0章 彼が森にいた理由
「なんだこいつは!!」
三十を過ぎた小太りの男がゴテゴテの装飾をされた部屋の中でそう叫んだ。
「お、落ち着いてくださいませ旦那様」
メイドが落ち着かせよう駆け寄り、必死になって説得しようとしたが
「黙れ!!」
男はまるで茹でたタコのように顔を真っ赤にさせて癇癪を起こした子どものように喚きメイドを突き飛ばした。
「きゃあ!!」
突き飛ばされた衝撃によってメイドは倒れてしまい尻もちを着いた。
しかし、男はそれを気にした様子も無くまだ立つことすら出来ない赤子を睨み付けている。
すると男は突然ハッと何かを思いついたような顔をするとメイドに向かってこう言い放った。
「おい、お前。確かこの近くに森があっただろう」
「は、はい…」
メイドはその言葉に一抹の不安を覚えながらも肯定を示した。
「そこにこの役立たずを捨てて来い」
えっ…
メイドは頭が真っ白になった。
幾ら魔法の適正が少ないとはいえ自分の息子を捨てて来いとまで言うとは思わなかったからだ。
「だ、旦那様!どうか、どうかご再考をお願い致します!!」
メイドは今にも詰め寄らんばかりに声を張りながらそう懇願した。
「ほう…私の言葉に何か不満でもあるのかね?」
そう言われてしまってはメイドになす術は無く主人である男の言葉に従うしか無かった。
「申し訳ございません!申し訳ございません坊っちゃま!!」
メイドは何度も何度も繰り返し謝った。自分が主人を止められなかったことを悔やんでも悔やみきれなかった。
メイドはこの赤子の世話係だった。産まれてから今日までの間ずっと彼女一人で世話をしていたため、情が移るには十分な時間だった。
メイドは我が子に最後の愛情を与えようと優しく、丁寧に頭を撫でた。
そしてメイドは森の入り口に着いた。
(…此処にはあの有名なお方が住んでいるとの噂です。旦那様は信じておられませんでしたが私は一度だけ此処でお会いしたことがあります。もし、まだあの方が此処にお住みになられていたら…)
「ミラージュ」
メイドは赤子を立派な布に丁寧に包み込んでから対象をで幻影纏わせる魔法を使った。
そして、最後に赤子の額にキスを落とすと涙を流しながら立ち去って行った。