2-3 どりーむ いん ざ えんど おぶ ふぇいと
分厚い雲に覆われた灰色の空の下。
村の近くにある森の中に私は居ました。
秋の終わり。森の木々は葉を落とし、焦げ茶色の落ち葉は敷物のように地面を覆っています。
地面に突きだした木の根に足を取られないように、そして森の奥へと入りすぎないように注意しながら、篭を片手に歩き回ります。
転んで服が汚れたら洗濯が大変だし、森の奥は動物たちの住処なので入り込んだら危険が危ないのです。
きょろきょろ、と周囲の地面を念入りに見回しますが、探し物はどうにも見つかりません。
毎年この時期になると実を落とす、ナルミツの実。
堅い殻に覆われ、中の実もゴリゴリしていて美味しいものではないのですが、腹持ちがよく食べると体が温かくなる不思議な実で、冬を越す上で必要とされる食べ物の一つです。
冬入りを前にしての女の仕事の一つで、収穫前に森へと探しに行くのが古くからのシキタリなのだそうで。
枯れ葉の中に紛れてしまって探し出すのが大変なのですが、倉庫にキーミッツ(ネズミ)穴が無いか調べたり、収穫の準備をしたりする男衆に比べれば、まあ楽な仕事でしょう。
「―――さん! どれだけ見つけました?」
名前を呼ばれて振り向くと、私と同じような格好をした灰色髪の少女が、枯れ葉を蹴り飛ばしながら近づいてきます。
少女、と言っても私より歳が二つ下なだけの、14歳の女の子です。
家は離れているのですが、どうにも弟に気があるらしく、私にまとわりついてくるのです。
正直、面倒なことこの上ない。弟が好きなら、弟にまとわりつけばいいじゃない。
なんで私にまとわりつくんだか。
「30ちょっとかしら。前に比べて少ないわね」
これで10回目の参加となる私ですが、今までに比べて極端に少ないです。
前ならだいたい80前後は取れたのですが、今年は不作です。
少ないのは困ります。冬の間は税として差し出した麦のあまりに干した野菜、森で拾った諸々で過ごさねばならないのですから。
春に入ってしまえば森に色々と食べられるものがでるので余裕も生まれるのですが……。
日を改めてまた、とも考えましたが駄目です。
明日からは麦の収穫などが始まるので森に入る余裕なんて無くなりますし、それが過ぎれば雲の具合からしても雪が降り始めるでしょう。
物心ついたときから、ずっとそうでした。秋の終わり。冬入り前には厚い雲がずっと空にあり続けて、収穫が終わった頃を見計らって雪を降らすのです。
降った雪は今の私の膝、時には腰の高さまでつもり、春が訪れるまで溶けません。
もう少し奥まで探しに行くべきでしょうか?
しかし森の奥ではベルファド(熊)やファーゴ(猪)と出会いかねませんし、何よりこの時期の彼らはお腹を空かせているので非常に危険だと漁師のおじさんから聞かされています。
特にベルファドになんて出会った日には、人生を諦めなければならないといいます。
出会ったら助かりませんし、人の味を覚えたベルファドは人間ばかり狙うようになるそうで、人の味を覚えたベアファドに襲われて無くなった村もあるのだとか。
どうしたものか。
他の場所を回ってる人に分けて貰うという手もあります。
少ない人には周囲が分けるという決まり事があるのですが、全体の数が少ないとそれもありません。
「え、あれ?」
私が考え込んでいると、私の肩越しに空を見て、何か驚いたように傍らの彼女が呟きました。
何ですか、竜でも飛んでいましたか?
空を飛ぶ竜なんて十日に一度は目にするものです。
珍しくもありませんが、彼女くらいの歳だとまだ珍しいのかもしれません。
「竜でも飛んで――――っ!?」
言いながら振り返って、言葉を失いました。
これはいったい何事でしょう。
もくもく、と。もうもう、と。空へと煙が立ち上がっていきます。
火事? まさか、冗談ではありません。一つだった煙は、二つ、三つと増えていき、瞬く間に10を超えました。
まさか山賊? ありえません。ここは大きな街道から離れては居ますが、代わりに騎士団の砦が近く、山賊が現れるなんてないと聞きました。
何が起こったのかは分かりませんが、火が出ているのであれば急ぎ戻らねばなりません。
家が燃えてるのならばいいです。誰か余所様の家に止めて貰えばよいのですから。
ですが、小麦畑に火が付いているのならば、或いは燃え移ってしまったのなら、取り返しが付きません。
税が支払えなくなるし、冬を越すこともできなくなります。村人全員一人残らず首を吊るか、奴隷として身売りするくらいしかなくなります。
「か、火事ですか!? ど、どうしましょう!?」
慌てる彼女に、村へ戻って火消しを手伝おうと言おうとして、少し躊躇いました。
理由は分かりませんが、何となく躊躇いを覚えたのです。
「あなたは私の篭を持って待っていなさい」
「え、でも……」
戸惑うような彼女に篭を押しつけるようにして持たせ、肩に手を置いて確りと目を見ます。
そして頭の中で言葉を整理して言いました。
「なたが戻っても火消しの邪魔になるだけよ。
手伝いができる私が速やかに戻るべきなの。
でも、籠があったら走るのに邪魔でしょう。
だから、籠を持って待っていて」
彼女は何かを言おうと口を開きますが、それを遮って、良いわねと、押しつけるように言いました。
私の言葉に負けるように、目を反らして、はい、と小さな声で答えます。
ごめんなさい。あなたのことは、弟によく言っておくからね。
そんな言葉を残して、私は村へと走り出しました。背中に、不安げな、それでいて心配げな彼女の視線を感じながら。
目を疑う光景がそこには在りました。
ごうごうと暖炉の焚き火のように焼ける家々、斧を片手に、血溜まりに倒れた木こりのおじさんや隣人達。
更に周囲を見れば、木を組み合わせて作った檻のような馬車に閉じ込められた女子供や男衆。
わからない。何がおこっているか。わかりません。
遠くから響くチルチ(鶏)の鳴き声に女の悲鳴、それらに負けない大きな声が響きました。
―――殺さず捕らえろ。傷物にするな、値が落ちる!
―――特に若い女は犯すなよ! 手を付ければ首を飛ばすぞ!!
その内容に驚きながら顔を向けて、心と体が凍り付きました。
だって、そうでしょう。そう声を上げていた人は、馬に乗り、磨き上げられた板金鎧を身につけた騎士様だったのですから。
私たちが税を納める代わりに、私たちを守ってくれているはずの。
あまりのことに動けず、嘘ではないかと何度も目を瞬きますが、鎧の肩に施された紋章は確かに私たちが税を納める騎士団のもの。
何度、見直しても変わらない、見慣れた紋章です。
私が動けずにいると、馬上の騎士様がこちら向きました。
目が、合います。私は何も出来ず、ただ佇むばかり。騎士様が声を上げると、焼けた家々の向こうから軽鎧を身につけた騎士様方が姿を現し、こちらへと走り寄ってきます。
それを見て、ようやく逃げなければと思い立ち、背後の森へと逃げ込もうとして―――彼女の事を思い出しました。
森へ逃げれば、残してきた彼女の元へと彼らを連れて行ってしまうことになる。
それはできない。だから、近くの、まだ火の手が弱い家へと飛び込みます。
玄関口から入って勝手口から外へ。また近くの家へと飛び込んで。
家の造りなんてどこも同じようなもの。中には崩れて奥へ進めない家もありましたが、その場合は窓から外へ。
逃げないと逃げないと。何が起こっているのかは分からないけれど、今は逃げないと。
火に髪が、肌が炙られて汚れていく。熱い空気を吸い込んだせいか、喉が痛い。
それでも、走らないと。鎧を着た彼らより、私の方が身軽な筈です。体力に自信はないけれど、それでも走れる限りは走らないと。
走って走って――――
――――たまたま目に入った光景に、堪らず足が止まりました。
麦を剣で切り払うように荒々しく。
柔らかに耕した地面を踏み固めるように力強く。
騎士様達が麦畑を荒らしていました。
何をしているのか。いえ、恐らくきっと、あれは収穫しているのでしょう。
やり方はいい加減で、荒らしているとしか思えませんが。
剣で斜めに、半ばから麦を断ち切るようにして、残った部分は足で踏みつぶしていきます。
あんなやり方であh実った麦の半分も収穫できないでしょうし、地面に落ちたものは鉄の靴に踏みにじられ、拾うのも難しい。
あの麦は……あの麦委は村のみんなで必死になって育てたものなのに。
胸が痛い。一言文句を言ってやりたいけれど、今は逃げないと。
畑へと向いていた顔を無理矢理そらすと、焼ける家の影から現れる騎士様。
ここに一人いるぞ、という声に、逃がすなと背後から追ってきた騎士様達の声が聞こえます。
声の無かった方へと向き直って走り、焼け落ちてしまった家の影へと逃げ込んで―――あまりの事に息を呑み、足が止まりました。
そこには板金鎧を着た騎士様が佇んでいたのです。
待ち伏せられたと思った時には既に遅く、板金鎧を着ているとは思えない早さで私に駆け寄ると、その拳を私のお腹へと強かに打ち込み―――
今回は少量で申し訳ない。