべきなんじゃろうが……メーテ様の弟子ともなれば疑うだけ無駄な気がするのう。
――ふむ、アルにどれ程の実力があるのか気になるところじゃが……どうじゃミエル? お主も気にならんか?」
興味津々と言った様子でミエルさんに話を振るテオ爺。
そして、話を振られたミエルさんはと言うと――
「実力ですか? ……そうですね、気にならないと言えば嘘になりますが。
……正直、未だにメーテ様とお風呂に入ってる者など、とてもじゃないですが強いとは思えない。
と言うのが本音でしょうか」
涼しい顔して、とんでもない事を言いだす。
メーテとお風呂に入った記憶など、碌に身体を動かす事の出来なかった頃しか無く。
それ以来一緒にお風呂に入った記憶など……まぁ、一度か二度しか無いし、当然幼少の頃の話なので。
ミエルさんが言う様な記憶など全く無く、本来であれば一笑に付す場面である筈なのだが……
どうやら、皆はミエルさんの話を信じてしまったらしく。
若干引いた視線を向け始めている為、そう言う訳にもいかないようだ……
いや? 誤解だよ?
そんな言葉を思い浮かべると共に、誤解を解く為、僕は慌てて口を開こうとするのだが――
「それに、嫌がるメーテ様に対して添い寝を強要しているらしいではありませんか?」
ミエルさんは涼しい顔を崩さず追い打ちを掛ける。
今の状況もそうだが、先程も射殺す様な視線を向けられており。
ミエルさんは僕に対して何か恨みでもあるのでは?と勘繰ってしまう。
しかし、今は勘繰るよりもこの状況をなんかする方が先決だろう。
そう思った僕は誤解を解いて貰う為にメーテに視線を送り、助けを求めるのだが……
「ま、まったくー。
ミエルが言う通りだぞー? ほ、本当アルには困ったものだなー」
白々しい程に白々しい言葉を口にするメーテ。
そして、その瞬間、情報の出所がメーテであると言う事を完全に理解する。
「メーテ?」
「ど、どうしたー? アルー?」
「なんか嘘吹きこんでない?」
「ななな、なんの事やらー、わ、私には覚えが無いなー」
「へー、そうなんだー。
メーテがテオ爺と知り合いだったおかげで試合も見れたし。
お願いの一つくらい聞こうと思ってたのに……本当の事言ってくれないなら辞めておこうかな」
どうにかメーテの口を割る事が出来れば今の状況を打破できる。
そう考えた僕は、少し汚いやり方だと自覚しながらも「お願い」を餌にメーテの口を割る事にしたのだが……
どうやら、その効果は覿面だったようで。
「調子乗って有ること無いこと言い触らした! すまん!
と、ところで、そのお願いと言うのはお風呂からの添い寝も可なのだろうな!?」
秒で口を割ると、鼻息を荒くして尋ねるメーテ。
あくまでメーテの口を割らせる為の餌なので、その碌でも無いお願いを聞くとは決して無い。
と言うか、有ること無いことを人に吹き込んでおいて。
「可なのだろうな!?」と詰め寄るメーテの神経が欠片程も理解できないし、正直言ってドン引きである。
だが、何はともあれ、メーテの発言が嘘だと言う事は皆も分かった筈なので。
これで、変な目で見られることも無いだろう。
そう思って胸を撫で下ろしたのだが……
「真偽は兎も角、あんた達の今のやりとりも大概よね」
マリベルさんのそんな一言により、皆から引く様な視線を向けられてしまい。
僕の努力は徒労と化すことになった……
そうしている間にも時間が経過していたようで。
観客席からひと際大きな歓声が響いたことで試合が始まる事に気付くと同時に、グレゴ先輩を貴賓席に誘う時間を逃してしまったことにも気付く。
今から誘って間に合うだろうか?とも考えたのだが。
間もなく試合が始まることを考えれば、今から呼びに行った所で間に合う筈も無く。
グレゴ先輩には後でお祝いの言葉を伝える事にすると、胸の内で謝罪し、リングへと視線を戻した。
「流石に今日最後の試合だけあって盛り上がりが凄いわね。
しかも、第一席のコーデリアと第三席のダッカスの試合ともなれば尚更かしら?
ミエルはこの試合どうなると思う?」
マリベルさんはそう言うとミエルさんに視線を送り。
ミエルさんは顎に指を添え、考えるような素振りを見せた後に口を開いた。
「まず間違いなくコーデリアさんの勝利でしょうね」
「まぁ、そうなるわよね。第三席の子も実力は有ると思うんだけど……
コーデリアは桁が違うって言うかなんて言うか、ある意味ずるいわよね?」
「ずるい……神からの授かり物をそう評するのは些か不敬では?」
「あ、相変わらず堅苦しい子ね……
でも、2つの素養を使いこなすって聞かされたら少しは羨ましいと思わない?」
「恵まれてるとは思いますが、ずるいとか羨ましいとは思いません。
自分が与えられた物の中で、創意工夫して高めて行くのが魔法であり、私のやり方ですので」
「ぐっ……ミエルと話してると私が僻みっぽく見えてくるじゃない!」
第一席であるコーデリアと言う人物をそんな言葉で評する2人。
思いのほか同意が得られなかったようで、マリベルさんはむくれて見せるのだが。
マリベルさんが口にした「素養が2つある」と言う言葉が気になった僕は思わず尋ねてしまう。
「素養が2つもある人って居るんですか?」
「ん? 居るわよ。本当に極々稀な話だけどね。
まぁ、大抵の人は素養が2つあるという恩恵を活かし切れないで、どっちつかず。
或いは一つの素養しか扱いきれないって言う話なんだけどね」
マリベルさんは僕の質問に答えると、肩を竦めて見せる。
マリベルさんの話が本当であるのなら、素養が2つあっても扱いきれないと言うことで。
言ってしまえば素養が1つ有るのと大きな差がある訳ではない。
だったら「ずるい」と言うよりも、2つの素養を使いこなす事に感心するべきだろう。
そう思い、「それって努力の賜物じゃないんですか?」と尋ねてみると。
「一つの素養を扱うのですらままならない人だって居るのに、コーデリアは扱って見せるんだもの。
努力の賜物かもしれないけど、扱いこなすだけの才能がある――所謂、天才ってヤツなんだから、少しくらい羨ましく思っても罰は当たらないと思うのよね~」
マリベルさんはそう言うと、再度肩を竦めてみせるのだが。
「コーデリアもマリベル様には言われたくないと思いますよ?
今でこそ知識も兼ね備えていますが、当時は感覚だけで転移を行っていたらしいじゃないですか?
コーデリアを天才と呼ぶなら、貴方も充分に天才――いえ、化物の域かと」
「ば、化物ってあんた……
ま、まぁ、いいわ……ところで! 聞いてたアル!? 天才よ天才!
分かったら、もっと私のことを敬っても良いんだからね!」
ミエルさんが天才と評したことで、ご機嫌な様子を見せるマリベルさん。
そんなマリベルさんの様子を見ると、コーデリア先輩を天才と評したこと自体。
自分を褒めて貰う為の言葉をミエルさんから引き出す為だったのでは?
などと勘繰ってしまい、なんとも言えない苦笑いを浮かべてしまう。
そうして、少しばかり呆れていると――
『これよりコーデリア=マルシアス選手対ダッカス=コルトバ選手の試合を行います!』
審判員の声が貴賓席まで届く。
その声で再びリングに視線を向けて見れば、2人の生徒の姿があり。
金色の髪を縦ロールにした女子生徒。
コーデリア=マルシアスに、僕の視線は引き寄せられるのであった。