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step.1 ランキングに登録しよう!

 私の名前は東雲かなえ(しののめ かなえ)。

 私の両親は、私に夢を叶えられる人間になって欲しいと願い、『かなえ』と名付けた。

 私は、そんな自分の名前が好きで、夢を叶えられるように努力してきた。

 でも、がむしゃらに努力していた最中に、ふと考えてしまった。

「私の夢って、なんだろう?」

 そう、私には夢がなかったのだ。

 かなえたい夢がない私は、努力を忘れ、無気力になり、そして、自分の世界に引きこもった。

 何をするでもなく、何かに夢中になるわけでもなく、ただ無為に時間を過ごす日々。

 気がつけば、私は二十二歳。

 中卒、職歴無し、特技無し、友人無し、恋愛、なにそれ美味しいの?

 ああ、最後に笑ったのはいつだっけ。

 まあいいや、寝よ。

 お昼寝の時間だ。

 私は、つい三十分ほど前まではいっていたベッドに再び潜り込む。

 その時だ、私の――本来の役割など果たしていない――スマホが、急に震えだした。

 放置しすぎて壊れたのだろうか?

 恐る恐る近づき、画面を見るとそこには、


 『かなえランキング』アプリをインストールしています。


 ……はい?

 『かなえランキング』って何?

 て言うか、そんな訳の分からないアプリ勝手にインストールしないでよ!

 何? 何なの? コンピューターウィルス?

 てか、『かなえランキング』の『かなえ』って私のこと!?

 私の頭の中が、疑問符で埋め尽くされる。

 更に……、


 『Dr.シノのかなえ☆トレーニング、略してかな☆トレ』アプリをインストールしています。


 Dr.シノって、誰よ!

 いったいどうなっているの!?

 てか、アプリ名長すぎでしょう?

 頭がこんがらがって、とうとう突っ込むポイントがおかしくなってきた。

 あちこち弄くってみるがキャンセルが効かない。

 そして、勝手に『かな☆トレ』のアプリが立ち上がった。

 スマホの画面が暗転し、理解できないプログラムコードの羅列が画面を走る。

 それが消え、画面が明るくなると、テレビ電話のような画面が映し出された。

「おー、成功した!? やっぱり、私って天才だわ!」

 通話口から、若い女性の声が聞こえる。

 ハキハキとして、自信に満ち溢れている声。

――私とは正反対だ。

 そして、画面上に現れたのは、白衣を着たショートカットの若い女性だった。

 明るいブラウンの髪は、艶やかな光を湛えおり、毛先がクルリとはねている。

 キリッとした眉に、縁の赤いメガネを掛けており、パッチリとした瞳は知的な印象を漂わせていた。

 唇には薄くリップをひいていて、艶がある。

 口角は上にすっと延びており、笑顔のようを湛えている。

 誰なんだ、この美人は……?

「はろーはろー、聞こえるー? あれ、聞こえてないのかな……」

 画面の向こうの美人が話しかけてくる。

 これ、テレビ電話なの!?

 ど、どうしよう、誰かと話すなんて何年ぶりだよ!

 声の出し方、忘れちゃったよ!

「うえぇ、失敗とか有り得ないよ……。 あ、筆談すればいいのか! いやいや、その前に画面見えてるのかな……。計測器の数値は繋がっている事を示しているけど……。どうしよ、不安になってきた……」

 画面の向こうの美人は、髪をかきむしり、落ち着きなく、うろうろし出す。

 なんだか申し訳ないので、私は勇気をだして、スマホに向かって話しかける。

「あっ、あのう! き、きこえてまう!」

 私は、たったの一言なのに、噛んでしまう。

 きこえてまうって、関西弁か!

「お? おおー!? マジで! やった、やったー! いやー、きっと初めて電話の発明をした時も、こんな感じだったんだろうなぁ……。 うっ、感動して、涙が……」

 なんか美人さんは勝手に一人で盛り上がってるし……。

「あの、あなた、だれですか? 人のスマホに変なアプリ入れたのはあなたですか? 一体何のつもりなんですか?」

 はい、実際はこんなにスラスラ言えてません。

 何度か聞き直されて、ようやく、私の言いたいことが伝わった次第です。

「あー、はいはい、落ち着きなさいって。コホン、それでは答えてあげましょう。私の名前はDr.シノ! またの名を東雲かなえという者よ!」

 え? 何この人、からかっているの?

「あなたは私をからかっているのですか? 東雲かなえは私です。同姓同名と言うことですか? Dr.シノがまたの名ではないのですか?」

 数テイクやり直し、頭の中がグチャグチャになってきたところで、ようやくこれだけのことが伝わりました。

 生きててごめんなさい。

「もうっ、質問ばかりで話が進まないじゃない! しかも何回噛んでるのよ……。わかったから、大人しく聞いてなさい。私の名前は東雲かなえ。――平行世界のアナタ、のうちの一人よ。今日は、アナタを変えに来たの。――はい、ストップ、まだ私に喋らせてね。私は平行世界の可能性について研究してて、二年前、ついに平行世界が存在する事を証明したのよ! そして、半年後に、他の世界を観測することに成功した。……ちょっとはおー! とか、すごい! とかの反応がほしいんだけど……。て言うか、こっちからはまだアナタの映像が映ってないんだよね。アプリの右上に設定ってない?」

 いや、十分驚いている、って言うか、夢だよね、コレ?

 ものすごい勢いでまくし立てるシノ――かなえって呼ぶのは抵抗があるので――に従い、アプリの設定を弄る。

 ずらーっと、並ぶ膨大な数の項目に、思考が停止する。

「あの……、いっぱい、あって……、わからない……です……」

「あー、映像って所の、ビデオ通話を許可する、ってやつ。それを許可にして」

 シノは、キーボードを忙しなく叩きながら、複数のモニターに目を配る。

 映像……、あった。

 ビデオ通話を許可する……、これか。

 なんかいやだなぁ……。

 私は不安になりながらも許可にチェックを入れた。

「お! きたきた! あっ…………。うん……、覚悟はしてたけど……。クるものがあるね……」

――何か、物凄く失礼な態度を取られた気がした。

「え、えっと……、話を戻しましょうか! そうそう、平行世界の観測に成功した結果、色々なことがわかったの。特に、その中でも私の興味を惹いたのは、ある一人の人間に注目して、地位や職業、交友関係、エトセトラ……をポイント化し、平行世界間での平均ポイントが高ければ高いほど、その人物は優秀で、後世に名を残す可能性が高いという法則。名付けて『クラス対抗大縄跳び競争の法則』よ。簡単に言ってしまえば、足を引っ張る人間がいなければ、より多く跳べるでしょ、って事。そこで、私は足を引っ張っている『東雲かなえ』を特定して、そいつに干渉する事にしたの」

 ここで胸がどきりとする。

 流石の私でも、シノの言わんとする事は理解できた。

 数年ぶりに感じる敵意のようなもの。

――シノは、私が邪魔なんだ。

「いやー、全部の『東雲かなえ』をポイント化するのは骨の折れる作業だったわ。一年かかったもの。そして、それをランキング化して、ついに最下位を特定したのよ……。それが……」

「私……、なんでしょ? ぐすっ、だから、あなたは私のことが邪魔で、こうして接触してきた。わ、私のこと、殺すの……? ひっく、……いいや、それでも。どうせ私なんか、生きていたって何にもならない! いいわよ、死んでやるわよ!!」

 悲しくて、腹立たしくて、感情が爆発する。

 私はぼろぼろ涙を流す。

 自分でも、こんな人生に何の意味があるんだろうって思っていた。

 それを、まさに『私』に言われたんだ。

 『私』すら、私を見捨てたのなら、誰も私の事など、必要としないだろう。

 それなら、いっそ……、

「ちょっ! 待ってよ! ごめんてば! だから、落ち着いて……? あのね……、最下位がアナタって言うのは正解なんだ。言い方がわるかったのかな……、ブービー賞?」

 シノが慌てながらフォローしようと頑張っている。

 だけど、それ、フォローになってないから……。

「それでね……、邪魔ってのは大ハズレ。アナタこそが、私の希望の光なのよ」

 シノは優しそうな笑顔で、私に微笑みかける。

 私が……、希望の光?

「えぐっ……、でも、さっきは足を引っ張ってるって……」

「あーっ! それは言葉のあやと言うか……、うまい例えが思いつかなかったのよ! 足を引っ張るということは、その子が跳べれば、もっと記録が伸びるって事でしょ? 私がしたいのは跳べるようになる手伝い。一緒に頑張りましょうって事なのよ」

 不器用だけど、シノなりに私のことを気遣ってくれている様子が窺える。

「ぐすっ、じゃあ……、私は生きていてもいいの?」

「馬鹿なこと言わないで。生きていて貰わなきゃ困るのよ。……私たちの為にね」

 シノは、パチリとウインクをする。

 その顔は眩しくて、つい憧れてしまった。

――私も、こんな風になりたいって。

「なんだ、そんなに良い顔もできるんじゃない。これなら、前途有望ね。それじゃあ、ここからが本題。『かなえランキング』最下位のアナタには、これから、私の指導のもと、トレーニングを受けてもらいます。トレーニング、と言っても、とっても簡単! 『私』という攻略本を片手に、現実というゲームのミッションをクリアしていけばいいだけ! それだけで、アナタの夢を叶えます! それがこのアプリ――『かな☆トレ』よ」

 シノが胸を張ってアプリの説明をする。

 しかし、アプリ自体の説明がよくわからない。

「つまり、あなたと……、会話をする……、アプリって事?」

「そうだ、って言いたいんだけど、平行世界間でのビデオ通話ってコストがハンパなくかかるのよ……。今こうして会話しているだけでも、秒単位で恐ろしい金額が飛んでいっているわ……。実際、アプリ二つ飛ばすだけで、南米の島がまるまる一つ買えちゃうくらいの金額が吹っ飛んだもの。そんな事していたら研究費があっと言う間に底を尽きるから、普段は私の思考をそっくりコピーした人工知能が、アナタをサポートするわ。これの容量を圧縮するのがどれほど大変だったか……。まぁ、それは置いておいて……。取りあえず最初だから、もう少しだけ、私がアナタに付き合うわ。一旦、このアプリを閉じて、『かなえランキング』を起動して。ああ、映像は消えるけど、通話状態のままだから安心して」

 シノは、私の台詞の何十倍もの量をすらすらと口にする。

 それは、感心を通り越して、驚愕さえ覚えるレベルだが、やはり、あちこちで論文の発表とかをしているからなのだろうか?

 それとも、ただ単にお喋りなだけなのだろうか……。

 到底、自分と同じ遺伝子で構成されているとは思えないのだけど、人格を形成するのは環境が大きいのかなぁ、っと、アプリ、アプリ……。

「これ……、かな……?」

 私はスマホを操作し、『かな☆ラン』と描かれた見慣れないアイコンをタップする。

 すると、どこかで見たことのあるフォントで『かなえ☆ランク』と題されたタイトル画面が表示された。

「起動……、しました……」

「おーけー、そしたら、画面をタップすると、初回登録画面に移るから、その指示にしたがってね」

 私はシノに言われるまま、画面をタップし、登録画面を開く。


 ようこそ、東雲かなえ。

 まず、最初にいくつかの質問に答えてください。

 アナタの年齢はいくつですか?

――二十二歳。

 アナタの職業はなんですか?

――無職。

 アナタの特技はなんですか?

――特になし。

 友人の人数を教えてください。

――ゼロ人。

 過去、現在で付き合った恋人の人数を教えてください。

――ゼロ人。

 最後に、アナタの夢を教えてください。

「……ッ! そんなの……」

――あるわけない。


 私は質問をすべて埋め、次へとかかれたボタンをタップする。


 続いては写真撮影です。

 フロントカメラに向かって、ニッコリ笑ってください。

 3、2、1、……ではなく、はい、チーズにしましょうか。

 はい、チーズ、……といったら撮りますからね。

 はい、チーズ!


 カシャッ、という音がして、画面に、自分の顔が映し出される。

 うっ……! これはひどい……。

 艶やか……、ではなく、脂でベタついた伸び放題の黒髪は、あちこちデタラメな方向にはねている。

 もっさりした眉毛は八の字を描いており、腫れぼったい瞼はやる気の無さそうな雰囲気を漂わせている。

 唇はガサガサでひび割れており、血がにじんでいる。

 口元はひきつっており、笑顔……、ではなく、なにか企んでいるような表情だ。

 誰なんだ、この人……。

 わたしだ……。

 シノが最初に見せた反応の意味がようやくわかった。

 これが、同じ自分とは思いたくないのだろう。

 私もできるなら、思いたくない……。


 お疲れさまでした。

 データーを送信しています。


 ああっ、せめて撮り直しを……、いや、無駄か……。

 私はやるせない気持ちのまま、送信画面を眺める。


 データーの送信が完了しました。

 データベースに接続しています。

――接続成功。

 アナタの総合ポイントを元に、順位と初期ランクが確定しました。

 発表します。

 『東雲かなえ』さん

 総合ポイント 二百十六点

 順位 五千七百十一位

 ランク G

 称号 『かなえ☆ガンバ!』


 残念賞みたいな効果音が流れる。

 はい、知ってました。

 だって、シノが私の事、最下位だって言っていたし。

「結果がでたようね。……大丈夫! ここからアナタの快進撃が始まるのよ! 目指すはSランク――『かなえ☆ゴッド』よ!」

 えっ!? ゴッド? 神さま!?

「そ、そ、そんな……、Sランクとか言われても、……どうすれば、いいんですか……?」

「ま、まぁ、最初はFランクの『かなえ☆パンピー』を目指してみて! ちなみに、パンピーってのは一般ピープルの略で……、あっ、いけない! スポンサーとの会談の約束をすっかり忘れてた! ごめんね、かなえ! 私もう行かなきゃ! そう言うわけで、後のことは私の人工知能、もとい、『人工妖精シノちゃんVer.1.5』に任せるわ。『かな☆トレ』に同梱してる『人工妖精シノちゃんVer.1.5』を起動してね。それじゃ!」

 プツッという音がして、スマホは静かになった。

 呆気にとられたままの私は、待ち受け画面に戻ったスマホをぼけーっと見ていたのだった。

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