130・還御祭
前期休暇も残すところあと数日となったある日のこと。
「おやー! そこに居るのはアルじゃないかー!?
こんな所で会うなんて奇遇だなー。
私か? 本来なら予定があったんだがなー。
たまたま予定が無くなってなー、調度暇を持て余してたんだー」
恐ろしい程の棒読みを披露するのはメーテ。
偶然を装い、奇遇なんて言葉を口にしてはいるが。
そもそもここは僕の部屋なので、偶然を装うには流石に無理があるだろう。
せめて玄関を出た瞬間であれば、奇遇と言う言葉にも説得力があったとは思うのだが……
堂々と玄関から入ってきてこんな言葉を並びたてるのだ。
なんかヤベぇ薬でもやってるのでは?と正気を疑ってしまうのも仕方が無いように思えた。
そんな僕の胸の内を知らずに棒読みを続けるメーテ。
「いやー急に予定が無くなって暇だなー。
おやー? そう言えば今日は還御祭と言うヤツがやっているようだなー。
ふむー、私は特に興味はないんだがなー。
どうだー? ウルフは興味あるかー?」
「わっふー」
「そうかー、ウルフも興味ないのかー。
まぁ、私達は大人だしー、お祭り程度でははしゃげんよなー」
……うん。多分これはアレだ。
要するに、自分達からお祭りに行こうと誘うのには抵抗があるので。
僕の口から『お祭りに行こう』と言う言葉をどうにか引き出そうとしているのだろう。
「確かに今日は還御祭だけど、2人は行きたいの?」
「全然興味ないなー、ま、まぁ、アルが行きたいと言うなら連れてってやってもいいがー」
「わ、わっふー」
うん。確実に僕の口から『お祭りに行こう』と言う言葉を引き出そうとしている。
まぁ、特に予定も無いので、2人を誘い還御祭に行くのもやぶさかでは無いものの。
そう毎回毎回、2人の思惑どおりに事が運ぶのもなんとなく癪だったので。
「あっ、そうなの?
だったら気にしなくていいよ? 僕はダンテ達と行くことにしてるからさ」
少し意地悪してみることにしてみると。
「ふむ、ちとダンテを埋めてくることにするか」
「わっふ!」
「ちょっ!? 嘘、嘘だから! そんな予定は無いから!」
なんか恐ろしい事を言いだしたので、慌ててダンテとの予定が無いことを伝えたのだが……
「せ、折角の祭りなのに一緒に行く友人が居ない……だと?
仕方無い! ここは私達が一肌脱いでやるか! なぁ、ウルフ?」
「わっふ!」
どうやら、お祭りに誘う口実を見つけたようで、ドヤ顔でそんな言葉を口にする一人と一匹。
結局は思惑どおりに事が進んでしまい。
僕が少し足掻いたところで、2人の前では無力であることを悟ると思わず溜息が漏れてしまう。
だが、特に予定が無いのも事実なので。
「折角だし、還御祭に行ってみようか?」
2人の提案を受け入れることにすると、準備を整えた僕達は還御祭へと向かうことになった。
そうして家を出た僕達。
屋台が並ぶと言う大通りへと向かうその道中。
「ところで、ソフィアやダンテ達はどうしたんだ?
あいつ等のことだから祭りとなれば誘いに来るとも思ったんだが?」
メーテはダンテ達が誘いに来ない事を疑問に思ったようで、不思議そうな表情を浮かべて尋ねる。
「えっと、本当はダンテからお誘いがあったんだけどさ。
お世話になっている親戚姉妹に捕まっちゃったみたいで、今日は親戚姉妹とお祭りに行くみたいだよ?
ベルトは、遠くからお祭りを見に来た貴族と食事会があるらしいし。
ソフィアとラトラは寮生としてお祭りの手伝いにまわされるみたいだね」
僕の答えを聞いたメーテは「成程」と言って頷き。
僕は答えたついでに「だから、誘われなかった訳じゃないんだよ?」と付け加えたのだが。
2人は、何故か生暖かいを視線を向けると。
『うんうん、そうかそうか。
でも、私達の前じゃ強がらなくてもいいんだぞ?』
とでも言いたそうな表情を浮かべる。
一応は誤解なので反論の一つでもしようとも思ったのだが。
反論したところで今の2人には通じないように感じてしまい。
「……2人が居たおかげで寂しい思いをしないで済んだよ」
反論するのを諦めると、そんな言葉を口にすることにした。
それから程なくして大通りへと辿り着いたのだが。
大通りに辿り着いた僕は、少しばかり驚かされてしまう。
普段なら馬車の往来する大通りが出店と人で埋め尽くされており。
屋台から聞こえる活気のある呼びこみの声や、祭りを楽しむ人々の声が耳へと届き。
そんな普段とは違う、お祭りで賑わう大通りの光景に少しばかり驚かされてしまった訳なのだが。
それと同時に気持ちが高揚して行くのも分かった。
前世のお祭りでもそうだったが、人混みが嫌だなんて言ってみても。
いざお祭りへ行ってみれば、否応なしに気持ちが高揚したのを思い出し。
やっぱり、お祭りと言うのは人の気持ちを高揚させる何かがあるのだろう。
そんな風に考え、大通りに並ぶ屋台を眺めていると。
「あら、アレなんて面白そうじゃない?」
そう言ったのはウルフ。
その視線の先には、3段ほどの棚に大小様々な景品が並べられており。
子供が弓のような物を構えて景品に狙いを定めている最中だった。
それを見た僕は前世で言うところの射的と言った物だと思うと。
2人に変な誤解をされてしまったことだし、景品の一つでもプレゼントして格好良い所でも見せてやろう。
そんな下心と共に射的の屋台へと向かう。
「おじさん、幾らですか?」
「銅貨三枚で矢が5本だが、挑戦するかい?」
「はい、お願いします」
そう言うと財布から銅貨3枚を取り出し屋台のおじさんに払い。
先端に布が巻かれた矢を5本渡される。
まぁ、弓など使ったことは無いが、どうにかなるだろう。
楽観的に考えながら弓と矢を手に取ると弓をつがえる。
狙うのは木彫りの猫。その頭部に狙いを定める。
そして――
「そこだ!」
放たれた矢は僕の狙い通りの軌道を描き、猫の置物、その頭部へと命中する――
などと言うことは無く……擬音を付けるのであれば「ポトリ」と言った感じで地面へと転がる。
そんな様子を見たメーテとウルフ。
「アルは弓の才能が無かったのだな……」
「魔法は上手なのにねー」
まるで可哀想な者を見る様な視線を向けてくる。
それに加え。
「兄ちゃん、兄ちゃん弓の扱いヘタクソだな〜」
隣で同じように射的を楽しんでいた子供からそんな声を掛けられてしまう。
メーテやウルフは兎も角。
5歳か6歳程度の子に言われっぱなしと言うのは流石に格好がつかない。
此処は年長者の威厳を見せつけてあげるべきだろう。
そう思った僕は再度弓をつがえ、狙いを定めて矢を放つのだが……
「……きっと兄ちゃんには弓以外の才能があるよ」
その結果は、子供に気を使わせた発言をさせてしまうような散々なもので。
あまりの不甲斐なさに顔が赤くなっていくのが分かる。
だが、流石にこのままでは終われないだろう。
そう思った僕はその後何度も挑戦し。
大銅貨5枚ほどを消費した所で漸く猫の置物を手に入れることに成功した。
「な、なんか原価を考えると悪い気がするな……
気休めかもしれないけど、もう一個持ってってくれよ」
屋台のおじさんはそう言ってもう一つ猫の置物を渡してくれる。
僕は素直にそれを受け取ると、メーテとウルフにプレゼントし、達成感から笑顔を浮かべたのだが。
そんな僕を見たメーテとウルフは――
「案外、熱くなると周が見えなくなる性格なんだな……」
「アルにはギャンブルとか教えちゃいけなそうね……」
猫の置物を手にしながら、なんとも複雑な笑顔を浮かべるのだった。
その後も屋台を見て周り、普段見掛けないような商品を見ては3人で盛り上がる。
そうして祭りを楽しんでいると、メイン会場とでも言うのだろうか?
舞台が設置してある広場へと辿り着く。
周囲から聞こえてくる会話によると。
どうやら、この広場では午後から『始まりの魔法使い』の演劇が行われるらしく。
舞台に目をやれば、その準備に追われているのであろう人達が舞台上で忙しく動き待っている最中だった。
「『始まりの魔法使い』の演劇がやるみたいだけど、メーテとウルフは興味ある?」
もし2人とも興味があるのであれば、折角だし鑑賞してみようと思い尋ねてみると。
「ふむ、興味が無いことも無いが……ウルフはどうだ?」
「ん? 私はどっちでもいいわよ? アルに任せるわ」
二人ともそこまで演劇に興味がないのか、判断を僕に任せる。
僕自身、演劇と言うものに特別興味がある訳では無く、2人鑑賞するのであれば、くらいに考えていたのだが。
「んーどうしようかな?
あっ、でも、もしかしたらテオ爺が出てくるかもしれないし見てみたいかも」
そう言えばと思い出し、僕は意見を一転させると鑑賞したいことを伝える。
「テオ爺? もしかして学園都市で出来た茶飲み友達と言う老人か?
それが、なんで劇に? 役者でもしているのか?」
「いや、そう言うんじゃなくて。
聞く話によるとテオ爺ってハーフエルフみたいでさ。
『始まりの魔法使い』とも実際に会ったことがあるらしいんだよね。
だから、もしかしてテオ爺役の人もいるかな〜?って思ったんだけど」
「『始まりの魔法使い』と?
ふむ、ちなみにテオ爺とやらの本名はなんて言うんだ?」
「えっと、確かテオドールだね」
僕がテオ爺の名前を告げた瞬間。
鐘の音が響き、僕達の視線は鐘の音が鳴る方へ吸い寄せられる。
どうやら、演劇が始まる合図のようで。
鐘の音を聞いた周囲の人々が舞台へと集まりだす。
その様子をみた僕は。
「そろそろ始まるみたいだし、折角だから見て行こうよ」
そう声を掛けると2人は頷き、僕達は舞台へと向かうのだった。