運命の眼
大学を卒業して1ヵ月後のある日・・・
就職した一流企業が個人情報の漏洩、重役の汚職、インサイダー取引などなどの不祥事が内部からのリークによって倒産した
激動の就活戦線を戦い抜き、やっとの思いで就職した会社が潰れてフリーターになったことである種の喪失感に陥っていた
その喪失感から抜け出して新たに就職先を探し、面接を繰り返す日々だが・・・
「はぁ・・・これで99社ダメか・・・」
どの会社も前職の会社の名前を聞くと足早に面接を終え、届く結果は不採用の3文字
もともと2流大学の語学科というぱっとしない経歴にある意味ビックネームの前職が追い撃ちをかけていた
夕暮れ時の街を歩いていると交差点に差し掛かった
ガサッ!!
目の前で女性のバックを引ったくり右から左へと走り去るシーンを目撃した
中学、高校と陸上部で毎日走らされていたため、足には自信があった
「だ、誰か捕まえてぇ!」
ガサッ!
気がつくと一歩踏み出していた
久しく走っていなかったが、体はその感覚を忘れてはいなかった
ひったくりは俺の存在に気がつくと裏路地に進路切り替えた
ザザザッ!!
「待て!」
待てといわれて止まるひったくりはいないとわかっていたが、ここらへんの地理には自信がなく、見失えば取り逃がすのは目に見えていた
離される訳にはいかない
15m・・・12m・・・
スピードはこちらの方が上、このままいけば・・・
ドサッ!
ひったくりはゴミ箱を転がし進路妨害を図る
「甘めぇ!」
こちとら、短距離、中距離、長距離、ハードルと器用貧乏が如く出場させられてたんだ!
その経験が多少の悪路をものともせずスピードを落とさせない
6m・・5m・・・
「くっ、畜生!!」
ひったくりは奪ったバックをこちらに放り投げた
「うぉっ!?」
咄嗟にバックを受け止めたため、足が止まった
ひったくりはその隙に走り去ってしまった
「逃がしたか・・・」
だが、バックを取り戻せたんだ・・・よしとするか
俺は裏道を出た
「おい」
通りへ出たところに凄まじいガタイにスーツの男が2人待っていた
その1人には先程のひったくりが方に乗せられていた
や、やくざ?
「いい脚だ」
身構える俺を他所に男はいかつい顔を少し緩めそう言った
「あ、どうも・・・」
「ありがとうございました」
バックの持ち主が現れた
女性は男達に目配せすると軽く会釈し、止めていた車にひったくりごと乗り込んだ
「あの、お礼がしたいんですがよろしいですか?」
「い、いえ・・・そんな大したことしていないので」
バックを渡すと女性は俺の手を掴んだ
「私がしないと気が済まないんです
せめてお茶の一杯でも・・・」
女性の潤んだ瞳に押されてしまった
「じゃ、じゃぁ一杯だけ・・・」
俺はその女性とともに近くの喫茶店へと向かった
「そうなんですか・・・あの『大沢商事』にお勤めだったんですね・・・」
「ええ・・・元ですが」
気がつくと話題は俺の仕事についてに変わっていた
「昔はまじめな役員に堅実な社長だったんですけどね・・・今の社長と役員に代わってから悪い噂を聞くようになりましたわ
・・・運が悪かったですわね」
女性は何かと詳しかった
「はは・・・仕方がないですね
昨日99社目の不採用通知が送られてきました・・・ここらへんの会社は粗方受けたので地方へ行こうかなと思っているところです」
「そうですか・・・」
俺がふと通りを見ると黒い高級車が停車した
「あら・・・迎えが来てしまいました
お礼だというのに嫌な話をしてしまいましたわね」
chu!
女性は1枚の名刺を取り出すと裏にキスをして俺の前に置いた
「もしでしたら100社目はここを受けてみたら如何でしょう
その名刺を社長さんに渡せば話は通じますから」
女性は伝票を持って席を立った
「では、幸運がありますように」
会計を済ませて車へと乗り込んだ
「・・・」
俺はしばらくボーっとしていた
何がなんだか・・・でも、これはいい出会いなのかも知れない
名刺には『赤坂探偵事務所』と書かれていた
住所もここから近い
「・・・行って見るか」
電話番号も書いてなかったので俺はアポなしで行くことを決意した
名刺の住所に着いた
「おいおい・・・ここって・・・」
着くまで気がつかなかったが、ここは大沢商事が入っていたオフィスビルだった
ここのBF4階?・・・ここってBF2階の駐車場までのはず・・・
「!」
俺の脇を17歳くらいの女の子が私服でビルに入っていった
女の子はエレベーターに目もくれず、階段へと進んでいく
俺はその女の子について階段を下っていった
関係者以外立ち入り禁止
プレートに書かれたドアを女の子は開けて入っていった
ゴクッ・・・
躊躇する心とは別にドアノブに手を伸ばす俺がいた
がちゃっ・・・
ドアを開け、奥へと進むとまた階段があった
その階段を下りていき、最下層のBF4階に辿りつく
階段からまっすぐ伸びた廊下を進み、ポツンとあるドアの前に立った
そこには『赤坂探偵事務所』の看板が付けられていた
扉の前で深呼吸してドアを開けようとした
ガチャ・・・
「なにか・・・御用ですか?」
先程と違う女性が扉を開け、こちらを見ていた
「え、あっ・・・社長様いらっしゃいますか?」
「なるほど・・・その女性から名刺を渡され、ここに行けと」
「はい・・・」
社長と名乗る男にもらった名刺を渡した
「・・・ははは、なるほどなるほど」
社長は納得したように頷いた
「で、君名前は?」
「剣先 学です」
「学君か・・・
学君、君は何が出来る?」
「一応、語学を少々と漢検、あと陸上を学生のときにかじってました」
「なるほど、脚に自信があるということだね
よし、こっちにきてくれ」
社長は応接室から事務所へと場所を移した
そこには、女性2名と男性1名の計3人が各々の仕事をこなしていた
「皆、今日から仕事をしてもらうことになった剣先学君だ
経験なしだが、皆で色々教えてやってくれ」
ポンッと肩を叩かれた
「剣先学です
よろしくお願いします」
「学君、そこの眼鏡にヘッドホンの子が間 綾音君、主に盗聴器などの調査をやってもらっている
次にそこの小さい女の子は風間 咲君、尾行とかの追跡関係を行ってもらっている
あとは、事務関係を取り仕切っている大野 忍君
そして、三代目赤坂探偵事務所社長の私を含めて5人目のメンバーだ
これからよろしく」
こうして俺の探偵生活が幕を開けた
「さて・・・学君には何をしてもらおうかな」
社長が顎に手を当てて思案する
「大野君、今日は仕事なんかあったかな?」
大野さんは黒いファイルを開く
「今日、急ぎの仕事はありません」
「そうか・・・なら、学君」
社長がこちらを向く
「は、はい」
「今日は帰っていいよ
あと、ここは私服でいいからね
それと他人にここの場所を言うのもダメ
誰かに就職の報告とかする?」
「・・・いえ、大丈夫です」
「そう、明日は・・・10時に出社してくれ」
「わかりました
明日からよろしくお願いします!」
バタンッ・・・
「・・・社長、あの子普通の子だよ?」
風間がマグカップから口を離して言う
「ああ、そうだな」
「どうして採用したんですか?」
「そうだなぁ・・・大野さん、どう思った?」
社長は大野に話しを振る
「・・・社長が感じた通りかと」
「まぁ、これもあるしねぇ」
社長の手には学がもってきた名刺があった
「それってうちの名刺?」
「ああ、なんの変哲もないただの名刺だ
ただ、この裏に・・・」
そこには紫のキスマークが残っている
「趣味が悪い、誰がそんなのを・・・え?」
風間は1つの可能性に行き当たった
「イメージ通りだよ、きっとね
さて、咲君、綾音君、少し仕事を頼もうか」
「やっと決まった・・・」
しかし、就職先が探偵事務所になるとは・・・人生わからないものだ
俺は港に来ていた
もう日が落ちかけ、夕暮れに包まれかけている
「父さん、母さん・・・これから、しっかり生きていくから」
手を合わせ、小声で海に向かって言葉を放った
俺の両親は高校生の時に原因飛行機事故で墜落し、行方不明になった
死体は長い調査が行われたものの、発見されることはなかった
「よし、明日から仕事だし帰る・・・ん?」
人気のない港には俺しかいないはずだった
誰だ?
夕暮れのせいで見えなかったが2人の人間が物陰で話しているような感じだ
ざしゅっ・・・
何かが突き刺さる音が静かに響いた
1人の人間が力なく地面へと倒れた
「!?」
もう1人の人間はそのままどこかへ消えてしまった
俺は様子を伺いながら、倒れている人間へと近づいた
体を揺すりながら、小声で声をかける
「大丈夫ですか!?」
「あ、うぅ・・・誰だ、お前・・・」
手で押さえている腹部の傷からの出血が止まらない
「い、今救急車を・・・」
「無駄だ・・・間に合わん
後生だ・・・これを・・・この名刺の場所か赤坂さんの事務所に・・・」
男は胸の内ポケットから記憶媒体と名刺を取り出し、胸の上に手を置いたまま力を失った
・・・じゃりっ
俺はその音の方へ顔を向けた
そこにいたのは赤く染まったナイフを持つ仮面の男だった
息詰まる状況の中で本能が逃走を命じた
奴はヤバイ
さっきの通りを追いかけるような走りではなった
それは草食動物が肉食動物から逃げるような勢いだ
「・・・」
仮面の男はこちらを無言で眺めていた
・・・にゃり
ぐぐぐっ・・・
すでに100m以上の差がつき、路地を走って表通りに出れば・・・
ダンッ!!
後方で何かが弾けた
「・・・逃げ切れるとでも?」
そいつは俺の真横にいた
先程まで俺の遥か後ろにいたはずなのに・・・
シッ・・・
赤く染まったナイフが俺の顔目掛けて振られている
「!?」
体を無理矢理捻る
しゅ・・・つぅぅ・・・
ナイフは頬をかすめ、血が流れる
「!!」
ザザザ!!
仮面の男を振り切るように路地に駆け込む
ガザッ!!
自転車やゴミ箱にぶつかり、バランスを崩しながらも走り続ける
ガシッ・・・ダンッ!!!
何かに頭を捕まれ、壁に叩きつけられた
ブチッ・・・
頭の血管が破裂した音が聞こえた
「だから、逃げられるとでも・・・」
ドスッッッ!!バシュッ!!!
「思ったの?」
膝蹴りが腹部に突き刺さり、内部の臓器が破裂する
「かほっ・・・」
ビシャッ!
口からおびただしい血が流れ出る
ドサッ・・・
俺の体が力なく倒れた
「・・・」
仮面の男はしばらく眺めた後、俺の呼吸が止まったことを確認し、その場を立ち去った
生きたいか?
そこは真っ白な空間だった
いや、そう思えた
その空間に声が響く
死を目前にし、助かる見込みの無い体でも生きたいか?
その声は俺に問いかける
『いきたいか』と
・・・生きたい・・・まだ・・・何も・・・
もし生きたいならば、その願い我が叶えよう
・・・ただし、我の願いも叶えてもらう
俺の目の前に何か輝いているようなものが現れた
それでもいいなら、手を・・・生をその手で掴め!
迷いは無かった
ただ生きたいという本能に導かれ、俺は手を伸ばした
「・・・かはっ」
止まっていた呼吸が再開する
体の内部が活性化し、破壊された細胞の自己再生を急激な速度で開始する
ひびの入っていた頭蓋骨と腰椎に不足していた成分が供給され、ひびを埋めていく
破壊された血管がお互いに繋がりあい、血流を再開する
破裂した臓器は何もなかったかのように元通りに直りつつある
「動く・・・生きてる・・・」
さっきのが夢だったのかはわからない
だが、死にかけていた体が治ったのは夢ではないことを手に握り締めた名刺と記憶媒体と地面に巻いた血液が証明していた
「いか・・・ないと」
「どこにいくんだ?」
俺の後ろから声が聞こえた
恐る恐る振り向くと仮面の男が立っていた
「なにか嫌な音がしたから戻ってきてみれば・・・お前、頑丈にも程があるだろう」
仮面の男は呆れたように頭を振った
「・・・今度は迷わないように送ってやるよ」
男の姿勢が屈む
ダンッ!
アスファルトを破壊するような勢いの加速によって仮面の男との距離は一気に詰まる
・・・恐れるな
生きたいと強く望む力がお前の力となる
ピキィンッ・・・
「!?」
「!!」
俺の首を狙ったナイフが肌に触れるとともに砕けた
タンッ・・・ザザザ!!
仮面の男は砕けたナイフをしばらく眺めていた
「・・・お前、もしや契約者だな?」
「契約者・・・?」
「・・・そうか、さてはさっき殺し損ねたときに契約したか
雑魚は構わない主義だが・・・お前、後で厄介そうだから・・・ここで死ね」
男が再度身を屈めた
そこへ、予期せぬ乱入者が現れた
「・・・そこまでだ、黒兎」
その声の主は、俺の前に背を向けて突然現れた
「これはこれは・・・殲滅覇王がこんなところにおいでとは」
「しゃ、社長?」
俺の前に現れたのは赤坂探偵事務所社長その人だった
「黒兎、今なら見逃してやる
さっさと主人の下に戻れ、さもなくば・・・」
「さもなくば?」
ごごごご・・・・
「ここで塵となるか?」
口調は変わらなかった
声量も変わらなかった
ただ、その言葉に込められた意味が仮面の男に突き刺さる
「・・・仕方ない、ここであなたと事を構えるのはよろしくない」
タンッ!!
仮面の男は地面を蹴るとその場から消え失せた
「しゃ、ちょう・・・」
張り詰めた緊張の糸が切れ、俺の意識はそこで途絶えた
以降 続編に続く