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淡雪

今回は三人称視点です!

「泡沫、それが消えるその日まで〜♪」

「不思議な歌だね」


 彼女が何となく歌ったその曲を、湖上に居た小柄な少年は褒め称える。


「お? そうか? ……褒められるなんて……いや、人と話すなんて、何年ぶりだろうなァ」


 そう言って、彼女は遠い目をする。彼女は今朝、昔の仲間である星熊 勇儀と話をしていたのは覚えていない。ついでに言うなら、彼女が幻想郷に引き込まれてから三年。毎日欠かさず誰かと話したりしているのも、よくは覚えていない。


 彼女の鮮明に覚えていることは二つ。自分の名前と、昔の嫌な記憶のみ。彼女は妖力を扱うことができない。

 それ故か、彼女は妖怪の中では劣る存在。

 だが、彼女は彼女なりに武器を持っている。

 それは、圧倒的な筋力。


 近接戦闘に特化した彼女の名は『鬼神 破月』。

 彼女の趣味は、遠距離から攻撃してくる奴を素手でぶっ飛ばすこと。それ故か、異変を起こし、霊奈にボコボコにされたことは記憶に新しい。


 だが。彼女は、妖怪としての格は低いが、身体能力では龍神を遥かに超える力を持つ。

 鬼としての格は、世界で最も高いというわけだ。

 ちなみに、戦闘技術は体に染み込んでいるので、彼女は修行したことも覚えていないが、自然と出てくるものであることは明記しておこう。


「……なんでついてくる?」


 今日こそは紅魔館の魔法使い(紫もやし)にリベンジを果たそうと思っていたのに。そんな顔で、湖上に居た少年がついてくることに破月は不服そうな顔をする。


「いいじゃないか。君の力が見てみたいんだ」


 そうは言うが、この少年が戦闘をあまり好まない性質(タチ)であることを破月は鬼特有の感性でなんとなく理解していた。


「……ふん。勝手にしろ」


 少し嫌だが、無理やり引き離すほどでもない。

 破月はそう判断し、紅魔館で既に倒した赤いのを乗り越え、門をぶち抜いて広い庭に入る。


「ほー……ここの紅魔館……広いね」

「……そうか?」


 この幻想郷では、建物が大きいことなんて当たり前。……というか、破月は外の世界を見てみたいのだが、宿敵(霊斗)にいくら言っても聞き入れてもらえない。

 それは、霊斗には破月が空間の狭間に迷い込みそうで怖い、という不安があったからなのだが……。


 建物の大きさに話を戻そう。

 この幻想郷は、確かに様々な物が大きい。人里は魔法の森に隣接するほどだし、博麗神社の隣には東京ドーム7個分の闘技場もある。寺子屋なんて現実世界の小学校となんら変わらない。

 迷いの竹林は拡大し、永遠亭のさらに奥地にまで広がっている。


 なんでも売っていることで知られるようになった香霖堂は、連日大賑わいで近々コンビニエンスストア並みの店になることも見込まれている。

 とにかく、なんだって大きいのだ。どれもこれも、霊斗によってもたらされた富や力が原因なのだが。


 だが、破月は知らない。なぜなら、比較する物がないのだから。

 だからこそ、破月は湖上に居た少年……淡雪と仲良くなることが出来た。

 興味津々に様々なことを聞く破月に、得意げに答える淡雪。


 会話の内容だけ聞けば、仲のいい2人の幼稚園児と言ったところだろうか。……まあ、年はお互い、幼稚園児には程遠いのだが。

 やがて。銀髪の少女を乗り越え、破月は図書館の扉を開く。


「まったく……本泥棒(魔理沙)が来なくなったと思ったら、次はあなた? なんだってこんなに被害受けなきゃいけないのかしら……」


 紫もやし……もといパチュリー・ノーレッジはそう言うと、魔法陣を展開する。

 そこから伸びてくる鎖を破月は軽々と避けるが、パチュリーの手勢の1人により、破月は鎖に捕まる。


「放せ!!」


 破月の足には、赤い髪の小悪魔……通称「こぁ」がガッチリと掴まっていた。


「ナイスよこぁ。さて……覚悟は出来てるかしら、鬼神さん?」

「はぁ……あんたには手荒くできない自分が憎いよ……」

「いい根性してるじゃない。新しい魔法の実験台になってもらうわ」


 パチュリーはそう言うと、破月に対して魔法陣を纏った腕を向ける……が、その腕は凍結させられ、魔法の発現も封じられた。


「……っ! 見ない顔ね」

「これ以上彼女に手を出そうとするなら、僕も本気でやりますよ」


 威嚇する淡雪に対して、パチュリーは少しだけ息を飲み、こう続けた。


「……いいわ。あなたに免じて許してあげる。ただし、これ以降は絶対に許さないから!!」


 パチュリーはそう言って引き下がり、破月を捉えていた鎖を消滅させる。

 その途端、破月は激昂し、淡雪に殴りかかった。

 予想外の襲撃に、動揺し、対処が遅れる淡雪。

 パチュリーはそれを見ながら、ズズズと咲夜のいれた紅茶を啜った。


「うわぁっ!!」


 殴られるのに対し、不用意に手を突き出した淡雪は、鬼神の名を冠する圧倒的な腕力に無情にも腕をたたき折られた。


「ざけんなあっ!!」


 ワンテンポ遅く、破月はそう叫ぶ。破月の回し蹴りは大図書館の壁を貫き、その衝撃と共に淡雪は吹き飛ばされた。


「ぐっ……! なんなんだよ急に!!」

「人の喧嘩に口出しすんじゃねぇ!!」


 その怒号と共に、空中でブレーキをかけた淡雪は、破月のかかと落としによって湖へと叩きつけられた。


「ガハッ!!」


 淡雪は湖に叩きつけられ、空気の塊と共に、血を吐き出す。千切れた腕は氷によって補完されているが、このスピードは厄介だ。ついていけない。

 水面にぶつかる威力は、高いところからだとアスファルトにも負けないという。

 破月は空中で脚力を用いて淡雪の沈んだ場所を睨みつける。


 突如。破月の背後から空間すらも凍結する音が響き渡る。


「そうこなくっちゃなァ?」

「なんで僕が喧嘩してるんだよ……!」


 悪態をついた淡雪に対し、赤い閃光にも例えられる力が、速度が、一閃。


「グフッ!!」


 天魔にすらも負けないその速度は、淡雪の息をつく間も与えない。

 だが。


「……仕方ない。本気を出すよ」


 下半身を失ってなお、笑みを絶やさないその態度に、今まで本気ではなかったことを表す言葉に、破月はカチンときた。


「ガアッ!!」

「凍結『空間凍結』」


 破月の拳が、淡雪にぶつかる直前で凍結した空間で作られた氷の障壁に止められる。

 そのまま、障壁は破月を囲もうとその数を増やす。

 破月は囲まれるのを防ごうとして、氷の障壁に自分の手が凍結していることに気がついた。


「ラアアッ!!」


 淡雪からの、氷を纏った弾幕。

 散弾の如きそれを、破月は全て一身に受けた。


「な……!」


 自分のしてしまった光景に、淡雪が覚悟しようとしたその時。

 淡雪は、絶句した。


「悪いな。オレァ怪我しないんで」


 怪我をしない、と言えば語弊になる。

 彼女の能力は衝撃を発生させる程度の能力。

 自らの持ち前の筋肉を収縮し、それを解放することで衝撃を発生させる。

 空中をポンポンと跳ぶのは、衝撃による威力。

 弾幕を受け切ってなおケガを一切していないのは、衝撃が弾幕を消してしまうから。


「……なるほど、少々手強い相手になりそうですね。凍結『クロックロック』」


 破月は淡雪がそう言いきる前に動く。

 淡雪による時間の凍結。

 それを受け、破月はまたしても静止する。淡雪はそのまま大量の弾幕や、持ち前の大妖怪特有の攻撃力で時間が停止した破月にダメージを与える。

 さらに距離を取ったところで、時間の凍結が解除された。


 凍結した時間の分のダメージが、ツケのように一気に破月にぶつかる。

 だが、またしても破月は無傷だった。


「いったい、どうやって……!?」

「んー……今の、なかなか良かったよ。うん。けどまあ、ちょっと足りないな」


 微妙そうな顔をして、破月はそう応えた。


「悪いけど、今の攻撃じゃオレは倒せないぜ?」


 その言葉に、淡雪は次の行動を決める。そして、眼下に広がる凍結した湖を見て、決行する。


「降参です」


 そう。これで良いのだ。そもそも、淡雪は戦うのは好きではない上に、この戦いだって自分が何故戦っているのかわかっていなかった。だから、これで良いのだ。


「……ああ。悪かったな、勝手に始めちまって」


 申し訳なさそうに、破月は呟いた。それを神社から能力で見ていた霊斗は、まるで孫の成長でも見るかのように、優しく微笑んだ。

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