2-5 はじめてのまほう
「あの、えっと、えっと………え?」
あの、今、何とも気軽に凄いことを言われた気がします。
たぶん聞き間違いです。そう、聞き間違いに違い在りません。
階段から落っこちたせいで、耳の調子が悪くなっているのでしょう。きっと。
「いや、だからさ。
魔法、使えるようになってみないかい?」
聞き間違いじゃなかった!
いやいや、そんな気軽に言われても困ります。
だって魔法ですよ! 魔法!!
何ができるのかはよく知りませんが、そんな凄いものを、お茶でもどう? みたいに勧められても困ります。
私にどう応じろと言うのでしょう。
「ええっと、小屋敷のお仕事もありますし、魔法の勉強をする余裕はないと思います。
ですので、その、折角のご厚意ですが……」
などと言ってはいますが、小屋敷のお仕事は掃除と洗濯以外にはないので、実は結構な暇があったりします。
掃除は毎日の仕事ですが、決まった場所を一日毎に掃いたりするだけですし、鍵が掛かって入れない部屋も多く、そこまで大変ではありません。
洗濯に至っては二日か三日に一度だけの仕事で、ご主人と私の分しかないので村にいた頃よりも楽だったりします。
井戸水を洗濯に使ってもよいので川まで足を運ばないでもいいですし、頑固な汚れであるところの泥汚れが全くないので手早く終わるのです。
なのですが、これに勉強が加わると、そうも言ってはいられません。
できた暇を使って勉強をしているのですが、もう文字を覚えるだけで精一杯。今にも躓きそうなのに、これに加えて魔法を覚える余裕なんてありません。
ですので、折角のお誘いですがお断りさせて――――。
「魔法を使うのに勉強なんて要らんがね。
使いこなすならば兎も角さ、使うだけなら30秒もあれば使えるようになる程度の代物だよ」
私の言葉を遮るようにして、メルギス様は言いました。
何を仰ったのか、私にはわかりません。
例えば、魔法を使うのに勉強がいらないということ。
そして30秒。
……そう、30秒ってなんでしょう?
数字の後に付いていますので、何かの単位だと思うのですが……。
考えてもわかりはしません。なので、とりあえず秒とは何かを聞いてみる事にします。
「あの、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんだい? 言ってごらん」
私の問いかけに、メルギス様は微笑みを浮かべながら応じて下さいます。
ご主人もそうですが、懐が深いですね。
「秒とは、なんでしょうか?
何かの単位というのはわかるのですが、何の単位化がちょっと……」
……そう、30秒ってなんでしょう?
数字の後に付いていますので、何かの単位だというのはわかります。
重さではないですし、何かの量でしょうか?
私の問いかけに対し、メルギス様は僅かな間、動きを止め、それから私の顔をまじまじと見つめ……て? から、なるほど、と納得したように頷きます。
メルギス様の人なりに触れたからでしょうか。
包帯で両目を覆って見えないはずなのに、見られている気がするのが、不気味ではなく、今ではただただ不思議に感じられるばかりです。
「秒ってのは時間の単位の一つなんだが……どう説明したものかね。
割り算の覚えはあるかい?」
「申し訳ありません。そもそも、わりざん、とは何でしょう?」
渋そうに、メルギス様の口端が歪みます。
私がものを知らなすぎて、説明することすら難しいのでしょう。
焚き火をするのに、薪や火打ち石を知らないから、まずはそれらについて教えなければならない、と言った感じなのではないでしょうか。
何といいますが、私ってほんとバカ………。
「あくまでも目安だが、平時の……普段の、落ち着いた時の心ぞ、いや、胸の鼓動、一回一回の間隔が大体1秒だ」
間隔……知らない言葉ですが、話の流れから何となく意味はわかります。
恐らくきっと、一つのことが起こってから次が起こるまでの間のことでしょう。
そんなことを考えながら、目を閉じて胸に手を当てて鼓動を数えてみます。
とくん、と胸のなる音。そして間を置いて、また、とくん、と鳴る。
なるほど、これが1秒の長さというものなのでしょう。
「重ねて言うが、あくまでも目安だ。
胸の鼓動なんてのは体調で変わるし、個人差もあるからね。
――――それで、どうするんだい、魔法」
胸の鼓動30回の間に魔法を使えるようになるというのは、とても魅力的なお話です。
魅力的すぎて、御伽話にある悪魔との取引を思い起こしてしまうくらいに。
どうしたものでしょう。
いい歳をして子供っぽいかも知れませんが、私にだって不思議の力に対する憧れはあります。
火を出せれば薪の消費を押さえられるでしょう、水を出せれば飲み水には困らなくなるでしょう。
風を吹かせられれば……掃き掃除が楽そうです。
使えるようになるならば、使えるようになりたいですとは思います。
ですが、そんな不思議な力をすぐに使えるようになるのでしょうか。
そこら辺がちょっと納得できませんので、聞いてみましょう。
「あの、そんな直ぐに、火を出したりとかの魔法を使えるようになるのでしょうか?」
「それは無理さね」
即答でした。
鼓動30回分――――ええと、30秒……で魔法が使えるようになると仰っていた気がするのですが……。
どういうことなのでしょう。
「直接的に火を出したりとかできるのは、幻獣か竜だけさ。
人の魔法は、もっと小難しいものでね」
人の魔法? 態々別けて言うということは、人の魔法は火を出したりはできない、ということなのでしょうか?
……そういえば、私の知っている御伽話などでは、魔法使いは不思議なことはしても、火を出したり、水を出したりはしなかった気がします。
「周囲に魔法を使える人間はいなかったのかい?」
はい、いません。
メルギス様の言葉に、首を縦に振りながら応えます。
そもそも魔法を使えるような人は、村などに根を下ろすことはない気がします。
魔法が使えたら村なんかに止まらず、領主様などのお偉い方に仕官するのではないでしょうか。
そうでなかったら、森の奥で一人で魔法の修行をしながら暮らす……のではないかと思うのです。
「そうかい……なら、魔法について簡単に説明するとしよう。
といっても、私は説明が得意な方ではないから、解らないことがあったなら直ぐに聞くように、いいね?」
「は、はい。よろしくお願いします」
言葉と共に深く下げていた頭を上げると、メルギス様による魔法の説明が始まりました。
メルギス様の声が楽しげに聞こえるのは気のせい……ではないないでしょう
包帯のせいで表情がわかりづらいのですが、声が弾んでいる気がするのです。
「まず覚えておいて欲しいのは、魔法は特別なものじゃないってことさね。
この世界に生まれた者は、一つの例外もなく属性を持って生まれてくる。
だから知りさえすれば、誰も彼もが魔法を用いることができるのさ」
魔法の素質は生まれたときから誰もが持っている。
だから使い方さえ知れれば誰もが魔法を使える。
なるほどなるほど。
確かに、そう言われると特別なものとは思えなくなります。
限られた人、定められた人のみが用いられるものであれば、特別と言ってよいかも知れません。
ですが、やり方さえ知れば誰も彼もが使えるというのならば、それは普通の、当たり前のものなのでしょう。
メルギス様が私に魔法を薦めるのも、単に使えれば便利だからなのかもしれません。
……何が、どう便利になるのかは今のところわからないのですけれど。
ところで、ぞくせい、ってなんでしょう?
話を聞く限りでは、魔法を使ううえで必要なもので、私も持っているものらしいのですが。
わからないので聞きましょう。
ここで聞いておかないと、知っていること思われて話が進みそうです。
「よろしいでしょうか」
「? 何か解らないところがあったかい」
どこにわからないところがあったのだろう、と首を傾げながらのメルギス様の言葉に、はい、と頷きました。
説明を遮ったにも関わらず、気にした風でもないメルギス様は、やはり懐が深いお方です。
「ぞくせい、とは何なのでしょうか?」
「………ふむ。
この場合においては、個々人それぞれに属する性質さね。
例えば……ジンライが雷の魔法を扱えるのは、あれが雷の属性を持っているからさ。
逆に、雷以外の属性を持っていないジンライは、雷以外の魔法を使えない。
即ち、魔法における属性とは、個々人が用いる魔法の方向性……何が出来るかを定めるものとなる」
えっと、属性とは人が持っている魔法の性質で、持っている属性以外の魔法は使えない……でいいのでしょうか?
いいはず、です。たぶん、恐らくきっと。
とりあえず納得しましたと頷くと、それを察したメルギス様は説明を再開します。
「そして個々人が持つ属性を事象として現すことを魔法と呼び、効果を定めて望む事象を現す術をして魔術と呼ぶ」
「じしょ……う? 魔法に、魔じつ?」
なるほど、全くわかりません。
じしょう、という言葉の意味もわからなければ、魔法と魔術の違いも今ひとつわかりません。
じしょうとして現す、定めて望むとは何がなにやら。
「事象というのは、そうさね……賽子を投げれば何れかの目は出るだろう。
どんな力が働いたかは兎も角として、何かの結果として表れる事柄をいう」
…………………なるほど。
要するに、事象とは行動の結果として起こる出来事……ということでいいのでしょうか。
「それで魔法と魔術の違いは……そうさね。
お前さんは刺繍はできるかい?」
「はい、人並み程度には」
突然の、全く関係ない気がする質問に、きょとんとして答えます。
私も女なので刺繍の心得は当然あります。
といっても、繕い物や簡単な絵柄を付ける程度のものではありますが。
「刺繍に例えるとだね、魔法って言うのは生地に針で糸を適当に縫っていく行為で、魔術っていうのは絵柄を縫う行為だと思えばいい。
魔法という針で、属性という糸を用いて、魔術という絵柄を縫い上げる。
魔法ってのは属性を事象として発生させる手法であり、それを使う技術を魔術と呼ぶのさ」
何となくではありますがわかります。
ええ、と身近なところに直して考えると。
「ジンライさんが、雷を出したら魔法で、雷を使って石畳に文字を刻んだら魔術、ということでよろしいのでしょうか?」
「ふふっ」
私の言葉に、メルギス様は小さく吹き出して、そのままくすくすと口元を手で隠しながら笑っています。
何か変なことを言ってしまったでしょうか?
私が戸惑っていると、メルギス様は、違うんだよ、と言いました。
「石畳に文字を刻んだと言ったろう。
それで何が在ったかを想像してしまってね」
一騒動と言っていいのかはわかりませんが、確かに出かけるときにちょっとした出来事がありました。
私は驚くばかりで余裕なんてありませんでしたが、これはあの場に居た私と何が在ったかを想像しているメルギス様との受け取り方の違いでしょうか。
そう考えて、違うことに気がつきました。
メルギス様の笑みの中には親しみと懐かしさが入り交じっていたからです。
青年の失敗を見て、子供の頃と変わらないと笑う大人のような、そんな笑み。
恐らくきっと、昔からご主人とジンライさんはあんな感じで、その光景をメルギス様は近くで見守ってきたでしょう。
「ご主人とのお付き合いは長いのですか?」
どうかしたのか、知らず知らずのうちに、そんなこと聞いていました。
魔法とは全く関係のない、それどころか奴隷がすべきではなく、そうでなくとも初対面の人間に対して図々しいとしか言えない質問です。
その事に一息置いてから気がついて、慌てて謝ろうと口を開くその前に、メルギス様がお答えになりました。
「都合……6年かな。ああ、私も歳を取ったな」
振り返った日々を懐かしみ、そして受け容れるように穏やかに頷きます。
聞いておいて何ですが、私は何も言うことが出来ません。
そう易々と口を出してよい気もせず、また年下であるところの私が何か言うべきでもない気がします。
もしかしたら何も答えないことで気分を害されるかもとも思いますが、しかし何か言ったらもっと害される気もします。
しかし6年ですか……見たところご主人は私とさほど歳が変わらないようでしたし、そこから考えると……15、14、13で……そう、10歳頃からの付き合いなのでしょう。
なるほど、そんな子供の頃からの付き合いであれば、それは何が在ったか想像するのは簡単でしょう。
村の老人曰くにして、大人になろうが子供の頃と行動や考えは殆ど変わらないそうなので。
「ああ、話が逸れたね。
本題に戻そうか」
特に機嫌を損ねた風でもない言葉に、はい、と私は答えます。
「それで魔法と魔術に違いに関しての理解だがね、大まかには在っているよ。
そうだね、、走るのは誰でも出来るが速く走るには技術がいる、そんな感じさね」
ああ、初めからこういうべきだったか、とメルギス様が小さく呟いたのが聞こえました。
申し訳ありません。私の頭が悪いのがいけないのです。
しかし、魔法と魔術の違いはわかりました……うん、わかったはず、です。
走るという行為が魔法で、速く走る方法というのが魔術……これで良いはずです、恐らくきっと。
「魔法については、こんなところかね。
何か質問はあるかい?」
ここまで聞いた限りでは、必要なのは勉強よりも経験といった感じを受けました。
お屋敷の勉強の合間にも訓練などができそうですし、使えるようになっては損はないのでしょう。
ただ思うところがあるので、まずはそれについて聞いてみることにします。
「………二つほど宜しいでしょうか?」
構わないよ、とメルギス様が仰られたので、遠慮無く問いかけることとします。
「火を出したりは出来ないそうですが、魔法は何ができるのでしょうか?」
「そこら辺を疑問に思うのも当然だろうね。
次にするつもりだったから丁度良い、このまま説明に入ってしまおう。
―――まず人の魔法は定義魔法と呼ばれている」
てい、ぎ……?
知らない所か恐ろしく難しそうな言葉が出てきました。
もはや意味を想像することすらできません。
そんな私を見て……いえ、察して下さったのか、メルギス様が説明をして下さいます。
「定義とは意味を明確化、いや………物事をはっきり別けて確かなものにすることさね」
???? えっとええと?
物事をはっきりと別けて確かなものに?
わかるような、わからないような……。
ぼんやりとわかった気もするのですが、言葉に出来ないと言いますか、上手く想像できません。
私が戸惑っていると、メルギス様が机の引き出しから二枚の札を取り出して、両手に一枚ずつ持って私に見せました。
「この二枚の札は、それぞれ何色に見える?」
「……どちらも、赤色に見えます」
微妙に色合いは違うのですが、どちらも赤色にしか見えません。
右の札は暗めで、左の札は明るめ程度の違いしかないのです。
これが一体、何だというのでしょう?
「右の札は紅赤、左の札は深緋という色だ」
「え、赤色ではないのですか?」
メルギス様の言葉に少しばかり驚いて、目を僅かに見開きます。
だって私の目には、違いはあれども同じ赤色にしか見えないのですから。
そんな私にメルギス様は微笑みながら言いました。
「大まかに括れば赤色だが、厳密……あー細かくは違う色だ。
定義ってのは、このように、同じようなものを細かい違いから区別することさね」
なるほど。なるほど。
言われて考えると、私にも定義づけられたものに思い当たる所がありました。
それは雪です。
降り積もって溶けかけた水雪、積もり凍った積氷雪、粉が降り積もったような柔雪……。
どれも同じ雪ですが、それぞれ異なる呼び方があるのです。
定義とは、即ち同じながらに違うものをわかるように別けることを言うのでしょう。
「それで話を戻すがね。
人の属性は例外なく意味的なものだ」
「意味的……ですか?」
ちょっと、どんなものかわかりません。
意味的という言葉くらいは字面からわかりますが、意味的な属性って何なのかまでは流石に。
「そうさね……例えば、『見る』『怒る』『仕舞う』とかだね。
私の属性の一つが『見る』なんだが、これは遠くを見たり、夜を見通したりと、見ることに関する属性になる」
「怒るなら、怒らせたり、怒ったり?」
首を傾げながら言うと、そうだね、とメルギス様が肯定して下さいます。
「ああ、理解が早いね。
怒りの属なら、怒りを静めたりも出来るだろうさ。
ついでに、『仕舞う』なら入れ物の容積……入る量を無視して仕舞い込めたりする」
『仕舞う』が凄く便利そうです。
あれ、でも、入る量を無視してとは仰っておいでですが、重さを無視するとは一言も口にしていません。
そこから考えるに、もしかしなくても『仕舞う』魔法は重さまではなくしてくれなかったりするのでしょうか?
そうだったら、便利そうではありますが、使いづらそうです。
ああ、けれど行商人さんなんかは喜びそう。荷台の広さには限りがありますから。
「ちなみに幻獣の属性は自然現象……要するに火やら水やら風やらを操るものになる。
定義された意味を属性とする私たちの魔法と違って目に見えるから、非常に……いや、とても解りやすいな」
人間の魔法は小難しいとメルギス様は仰っておいででしたが、その理由がわかります。
わかりやすさがありません。全くもってありません。小難しいどころか難しいばかりです。
もっと簡単でいいじゃないですか。火よ出ろ、で火がばーっとでるとか、そんな風で。
「あの……魔法って役に立つのですか?」
何となく感じたことを聞いてみます。
魔法は使えれば便利だけれども無くても構わない……そんな感じがするのです。
「役には立つさ。
それに、魔法を使えるようになると、属性の恩恵、あー、恵みか、それを受けられるようになるからね」
「属性の恵み……ですか。
魔法を使えるようになるだけで、何かがあるのですか?」
「『見る』なら単純に目がよくなるとかね。
持っている属性に関する分野が増強……強まるのさ」
「魔法とは無関係にですか!?」
驚きから、ついつい声が大きくなってしまいますが、メルギス様は特に動じる事もなく頷きます。
「属性を知ることによって得られる効果って奴さね」
「………あの、属性だけ知るということはできないのでしょうか?」
使いこなせるかどうかわからない魔法を覚えるよりは、属性だけ教えて貰って、その属性に関することを強めた方が手っ取り早くてよい気がします。
「属性を自覚した時点で意識すれば魔法を使えるから、魔法だけってのは無理だね。
魔法っていうのは、自身の属性を意識して使おうとすることで発動するものだからさ」
「……えーと、魔法を使えるようにする、というのは属性を知るということなのでしょうか?」
そうさね、とメルギス様は頷きました。
………とりあえず、ここまでのまとめをします。
属性を知り、それを意識して使おうとすると魔法になり、その魔法を使いこなすと魔術になる……ということなのでしょうか?
ということで良いのですよね?
「一部の属性を除いて属性による増強効果なんておまけみたいなもんだからね、忘れてても構わないさ。
それで、残りの質問はなんだい?」
一部の属性を除いて、という所が気がかりですが、切りがないので次の質問です。
必要なことならば、後々説明をしてくださるでしょう。たぶん恐らくきっと。
「えっと、属性はどうやって調べるのですか?」
「私の属性は『見る』だからね。
魔術を使って見れば、その人間がどんな属性を持っているかくらいはわかるさ」
なるほど。包帯越しにずっと視線を感じてきましたが、メルギス様は『見る』属性の魔術を使って、私のことを見ていたのでしょう。
しかし、その事実は魔法の凄さというのを何となしに感じさせます
人が秘めているのものを見抜いてしまうというのもそうですが、それ以上に、両目が塞がれていようともモノを見られるというところに。
いえ、凄いのは魔法ではなく、それだけの魔法……魔術を用いられるメルギス様なのかも知れませんけれど。
「さて、それでどうするね?
時間には余裕があるから、ゆっくりと考えるといい」
その言葉に頷き目を閉じて、深く深く考えます。
生まれながらに持っていて、けれど今でもわかりえぬもの。
私の魔法、私の属性。
それを、使えるようになりたいのかと言えば、どうなのでしょう。
胸の中には恐れと期待が入り交じってぐるぐる巡り、答えは定まりません。
自分の中にある、自分の知らない何かを知ることで、どうにかなってしまうのではないか、自分でなくなるのではないかという恐れ。
そして。
世界で自分だけの、或いは唯一の優れたる、そうでなくとも希有な、誰もが認める何かが秘められているのではないかという期待。
どうすべきでしょう。どちらを選べばよいのでしょう。
わかりません、わかりません、わかりませんが、これは自分で選ばなければならないのです。
今日まで、村での生活も、お屋敷での日々も、魔法がなくとも困りはしませんでした。
生活に困らないのならば、別に魔法は使えなくとも構わないのではないでしょうか。
何より自分が自分でなくなるのではないかという恐れが拭えないのです。
だから、魔法はいりません。
そう、普通に生きている限り魔法はなくとも――――そこまで考えで、ふと瞼の裏に。
――――懐かしい灰色の空、美しさを感じた黄金の麦畑、飾り気のない素朴な家々、辛く厳しく満ち足りていた日々。
そんな既に失われて久しい、私の大切だったものが過ぎ去りました。
……………普通に生きて、生きていくのならば。
魔法は必要ないのでしょう。
ですが、普通でないことが起こったら、それはどうなのでしょう。
あの日、逃げる以外のことができず、逃げ延びることすら出来なかった私だけれど。
魔法が使えれば、逃げる以外のことが出来たのでしょうか。
わかりません。自分がどんな魔法を持っているのかすらわかっていないのですから、考えようがありません。
ですが、普通でないときに何かができるようになるのかも知れないのであれば、私は。
「――――魔法を使えるようになりたいです」
知らず知らずに言葉が口から転がり出ていました。
自分が変わってしまうという恐れよりも、あの日に何も出来ないほうがもっとずっと怖いのです。
「そうかい」
応じるメルギス様の言葉は優しく労るようで、気のせいが哀れむようでもありました。
たぶん、優しく穏やかだからそう感じるのでしょう。
「なら、ただ心静かにして体から力を抜いて目を閉じなさい。
ささやきも、いのりも、えいしょうも、ねんじる事も必要ない」
言われた通りに体から力を抜いて………心を落ち着かせるってどうすればよいのでしょうか?
やっぱり恐れのようなものはあるので、緊張しているのを自分でも感じますし。
ええっと、とりあえず頭を空っぽにして何も考えないようにします。ぬぼぇぁー。
………いけない、何か大切なものを失った気がする。
「おや、これは珍しい」
感心したかのようなメルギス様の呟きに、私の胸が高鳴ります。
称号者であるところのメルギス様をして珍しいと言わしめるその属性。
それが特別なものなのではないかという期待によって。
メルギス様に問いただしたい気持ちをぐっと抑えて、教えて下さるのをただ待ちます。
「それで結果だがね」
はい、と答えて、生唾を飲み込みます。
「意義系統共有属性。
即ち魔法・共有がお前さんの魔法だね」
その言葉を聞いた瞬間でした。
「あ」
心の中で何かがすとんと落ちて、自分にはそれができるのだと、許されているのだという納得が満ち。
それと同時に、胸の奥から何かが流れ出し、欠けたものを補っていくような不思議な感覚が体を満たしたのです――――
今年に入ってから毎月、風邪を引いてた為、遅れてしまった。申し訳ない。
以降は遅れないといいなぁと思っている。
Q.時計と時分秒を知らない人間に一秒の長さを理解させなさい。
なお時計の使用と割り算かけ算足し算引き算の使用は禁ずる。