11・はじめてのませきかいしゅう
オークとゴブリンの死体を目の前にし、まるで些事でしかなかったように振る舞うメーテとウルフ。
そんな中、僕は目の前の惨状に思わず顔を顰めてしまう。
魔物とは言え、人に近い形をしたオークやゴブリンの死体はハッキリと言ってかなりグロテスクだ。
おまけに周囲には鉄のような臭い、正確には血の臭いが漂っていて、喉の奥から酸っぱいものが込み上げそうになる。
それをどうにか我慢して、無理やり心を落ち着かせると、もう一度オークやゴブリンだった物に視線を向ける。
うん。
あんまり見ない方が良い。精神が削られそうだ。
「どうだアル? 勉強になったか?」
その言葉でメーテが特別授業と言っていた事を思い出す。
折角の特別授業だったのに、恐怖に駆られてただ震える事しかできなかった僕は、メーテやウルフの行動を漠然としか見れず。
その行動に、凄いとか格好良いと言った感情は湧いたものの、何かを学べたかと言えば、とてもじゃないが首を縦に振ることは出来なかった。
勉強になった。と言ってお茶を濁すのは簡単だが、それは誠実ではないだろう。
そう思った僕は。
「こわくてちゃんとみれなかった。めーてごめん」
メーテとウルフの行動から、何かを学ぶことが出来なかった事を正直に伝えると、謝罪の言葉を口にした。
「くっ、アルを怖がらせたあの豚の止めは私が刺そうと思ったのに、ウルフのヤツ、おいしい所だけもって行くとは……」
メーテは僕の言葉を聞いて、ブツブツと言った後。
「まぁ、今回使った魔法は授業で教えていることと比べたら少し難しかったらな。
仮にちゃんと見ていたとしても分からなかったと思うぞ。
それに、今回は魔法自体では無く、魔物と相対した時の立ち回りや、その際に効果的な魔法の使い方の実演。
と言った意味合いの方が強かったし、メーテがこんなことしてたな~程度に覚えておいてくれれば、それで問題無い」
少し落ち込んだ様子の僕を見て、メーテは励ます様に言うと、ポンと頭に手を置いた。
そして、柔らかい視線を僕に向けると尋ねる。
「アル、魔物は怖かったか?」
僕はその言葉に頷いて返す。
初めて見た魔物は怖かった。
自分が想像していた以上に醜悪で恐ろしかった。
それに何より、力になれない事が辛く、何もできない事が怖かった。
「そうか、怖かったか。
だが、魔物を怖がると言うのは別に恥ずかしい事じゃないんだぞ?
魔物を怖いと思うのは当たり前で、アルが怖いと思うのは自然なことだ。
むしろ怖いと感じない方が私は危険だと考えているからな。
怖さをを感じない、又は慣れてしまった者と言うのは、時として無謀だと言う事に気付きもせずに挑み、そしてその命を散らしてしまう。
まぁ、流石に怖がり過ぎるのもそれはそれで問題があるが、怖いと感じるのは自然なことで、必要なことでもあるんだ。
だからアル。そんな辛そうな顔はしなくて良いんだぞ?」
メーテはそう言うと、僕の頭に置いた手に力を入れ、クシャクシャと優しくも乱暴に撫でた。
表情には出していない筈なのに、内心を見透かされてしまい、ドキリとしてしまう。
簡単に見透かされてしまう僕が単純なのか、それともメーテがすごいのか。
どちらが正解なのかは分からないが、見透かされてしまった事実は変わらず。
その事を気恥ずかしく思うと、その反面、見透かされた事にどこか安心してしまう自分もおり、なんとも形容しがたい心境ではあったが、自然と口角が上がっていくのが分かった。
そんな風に思っていると。
「と、ところで、戦っているメーテはどうだった?」
思いがけない一言に一瞬どう答えていいのか迷ってしまうが、思ったことを素直に口にする。
「めーてとうるふ、かっこよかった」
そう素直に思ったことを告げると。
その言葉にメーテはくふくふ笑い、ウルフは嬉しそうに遠吠えをあげた。
そんな一人と一匹の姿を見て、最後の一言がなければ格好良く終わらせることが出来たのにな……
そう思ったのだが。
格好良く終わらせる事が出来ないのが僕の先生達なのだろう。
そう納得させると、少し残念な先生達の姿に頬が緩むのだった。
「さて魔石を回収しておかなくてはな」
「ませき?」
「そうだ。魔石と言う物はな――」
あれから少し時間が経過し。
落ち着きを取り戻したメーテはそう言うと、オークの胸のあたりを風刃で切り開く。
そして、何を思ったのかメーテはその傷口に腕を入れると、何かを探すようにオークの体内に腕を這わせた。
ぐちゅぐちゅと言う血と肉が擦れる音に嫌悪感が刺激され耳を塞ぎたくなる。
そして、何より、美女と言って差し支えの無いメーテがオークの死体に手を突っ込む様は、グロテスクと言うよりかは猟奇的で全力で顔が引きつってしまう。
「ベ、別に好きでこんな事をしている訳ではないからな?
ほ、ほらこれだ!」
そう言ってオークの傷口から手を抜くと、メーテの手のひらには拳大の赤い石が握られていた。
僕は顔を引きつらせながら、その石が何なのかを尋ねる。
「これが魔石だ」
「これがませき?」
「そうだ。魔物の体内には、魔物の種類や大きさによって色形は違うが、必ず魔石が存在している。
そして、この魔石と言うのは様々な用途があるんだが、主な用途としては燃料として使用したり、魔法を使う為の触媒と言った所だろう。
そのような用途があるから、魔石は売買の対象になっている訳だ」
「そ、そうなんだ」と言って一つ頷く。
「まぁ、オークやゴブリン程度だと、燃料や触媒としての価値も低く、大した金額にはならないが、
それでもある程度の小遣い稼ぎにはなるからな。
それに、下位の冒険者なんかだとオークやゴブリンを専門に狩りをして、それで生計を立てる者なんかも居たりするから、オークやゴブリンの魔石だからと言って馬鹿には出来ないんだぞ?」
「わ、わかった」
「うむ、だから魔物を倒した時は魔石の回収を忘れないようにな?」
「う、うん、わかったよ」
正直かなりグロテスクなので、回収したくないと言うのが本音で、とりあえずこの場は頷いて乗り切ってしまおう。
そう考えていたのだが……
「よし! それでは良い機会だし、魔石の回収をやってみようか?」
そうは問屋が卸さないようだ。
だが、もしかしたら僕の聞き違いの可能性もある。
薄氷より薄い可能性ではあるが、聞き違いの可能性はある筈だ。
「よし、ではまずはゴブリンからだな」
どうやら聞き違いの可能性はないようだ。
更に言えば、「まずは」と言う言葉から察するにオークもやる事が決定しているようだ。
つい先程、メーテとウルフには逆らわないと誓った弊害が早くも訪れる。
「始めは難しいと思うから、アルがナイフを持って、それを私が支えて解体していくからな」
そして、ご丁寧にも安心安全のサポート付き、と言う名の強制のようで、僕に逃げ場はないらしい……
「……アル、なんか目が怖いぞ?」
「……クゥン」
あの後みっちり数時間かけて、きっちりゴブリン五匹とオーク一匹の魔石を回収させられた僕。
「こわくないですよ」
「そ、そうだな、こ、怖くないかも知れないな。
で、でもメーテはいつものキラキラしたアルの目が好きだなー?」
「このめですか?」
「わ、分かったからその目を辞めてくれ!」
「クゥ――――ン!」
死んだ目をした僕を見た一人と一匹。
一人と一匹は、悲痛な声と共に、怯えた表情を浮かべるのだった。