第8話:「スラム脱出と、腹ペコな死神」
雨が上がり、スラムの空に淀んだ朝日が差し込み始めた。
泥水と残飯の悪臭が染み付いた裏路地を、異様な二人組が歩いている。
漆黒の大剣を背負った、レベル計測不能のトッププレイヤー・エド。
そして、その横を並んで歩くのは、泥だらけのぼろ布を纏った最弱の子供アバター・レナだ。
「……おい、本当にこの道で合っているんだろうな」
エドが周囲を警戒しながら、低い声で尋ねる。
その顔には、かつての冷酷な「死神」の面影はない。あるのは、次にいつ「美味い飯」にありつけるかという、強烈な飢餓感と期待だけだった。
「合ってるよ。私が調べた古代の植生データと、このゲームの環境マップを照らし合わせれば、ここを抜けた先に豊かな森があるはず」
レナは平然と答える。
彼女のステータスは、先ほどの『野生肉の石板香草焼き』と『ハツの串焼き』による規格外のバフによって、一時的に異常な跳ね上がりを見せていた。とはいえ、基本レベルは2。本来ならスラムのネズミにすら苦戦する弱さだ。
だが、今の彼女には最強の護衛がいる。
「グルルル……!」
路地の奥から、三頭の『腐肉喰らいの野犬』が飛び出してきた。
レナがかつて死に物狂いで倒した、レベル5の凶悪なアクティブモンスターだ。
しかし、レナが身構えるより早く、黒い旋風が吹き荒れた。
「邪魔だ」
エドの大剣が一閃する。
悲鳴を上げる間もなく、三頭の野犬は光の粒子となって消滅し、ドロップアイテムの肉塊だけが石畳に転がった。
「……あーあ。システム任せのドロップにしちゃったら、血抜きができないじゃない」
レナは頬を膨らませて不満を漏らす。
「ちっ……悪かったな。次は生け捕りにする」
最強のプレイヤーが、レベル2の子供に舌打ちしながらも素直に謝罪する。
スラムの住人たちや、遠巻きに見ている下級プレイヤーたちが、その光景に目ん玉を飛び出させていた。泣く子も黙るトップランカーが、まるで小間使いのように扱われているのだ。
「エド、あれ拾っておいて。今日の夕飯のスープに使うから」
「……了解した」
エドは文句一つ言わず、巨大な手で野犬のドロップ肉をインベントリに収納していく。
彼にとって、レナはもはや単なる「最弱アバター」ではない。自身の胃袋と、この理不尽なゲームにおける「生命線」を握る、絶対的な支配者だった。
「よし、急ごう。スラムの泥水じゃ、美味しいご飯は作れない。もっと綺麗な水と、新鮮な野菜が採れる場所へ」
レナの瞳は、未来の『夢の食堂』へと真っ直ぐに向けられていた。
目指すは、スラムの外郭に広がる広大な自然エリア。
最弱の少女と最強の護衛による、常識外れの美食探求の旅が、ついに本格的なスタートを切った。




