136・親バカ
「ほっほっほ、こんな良い気分になったのはどれくらい振りかのう?」
そう言ったテオドールの顔は赤く染まり、吐く息には多分に酒気が含まれている。
「ふふふ、テオドール様が2人も居ます」
そんな声を上げるのはミエル。
へらへらとした表情を浮かべ、ふらふらと肩を揺らしている。
メーテとテオドールの手前、お酒のお誘いを断る訳にもいかず。
一杯程度であれば大丈夫だろうと思い、お酒を口にしたミエルだったのだが。
どうやらお酒に弱い体質のようで、グラスの半分も飲み干さない内からこんな状態へとなっていた。
メーテとテオドールは始めこそミエルの状態を見て心配していたのだが。
特に体調が悪くなったと言うことも無く楽しそうにしていたので、呑みの席に同席させたままである。
しかし、これ以上ミエルにお酒を飲ませるのは不安だった為。
半分程開けたグラスをミエルから取り上げることしたのだが。
「私も呑みます! お酒に付き合うぐらい私にも出来す!」
などと面倒臭い事を言い始めてしまったミエル。
正直言って、これ以上お酒を飲ませるのには抵抗があったのだが。
苦肉の策として紅茶に数滴お酒を混ぜてミエルに飲ませる事にすると、それでミエルは満足したらしく。
紅茶割とも言えない、ほのかにお酒の香がする紅茶を嬉しそうに口にしていた。
そんな事がありながらもメーテとテオドールは昔話に華を咲かせ。
300年と言う長い間を埋めるように笑い合い、語り合う。
そうして語り合うこと、時間にして数時間と言ったところだろうか?
「そう言えば、最近若い茶飲み友達が出来ましてのう。
闇属性の素養を持った不思議な子でした」
テオドールの口から出た話題にメーテはドキリとしてしまう。
テオドールからすれば、なんとなしに口にした話題だったのだが。
メーテからすれば、茶飲み友達と言うのがアルだと言う事を理解しており。
その上、素養を見抜かれていると言う事実を唐突に知ることになったとあれば、メーテが驚いてしまうのも当然と言えるだろう。
そして、アルの素養が見抜かれている以上。
テオドールの対応次第では、アルに災難が襲い掛かる可能性も考えられ。
どう対応しているのか知る為に、焦りを表に出さないようにしながらメーテは尋ねる事にした。
「……ほう、闇属性の素養か。テオドールも素養を見抜けるようになったのだな。
それで、その茶飲み友達なのだが……お前はどう対応しているんだ?」
テオドールが闇属性の素養を持つものに対して色眼鏡で見る事は無い。
と言うのをメーテ自身も理解しているが。
300年も経てば、人の考えなど幾らでも変わるだろうし。
なにより世論と言うのは闇属性の素養を持つものに優しくは無い。
テオドールの答え次第では、アルは学園都市を離れる必要があり。
折角出来た友人達と引き離されるアルの胸の内を想像すると、メーテの胸がチクリと痛んだ。
しかし、アルの身を守る為ならば――
メーテはそう覚悟すると、学園都市から離れる事も視野に入れたのだが……
テオドールから返って来た言葉はこんな言葉であった。
「なにも? ただ普通に挨拶を交わし、話をし、たまにお茶を飲むだけですじゃ」
「……それでいいのか?」
メーテにとってもアルにとっても願ってもない言葉ではあった。
しかし、仮にも学園の長である者が闇属性の素養を持つ子を野放しにすると言うのは結構な問題であり。
それを知っているからこそメーテは再度尋ねるのだが。
「構いませぬ。闇属性の素養を持っていようと。
魔法を学びたい者には等しく門を開くべきだと儂は考えております。
それに、そもそも学園を作る切っ掛けになった方が闇属性の素養の持ち主ですからな。
のう、『禍事を歌う魔女』様」
「――ッ!?」
「大丈夫、もう寝とりますから」
不意に『禍事を歌う魔女』と言う言葉を出された事もそうだが、この場にはミエルが居る。
その事を思い出したメーテは慌てた様子を見せたのだが。
テオドールが続けた言葉でミエルを見ればスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てており。
聞かれていない事を知ったメーテはホッと胸を撫で下ろした。
「……まったく、肝を冷やしたぞ?」
「ほっほっほっ、メーテ様の肝を冷やすことのできる相手など殆どいませんからな。
儂の一番の武勇伝になったかも知れませんな」
そんなメーテとは対照的に嬉しそうに笑うテオドールなのだが――
「まぁ、儂はそんな門を開くべきだと考えておりますが、世論はそうはいかんでしょうな。
それに、儂が学園長の職についてから50年程は経っているのですが。
それまでに随分と学園も腐敗してしまいおった……
『学ぶ者は無く等しく平等であり、決して利に溺れることなかれ』その理念は一体何処に行ったのやら……」
学園の現状を口にすると、一転して暗い表情を浮かべてしまう。
「お前も苦労しているんだな」
「ええ、どうにか改革を進めようとしているのですが、貴族連中がああだこうだと煩くて敵いませぬ。
そう言った連中との繋がりを断てれば楽なのですが……
そうなると学園の運営が立ちいかなくなりますしのう……
メーテ様を探して旅している方がよっぽど気楽でしたわい」
テオドールはそう言うと「はぁ」と溜息を吐き。
メーテは労うようにグラスに酒を満たしていく。
「メーテ様にお酌して頂けるなんて、これは味わって飲まないといけませんな。
ああ、そうじゃそうじゃ、先程話した茶飲み友達なのですが。
どうやって素養の隠蔽をしたのか分かりませんが、学園に入学しておりましてのう。
この腐敗しつつある学園に風穴を開けてくれるんじゃないかと密かに期待しておるんですじゃ。
なんと言うか、何となく雰囲気がメーテ様に似てまして、そこも期待している一因ですな」
そう言うとテオドール大きく何度か頷くのだが――
「ほ、ほう? わ、私に雰囲気が似ていると?
どどど、どこがだ? 言ってみろ!」
思った以上の喰い付き方にテオドールは若干引いてしまう。
それでも、尊敬し敬愛する人物からの質問である為、その質問に答える事にするテオドール。
「な、なんと言うじゃろうか? 佇まいと言うんじゃろうかのう?
漠然としておりますが、何処となく似ていると感じたんですじゃ」
「それでそれで!?」
「他には……仕草とかですかのう?」
「他には!?」
「ほ……他ですか?」
テオドールが自分の口で言っているように「何となく似てる」と感じただけなので。
そんなグイグイこられた所で、そう何個も似ている点を上げる事は出来ない。
しかし、こうも嬉々として尋ねられてしまえば、テオドールとしてはどうにか類似点を捻りだすしか無く。
どうにか、捻り出そうとするのだが……
やはり「何となく似てる」と感じただけであって、コレと言った所が思いつかない。
その為だろうか。
「め、目元なんかが似ているんじゃないかと……」
苦肉の策としてそん言葉を選んで見せたのだが。
「め、目元!? くふっ……そうかそうか、目元が似ているか!」
メーテはそう言うとスッと立ち上がり、窓に映る自分の顔を確認する。
そして、自分の目元が良く見えるように髪を掻き上げると――
「なるほどなるほど。コレは盲点だったな。
テオドールが言う通り、確かに目元が似ているかもしれないな……くふっ」
訳の分から無いことを言いながら満更でも無い様子を見せる。
テオドールの茶飲み友達、言ってしまえばアルの事なのだが。
メーテの目は切れ長と言った感じで、アルの目は丸く少し垂れたような印象を受ける目だ。
メーテとアルが並んだとして目元が似ているかと尋ねられたら十中八九似てないと口にするだろう。
だが、お酒の効果なのか?
それともただの親バカなのか?
メーテは窓に反射する自分の目元を見て。
「ほうほうほう、この斜めから見た感じは随分と似ているんじゃないのか? くふっ」
などと言ってご満悦だ。
そんな様子を見たテオドールは内心では似てないと思っていながらも。
「お、おお! 確かに似ていますな!」
更に自分の首を絞めるような発言を重ねる。
「だ、だろ!?」
そして、メーテの機嫌は有頂天に達したのだろう。
胸を張ると、恐ろしい程のドヤ顔を見せつけ。
「何せ、その茶飲み友達と言うのは私の家族だからな!」
そう言うとアルが呼ぶように「なぁ、テオ爺」などと言って見せるのだが……
「そ、そうでしたか!」
ここまで露骨な態度を見せられていれば、茶飲み友達のアルがメーテの関係者であると予想するのは容易なことで。
その所為か反応は薄い物となってしまう。
「……反応が薄くないか?」
「そ、そんな事はありませんぞ! い、いや〜世の中には数奇な出会いもあるもんじゃのう!
それに家族ですか、どんな経緯があったのか気になる所じゃのう!」
メーテに突っ込まれたことでテオドールは慌ててそんな言葉を口にしたのだが。
ハッキリ言ってしまえばそれは悪手でしか無く――
「気になるのか?」
「も、勿論ですじゃ!」
「くふっ……仕方無い! テオドールの為にアルとの出会いから12年間の物語を聞かせてやろうじゃないか!」
「ほあっ!?」
メーテとアルの出会いから今日に至るまでの物語を延々と聞かされる羽目になるのであった。




