1章 レスターの戦い方
「それでは位置について」
審判がそう言ったあと、俺たちは一言も喋らずに指定された位置に移動した。戦いの前に話すということは余りしないようにしている。相手の言葉に惑わされ、動きが鈍くなってしまうことがあるからだ。
「始め!」
そう審判が言ったあとすぐに攻撃を仕掛けることはせず、相手の出方を待った。自分の動きに相手が対応する前に叩き潰す戦い方を俺は余り得意としていない。いや、俺というよりも俺の流派といったほうが正しいだろうか?俺の流派は、どちらかといえば相手の意識の隙を突き、細やかな攻撃を重ねていく戦い方で、殺すことよりも動けなくさせることに焦点を置いている。
そのため、狙いは必然的にカウンターとなるのだが…
「どうした?来ないのか?」
これは実践(殺し合い)ではなく、あくまで試験である。さらに相手は防御に特化している大盾であり、あちらは試験管の立場である。受験者の力量を見極め、合格か不合格かを決める必要があるので、受験者に攻めさせなくてはならない。
(仕方がない…こちらから行くか…)
レスターは一瞬にして先ほどまでの考えを取り消し、新たなプランを考えた。
そして…
自身の膨大な魔力を体にまといながら駆け出した。魔力を体にまとわせているレスターは馬よりも速く、巨人並みの腕力を併せ持っている。その強化された体のまま自らの剣を相手の大盾に叩きつけた。
「ガギィィィィィン!!」
甲高い音が辺りに響き渡り、その凄まじい衝撃を物語っている。その衝撃をまともに受けてしまった男はたたらを踏み、一瞬俺を視界から外してしまった。その瞬間を見逃さず、俺は魔力と気配を同時に絶った。男は慌てて周りを見渡すがすでに俺は後ろに回り込んでいた。そして俺は男の背中に向かって剣を突き出した。
「それまで!!」
静まり返った訓練場に決着の声が響き渡った。
「いやーまいったまいった。完全に俺の負けだ」
男は大盾を背中に背負いながらそう言った。負けたというのにとてもすがすがしい表情をしていた。まるで今までいきずまっていたことが突然解決したかのように。そして、男は妙に機嫌がいいまま自身の大盾をしまいに帰っていった。
俺が不振に思っていると、審判をしていた男がこちらに話しかけてきた。
「どうしてウェイドさんがあんなに嬉しそうにしているのかが不思議ですか?」
どうやらあの男の名前はウェイドというそうだ。
「そうですね…普通僕みたいな若造に負けたなら相当悔しがりそうなものですが…」
今、そのような気配を全くと言っていいほどに感じない。
「ウェイドさんは心配だったんですよ。最近のギルドに来る新人たちは魔法にばかり頼っていてウェイドさんとまともに打ち合える人はいませんでした。そして魔法を使える者はウェイドさんが魔法を使えないことを知ると威張り散らすような人しかいませんでした。そんな中あなたという魔法に頼らずに自分に勝利した新人が現れて悔しいという想いよりも、嬉しいという想いが先行したんでしょう」
「なるほど…確かに今の魔法至上主義の風潮が強い中で魔法を使うことができないというのは大きなハンデとなりえますからね。僕も魔法は初級しか使えないのでその気持ちはよく分かりますよ…」
レスターも初級魔法しか使えないため、その気持ちはとてもよく分かった。
この世界において、魔法に頼らず、自らの技術のみで戦う人は少なく、百人に一人もいない。命がとても軽いこの世界において、敵の近くに居座り、注意を引き付ける前衛はもはや危険を通り越して無謀と思われている程である。そのため、魔法が使えないと分かった者は、命を失う危険性が高いギルドへの登録をすることはない。しかし、何事にも例外というものはあるもので、自らの夢を捨てられなかった者や一攫千金を狙うものがギルドに登録にくるのもまた事実である。
しかし、そのような者は自らの実力を理解していないので、死傷率がとても高い。そのため、ギルドでは実力を測るため、引退した人達に依頼をして新人の実力を測っているのだ。
そうして審判だった人と話していると、クティルがこちらに駆け寄って来た。
「す、凄かったよ!さっきのどうやったの!?」
「ん?ああ、さっきのヤツはコツさえ掴めば結構簡単に出来るからクティルもやってみる?」
「え?いいの?」
「大丈夫大丈夫。特にクティルだったらすぐにできるようになると思うし、このくらいの技だったらいくつか持ってるからね」
「おう!坊主!その話俺も聞かせてもらっていいか?」
俺がクティルに技の説明をしようと思っていたときに先ほどの男が来た。
「ええと…ウェイドさん…でしたっけ?」
「ああっと…そういえば名前を教えてなかったっけか。俺はお前の言う通りウェイドって名前だ。さっきの審判やってたこいつの名前がサムラスだ。一応ランクはBを持ってる。よろしくな!」
「こんな感じなので敬語とかはしなくていいですよ」
(サムラスさんから許可をもらったから少し言葉を崩していこうかな?まあ少しくらい失礼でもこの感じだったら大丈夫か)
「じゃあ少し崩させてもらいますね。僕の名前はレスター。できれば坊主は辞めてほしいかな?あと先ほどの技を教えるのはいいけどたぶんできないと思うよ?」
さすがに精神的にはが二十歳を超えてる身としては坊主と呼ばれるのに抵抗がある。
「おう!俺も使えるとは思ってねえさ。ただ、どんな原理でやっているのかが気になっただけだ。原理が分かれば対策が浮かぶかもしれないからちょいと知りたいだけだ」
「分かった。それだったら俺も止める理由は無いな」
そうして、俺は自分の技に興味を持ってくれたことに若干の嬉しさを感じながら説明に移った。