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第1話 飴色の玉座

 小国カマラ。王の間。

 若き王セイラムは、苛立たしげに長い指で玉座のひじ掛けをコツコツ叩いていた。

 玉座といっても、数段高い位置に設えてあるだけの、やや大ぶりな木製の椅子に過ぎない。それなりに年季を感じさせる重厚な飴色をしているが、言い換えれば古く地味ということだ。

 カマラは貧しい。

 なんてことはない。

 小国ながらも、領土内にはいくつかの金山を持ち、民の生活もまずまず潤っている。

 ただ、狭い領土ゆえに農業に発展を見込めないのが悩みどころではある。今のところ、(きん)での利潤を活かし、足りない農作物を買い入れることで賄ってはいるが。

 セイラムはひじ掛けを叩く事を止め、代わりにすっと指先で撫でた。

 年配の臣下から、他国の貴人客人を迎えるのに見栄えが悪い、と玉座を黄金で彩るように幾度となく進言されてきた。実際そうするのは簡単だった。黄金なら幾らでも手に入る。

 でもさ、金ぴかの椅子って、悪趣味じゃね?

 同じ年頃の友人たちと野山を駆け回って遊んでいたセイラムの思考言語は、基本的に粗雑である。

 急な病で父を亡くし、慌ただしく王位を継いだのは十五の時だった。

 前王の子供は、セイラムを除けば彼の妹のインディラだけであり、継承に当たっては特に何の問題も起こらなかった。

 それから一年。臣下に支えられつつ無難に政務をこなしてきたはいえ、世間で言うところの若造、もしくは少年の域を未だ脱していない。

 容姿もまるで年相応だ。

 幼さを残した彫の深い顔立ち。母譲りの赤銅色の肌は瑞々しく引き締まっている。黒々とした目はいつも何かを探して落ち着きなく動き、子供のような愛嬌がある。王の証である、金色のガルダの羽飾りがついたターバンも似合っているとは言い難い。

 しかし一方で、鍛え抜かれた体躯は大人顔負けの逞しさだ。上背もある。

 セイラムは再び、ひじ掛けを指で叩き始めた。

「ひじ掛けに傷がつきますよ」

 様式美よりも機能性を重視した、がらんと広い王の間に、呆れたような低い声が響く。

「カイラシュ」

 青年は、名を呼ばれるのを待っていたかのような間合いで玉座の前に進み出た。

 いや実際、そうしたのだろう。

 三つ年上の又従兄は、けじめと称してセイラムの半歩後ろを歩くような態度を貫いている。時には小言めいた事を口にするが、それは家令としての役割と考えているらしい。

 昔はこうじゃなかったんだけどな。

 セイラムは心の中で苦笑する。

 カイラシュは野山を駆け回っていた仲間の一人だ。しかも、年長者らしく先頭に立って皆を引っ張っていくような存在だった。

 小さな頃から、人好きのする外見に似合わず小知恵悪知恵の働いたセイラムは、そんなカイラシュを弟のように補佐していた。

 しかし、年が上である分だけ、カイラシュはセイラムよりも早く大人へと近づく。

 ある日を境に、彼は野兎を捕ったり、山奥の洞窟に皆で作った秘密基地に入り浸るのを止めてしまった。代わりに、父親に付いて家令の仕事を教わるようになった。

 そして、いつの頃からか、分別顔でセイラムの後ろに立つようになったのである。

「インディラは、今どの辺りだろうな」

 ぽつりとセイラムは尋ねた。その目が、遠くを見るように細まる。

「出発なさった時刻からして、カタック山の麓付近と思われますが」

 カタック山を越えれば、目的地のアグラ国だ。カマラ国は狭い。ほんの数時間馬車に乗れば他国の領土に入る。

「カイ」

「何でしょう」

 昔の呼び名で呼ばれても、カイラシュは表情一つ変えない。ただし、額に数本垂らした前髪が、微かに揺れたのをセイラムは見逃さなかったが。

「俺を、酷い兄だと思うか」

 インディラの婚礼は、七日後だった。

 相手は、親子ほども年の離れたアグラ王クマルである。

 同じ考えに思い至ったのか、カイラシュは重々しく口を開いた。

「兄としてはともかく、王として懸命なご判断だったと愚考いたします」

 アグラ国は豊かな穀倉地帯を抱える大国だ。その国力はカマラ国の比ではない。

 クマル王からインディラへ結婚の申し入れがあったのは、先月のことだ。

 インディラはまだ十四才の幼さだったが、その美しさは花にも宝石にも例えられ、他国でも評判になっていた。

 アグラ国から使者がやって来た時、セイラムは正直、好機だと思った。

「俺は、血を分けた妹を思い遣るよりも先に、国の利を測った」

 金山で潤っているとはいえ、痩せた土地の多いカマラ国は、いつ何時食糧難に陥るとも限らない。故に、アグラ国の豊かな実りを当てに出来るのは、大いに魅力的なのである。

 また、叢で息を殺して獲物を狙う狐よろしく、カマラ国の金山を狙っている国も少なくは無い。アグラ国もその狐の一匹かもしれないが、婚家をいきなり攻め滅ぼしてくることはあるまい。むしろ、他の狐への牽制となってくれるだろう。当面は。

 この二点を考えても、インディラへの求婚は渡りに船と言えた。

 たとえ、周辺諸国から見たら小国が大国に屈しただけにしか見えなくとも。

「後悔しておられるのですか?」

 カイラシュは真っすぐに主君を見上げた。

 さすが、俺の懐刀。

 聞きにくい事をしれっと聞いてきやがる。

「ああ。どうしよう、カイ」

「は?」

 珍しく、戸惑った声音のカイラシュ。

 その様子に軽い満足感を覚えながら、セイラムは右肘を上げた。

「実はもう、傷はついている」

 セイラムはひじ掛けを指差した。さっきまでセイラムがこつこつと爪で叩いていた箇所には、小さな傷跡が無数に刻まれていた。

 それを認めたカイラシュは、小さく笑った。

「職人に命じて、金箔を貼らせましょうか」

「ふふん、俺はそれにも傷を付けるぞ!」

「偉そうに言う事ですか」

 カイラシュは微苦笑する。

 が、ふっと表情を引き締めた。

「…受け継がれた傷跡なのですね」

 懐刀の家令は、やはり事情通だ。

「良く知っていたな。この傷が、歴代の王の刻んできたものだと」

 カマラは小国だ。その小さな体を守るために、代々の王は列強に阿った。潤沢な(きん)が、それを可能にした。

 列強は、そんなカマラ王を、「ご機嫌取りの王」と呼んで蔑んだ。王族としては最大級に屈辱的な呼び名を、しかしカマラ王は耐えた。

 玉座のひじ掛けに爪を立てることで。

 この事実を知る者はごく限られている。でなければ、体面を重んじて黄金を貼るように勧める臣下などいないだろう。

「この飴色は、良い味を出しているだろう?」

「御意」

 カイラシュは頷いた。

「カイ」

 と、セイラムは皮肉げに口元を歪めた。

「今回のインディラの輿入れに関しては、俺に似合いの立ち回りだったな」

 その言葉を聞いた瞬間、カイラシュは少しだけ傷ついたような顔をした。

「そんな顔するなって。俺はもう腹を括っているんだ」

 だからお前も覚悟を決めろ。

 言外に、セイラムはそう迫っている。

 カイラシュは今更ながら痛感していた。

 己の主君が、百年以上抑えてきた若虎のような獰猛さを、世界に解き放とうとしているということを。

 気づけば、片膝を折っていた。

「御心のままに。我が君」



 その数時間後、急な報せが城を揺るがした。


 曰く、インディラ王女様ご一行、カタック山で賊の襲撃に遭い、インディラ様は行方不明である、と。


 読んで頂いてありがとうございました。

 架空戦記というジャンルは初挑戦で、キャラクターの動くがままに任せて書いている感じです。着地点だけは決めてますがw

 色々至らない点は多いと思いますが、次話も読んで頂ければ幸いです。

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