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世界の関係者

星降る夜の君と夢

作者: 樒 七月

 冷たい風が吹く十二月後半の空気が澄んでいる夜でした。

 風の音と波の音だけが響く海岸に二人はいました。

(けい)、シリウスが見えるよ」

「一等星だからね。見えて当たり前ー」

 蛍は夜空を眺めながら言いました。言葉は嫌味を含んでいますが、決して攻撃的ではありません。

 仲の良い人が聞けば、その中に喜びが含まれていることを感じたことでしょう。

 今夜は雲一つ無く、星を見るのに最適でした。新月ということもあり、いつもは見えない星々が良く見えます。

 この海岸には灯台が無いため、星だけが光っていました。

夜宵やよい、今日は六等星まで見えるかも」

 蛍は目が良いので、小さい星まで見えました。それを周りに自慢していました。夜宵も目は良いので、蛍が自慢したくなる気持ちがわかります。

 みんなより多くの星を見ることができることは素敵なことです。みんなが天体望遠鏡で星を見ることが多い中で、蛍は六等星までは目で見ていました。

 二人は、目だけで見るからこそ、星が素敵だと思っていました。眼鏡をかけたり望遠鏡だと、見えなくなってしまうモノがあるからです。

 新月の夜は、海と空は一体になっていました。水平線はほとんど闇に溶けていってしまっていて、境界線が見定められません。どこまでも空が続いているように見えます。

 空に浮かんだ島にいる感覚がしました。

「僕たちだけが世界に取り残された気分かな」

 夜宵は夜空を眺めた後、ゆっくりと海の方へ歩いて行きました。

 一歩一歩、砂に足跡が残ります。

 その足跡に重なるように蛍も歩いて行きました。身長が同じだから、歩幅も大体同じでした。

 スピードが波音のリズムに重なっていました。歩くスピードも二人は同じでした。

「取り残されたというより、僕たちだけの世界って感じがする」

「前向きだねー。うん、その考え方の方が良いね」

「ま、この近辺には今僕たちしかいないわけだけど。光がなくて星が多く見える」

 蛍は星を指差しながら歩きました。

 北極星を中心に、北斗七星を見つけて繋げていきました。二等星と三等星の北斗七星は見つけやすいのです。線を結ぶと、柄杓ひしゃくの形が表れました。

「北斗七星って、柄杓でもあるけどおおぐま座の腰から尻尾なんだよね。柄杓は分かるけど、熊って」

「星座って発想が凄いと思う。点を線で繋げた形を見立てるっていうのが」

「無理矢理な感じもするけど。シリウスっておおいぬ座だし」

「うん。おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスで冬の大三角って言うくらい有名だね。ちなみに、おおいぬ座のシリウス、オリオン座のリゲル、おうし座のアルデバラン、ぎょしゃ座のカペラ、ふたご座のポルックス、こいぬ座のプロキオンで冬のダイヤモンドって言われてるけど、これは三角形と六角形だから分かりやすいね」

 夜宵は三つの星で三角形を描いた後、シリウスから反時計周りに六つの星を繋げて六角形を描きました。ただ線を繋げただけですが、星座よりは分かりやすいのです。それぞれの星は星座の一部ですが、その星座の線は犬や人には見えません。

「星座ってさ、占いにも使われるけどさ」

「人の運勢を十二種類だけで決めるって凄いと思うよ」

「全員に当て嵌まらなくても、誰か一人でも当たっていれば良いってことじゃない?」

 二人は顔を見合わせて笑いました。

 十二種類しかないのですから、誰かには当て嵌まります。昔の言葉で、『当たるも八卦当たらぬも八卦』ということものがあったりします。

「文化祭を思い出すね」

「君の高校の部員に協力してもらった星占いのこと? 女の人に人気があったね」

 二人が出会ったのは違う高校での文化祭でした。近くの高校の地学部という部活が集まって一緒に作品を作りました。その中に、夜宵と同じ高校の部員のお母さんが有名な占い師で、そのお母さんに占ってもらったという星占いのコーナーがありました。星座のお話しと一緒に紹介されていた占いは人気がありました。

「そういえば、プラネタリウムの上映で、『星は自然の芸術』ってあおいが言ってたね」

「そうそう。星はさ、誰かの夢かもしれないって。流れ星ってその夢が叶うから流れるのかもって」

 蛍は笑って、文化祭の時の葵と同じように星空に手を伸ばしました。プラネタリウムの時は暗幕に映った星でしたので、触れることができました。

 本当の星には手が届きません。

「『夢だからこんなに綺麗で力強いんだ』。君はそう言ったよね」

 夜宵は蛍を見て、笑いました。

 あの時はプラネタリウムでした、今は本物の星を見ています。本物の星は、一層綺麗で力強く感じられました。

 蛍は波打ち際まで小走りで行きました。夜の海は黒く、全てを呑み込んでいってしまいそうでした。

 永遠の闇です。空なのか、海なのかわかりません。天なのか、地なのかもわかりません。今、どこに立っているのかわからなくなりました。

 蛍はその闇の中に何か光る物を見つけました。

「あれ、瓶だ」

 波が去った後に残ったのは、一つのガラス瓶でした。蛍はそれを次の波までに素早く拾い上げました。

 透明で無色のガラス瓶です。ドレッシングポットに似ていました。コルク栓がしてあり、中にビー玉が二個入っています。

 夜宵は横からその瓶を覗き込みました。

「ドレッシングポットじゃないみたいだね。ラベルもないし、デザインが凝ってる」

「なんか温かいよ、コレ」

 蛍は手に持った瓶を指しました。夜宵はガラス瓶に手を当てました。確かに温かかく感じました。

 冬の夜の海に浸かっていたのに温かいのは不思議でした。

 二人は瓶をじっと見ました。ビー玉が微かに光っているように見えます。

「ビー玉が光っている? 蛍、開けてみようよ」

「! コルク栓が浮いてきた」

 蛍の声と同時に、コルク栓が上へと移動してきました。キュッキュッいう音と共に、だんだんと上がってきます。

 瓶の隙間からは光が漏れて来ました。

 淡い、青白い光でした。ガラスを通して見るより強烈な光でした。

「これ、星に見えない?」

 夜宵はゆっくり開いていくコルク栓を見て言いました。

「じゃ、誰かの夢ってこと?」

 瓶から漏れるだんだん光が大きくなっていきます。

 コルク栓が外れると、光は浮かび上がって消えてしまいました。周りはまた暗くなりました。

 瓶の中に残ったのは一つのビー玉でした。

「このビー玉は蛍の夢だよ」

 夜宵はきっぱりと言いました。

 蛍が両手で包んだ瓶の中に見えたのは、青みがかった透明なビー玉でした。ビー玉が光っているように見えます。

 夜宵にはただのビー玉とは思えませんでした。

「僕の夢、ね。じゃあ、さっきのビー玉は夜宵の夢だったわけだ。星だから、空に行ったのかも。この瓶とビー玉は夜宵にあげるよ」

「なんで? 蛍の夢なのに」

「だから。僕の夢だから。残ったということは流れてきたっていうことで、夢が叶ったから流れてきた、ということだろ? じゃあ必要ない」

 蛍は咄嗟に掴んでいたコルク栓をガラス瓶に被せました。

「蛍の夢って何?」

 ガラス瓶を上げてビー玉を見つめていた蛍は、夜宵の方を向きました。口には少しの笑いを浮かべています。

「秘密」

「えー教えてよ」

 夜宵は真剣な顔で蛍を見ました。蛍は笑みを返した後、ガラス瓶を振りました。

 カラン、と音が響きます。

 ガラス瓶の中のビー玉は、まるで星のようでした。色も青から薄い黄色に変化しています。

 人工的な星のようでした。それでも、綺麗でした。

「また今度ね」

 蛍はガラス瓶を夜宵に渡しました。夜宵の手の中で、月色のビー玉がひっそりと光っていました。

 まだ、夜は明けません。

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