彼氏と一緒にVS元カノ! 前編
女性の悋気、嫉妬してなじるイベントがダメな方は回避推奨。
今回いつも以上に生っぽい話になってます。
ついでに。
発言でミスるのは白樹だけでは無いという話。
それは文化祭開催中の出来事だった。
「キョーヤ!!」
友美ほどではないけれど、そこそこ可愛い女の子が去夜君に向かって一直線に駆けて行ったのが見えた。
背中を向けた去夜君の表情は、こちら側からでは見えない。
一方女の子の方はと言えば、一生懸命何やら話しかけている様だ。
他人のフリが出来るギリギリの距離まで近づいて、集まりつつある他の野次馬と共にその様子を眺める。
彼女の声が無駄に大きいので、事情はあっさり分かった。
彼女、去夜君が中学時代に付き合っていた“例の”モトカノさんだ。
どうやら去年来てた元友人を脅してすかして宥めて(?)、とにかく説得して連れて来させたらしい。
彼女の少し後ろには、困ったような表情の男の子が所在なさげに立っている。
あの子かな?
元カノさん自身は、去夜君の現住所については知らない様で、調べても何故か分からない、誰も知らない、学園で張り込もうとして警備員に帰りなさいって追い返される、で、仕方なく部外者でも入れる文化祭狙いできたらしい。
正直予想外、ではある。
「ねえ、もう一度付き合おう、ていうか付き合って。そうじゃなきゃダメだよ!あたしとキョーヤは付き合うのが正しいの!理想なの!別れるなんて絶対許さないし、そんなの絶対認めらんないから!」
「無理。好きでも無い女と付き合えないし、今彼女いるし」
そっけなく断る去夜君に普段と違う雰囲気を感じたのだろう、周囲がざわざわし始める。
彼をあまりよく知らない人達は、その冷やかな対応に首を傾げたみたいだった。
「彼女って何よ!どうせ口先だけなんでしょ!?焼きもち焼かせたくて言ってるだけにきまってるんだから!ほんとならここに連れて来て見せなさいよ!適当な女見せて彼女だとか言ったって、あたしにはすぐに分かるんだから!」
「…………」
何となく、無言の去夜君が顔を顰めている様子が目に浮かんだ。
それを端から他人事のように見てる私は、こう言っちゃなんだが、とことん傍観者気質なのだろうか?
「……ハア」
引かないモトカノさんに溜息を付いた去夜君が携帯取り出そうとして、斜め後ろにいた私と目が合う。
「いるなら声かけてよ」
「いや、空気読んだつもりだけど」
「その空気は読まなくて良いから」
「誰あんた」
今まで甲高い声でキャンキャン騒いでいた元カノさんのドスの利いた低い声が、2人の会話を遮った。
思わず顔を見合せて、
「俺の」
「去夜君の」
「「イマカノ」」
奇しくも被った。
「何言ってんの、キョーヤはあたしと付き合ってるの!あんたなんか遊ばれてるだけよ!」
「……」
ちらりと去夜君を見ると、何となく情けない顔。
ああうん、こういう子だったの気付いたの、付き合ってから、なんだね?
何となく察した。
付き合う前は自覚の有る無しはともかく猫被ってて、それこそ友美みたいに純情可憐な子に見えたのだろう。
見かけによらず気ィ強いよね、この子。もったいないなあ。
「……とりあえず伝言。空条先輩から至急生徒会室に戻って来いって」
「え、今?」
「うん、今。人手足りなくて忙しいみたいよ」
年度が始まって割とすぐに生徒会に誘われた。
すったもんだした様な、そうでもない様な多少のやり取りの後、私は会計補佐として生徒会入りした。
基本的に忙しい時のお手伝いが中心だったので、本役員程忙しく無かったのが救いか。
というか、他にも使いたい時間あるしでごねた結果もぎ取った地位だったりする。
それでもやっぱり結果的に一緒に過ごす時間は減ってしまって、そのせいでイライラしてた目の前の彼氏さんも、事情を聴いた空条先輩に諭され(悪魔が善良な市民を陥落させる様を見た気がした)仕方なくといった風情ではあったが副会長補佐として(要は雑用だ)生徒会入り。
現在は選挙を経て先輩方はOB化、私達2年を中心に後輩連中がほとんど繰り上がりの様な状態で生徒会を運営している。
あ、ちなみに今期の会長は白樹君じゃないです。というかあいつ代理まで立てて逃げやがったから。
柄じゃないって言ってたけど、本音の所はこれ以上時間取られたくないってとこだろうなー。分からなくも無いが。
ちなみに友美は空条先輩ががんとして生徒会入りさせなかった。
うん、分かるわあ、友美には癒しでいて貰いたいもんね。
で、現在は生徒会が中心になって運営する文化祭真っ只中な訳で。
去年の様子で忙しいのは分かっていたから、引退した筈の先輩達も担ぎ出して去年より人員の多い現在、それでもその忙しさはあまり変わっていないと言える。
ソースは去年お世話になった元役員の女子先輩。
臨時のミーティングの為に一度全員で集合する事になって、たまたま去夜君の見回り担当の近場にいた私が、一緒に行こうと声をかけに来たらこれだよ。
「先輩には私が説明しとくよ。とりあえずカフェテリアあたりで落ち着いて話し合いでもしたら?片が完全につくまでちゃんと“オハナシ”して来なさい。ハイ、チケット」
全学園生徒に配布されるドリンクのサービスチケットを差し出して、にっこり笑う。
……多少目力が入るのはしょうがないと思う。
「怒ってる?」
「怒ってないけどムカついてはいる」
チケットは衆人環境で裏取引できない事を周囲に証明する為と、あまり迷惑掛かるような事するなら出禁にするためだ。
誰が好き好んで彼氏と元カノの修羅場を見に行くか。
ついでに言うなら、別れた経緯を知ってても、元カレカノどうしで長話されるのは本意じゃ無い。
「これ以上ここで騒ぎになる様なら警備員さん呼ぶし、出禁の手続きさせて貰う事になるから」
あくまで事務的に説明しただけなのに、食ってかかられた。
「信じらんない、出禁!?あんたにそんな権限あるって言うの!?」
「この学園は…言い方がアレだけど、セレブの子女がそれなりに集まってるから防犯レベルは相当高いよ。門前払いされたんなら、知っててもおかしくないと思うけど?」
「五月蠅い、この泥棒猫!!」
…………泥棒猫ってずいぶん古い言いまわし。
それに、別れた後にくっついたんだから泥棒はしてないよね?
大体こっちとしては、当初の予定ではくっつくつもり無かったんだし……。
そこまで考えて去夜君にアイコンタクトしてみる。
『例の件言って良いのかな?』
『ダメ』
にっこりされた。―――やっぱダメか。
「何でそんなに余裕なの、やっぱりホントは彼女なんかじゃ無いんじゃないの?ヤキモチも焼かないなんておかしいし、ホントの彼女ならキョーヤがかわいそうだよ!」
「……」
その言葉に少しカチン、と来た。
私があまり妬かない様に見えるのにはちゃんとそれ相応の理由があるのに、事情も知らない人間にそんな事言われたくない、と少しムカっとする。
私だって、思う所が無い訳では無いのだ。
「去夜君人気あるし、“今でも”男女問わず囲まれてるよ。ちょっと話したくらいで一々妬いてたらキリ無い。それに貴女は“モトカノ”さんでしょ?経緯大体知ってるから焼きもち焼く理由ないしね。でもこれが見ず知らずの他人だったら、私自身去夜君の事ずっと惹きつけておける自信無いから、多分普通に焦ると思うよ?」
「信じらんない、バラしたの!?あたしたちの事!」
「こっちにも事情があるんだよ」
うんざりした声で去夜君が言う。
「貴女の事は去夜君から聞いた分しか知らないけど、それでもこの状況を水に流してもう一度楽しくお付き合い、ってちょっと難しいんじゃないかな?……って言うか、楽しいの自分だけじゃ無い?去夜君の気持ち、本当に考えてる?」
顔を顰めて言う。覆水盆に返らずって、知ってるかなー?
「何よ!アンタに何が分かるって言うの!?」
「少なくとも、今正式に付き合ってる彼女の目の前で情熱が盛り上がってモトカノとよりを戻す、なんて気分屋な人じゃ無い事は“知ってる”よ。付き合うにしたって私に一言ちゃんと言ってくれるって、そういうとこ、きちんとした人だって“知ってる”」
彼を“信じてる”んじゃない。
ただ、私は“知ってた”だけ。
だからあまり不安になったり妬かないで済んでる。
同時にそれが“絶対で無い”事も、心の隅っこの何処かにいつでも抱えながら。
「何よ、何よ何よ!何でそんなに余裕なの!?あり得ない!キョーヤだって男の子なんだよ!?あたしみたいにカワイイ女の子見たら、付き合おうって気にならない方がおかしいんだよ!?ねえ、キョーヤ、こんな人止めよ?焼きもちも焼いてくれない人なんて、キョーヤの事ホントはそんなに好きじゃないんだよ!」
「うるさいな、オマエにこいつの何が分かるんだよ、もう帰れよ、皆の迷惑だろ?」
「ひどい、酷いよキョーヤ!!」
いつの間にか出来たギャラリーは、その規模を拡大させていたらしい。
いつになく厳しい態度の去夜君の様子に、周囲の困惑している雰囲気が伝わって来る。
モトカノさんはそれどころじゃ無いらしく、全く空気読んでくれない。ただひたすら喚くだけ。
まあ別に見ず知らずの人に何言われても、今は気にしない。
言いがかりだって分かってるから流すだけだしね。今後会う予定も無いし。
ギャラリーについては、あー……、今後を考えるとうんざりするけど…………出来るだけ意識から締め出す方向で。考えたら負けかな。
「っさいな、なあ、もういいからこいつ連れて帰って。俺なにがあってもこいつとだけは付き合わないし、もう口もききたくない」
「っ、おい、」
その暴言とも取れる言葉に、元友人が窘める。
友人さんはどっちかって言うとモトカノサイドかなー?
その感情が何なのかまでは分かりかねるけど。
うーん、このまま帰した所で、納得して無い彼女はまた来るような気がする。
それに、誰が焼きもち焼かないなんて言ったか。
「……焼きもちは焼かないけど、ムカつかないかと言ったらそれは嘘だよね」
「え?」
それは誰の呟きか。
「去夜君、先日放課後の繁華街で女子の先輩と二人きりでキャッキャウフフしたって、本当なの?」
「「え?」」
言い合いをしていた目の前の二人だけじゃ無く、周りのギャラリーも一瞬で、しん、とした。
「この前様子が変、って言った時あったよね?その日さ、女子の先輩がわざわざうちのクラスまで来て、“ご親切に”“ご丁寧に”“教えて”“くれた”んだ。去夜君は女の子とも確かに仲良く喋ったりするけど、基本的に2人きりって状況は作らないよね?偶然なの?それともその先輩が正しいのかな?私は去夜君信じてるし、確認するつもりは無かったけど、丁度いい機会だから聞いておこうか。“何事も無く”“ただ一緒に帰っただけ”だよね?」
自覚は無かったけど、知らず目を細め半眼で彼を見る。
その時確かに、ブリザードが吹き荒れた気がした、と後に去夜君は語ってくれた。
まだ今の時期、今年初の木枯らしですら吹いていないのに、と。
「……えっと、それいつの話?」
「先週の土曜」
「……あー、あれか」
「弁明を聞こう」
心当たりがあったらしい去夜君に、真面目な顔をして続きを促した。
「一緒に帰ったと言うか、方向が一緒で向こうが一方的に話しかけて来ただけ。あんま良く知らない先輩だったし、一応最初はそれなりに話し合わせてたんだけど、社交辞令的な?あんまりしつこく絡んで来たんで、途中からめんどくさくなって早歩きしてた。そもそも俺は一緒に帰ったつもり無いし」
周囲がざわつく。
あー、言葉遣いはまだ白だけど、や、若干黒く染まってるか?それはともかく、やった内容は完全に黒だ。そりゃ周りも吃驚するだろう。
「そっか、…よかった」
そんな事する人じゃ無いって“知ってた”けど、それでもほっとした息は隠せなかった。