第5話:「廃墟の石窯と、野犬肉の極上ステーキ」
手に入れた野犬の肉塊を抱え、レナは雨を凌げる半壊した廃屋へと身を潜めた。
手には、道すがらむしり取ってきた数種類の雑草が握られている。システム上はどれも【アイテム:雑草(価値0G)】と表示されるだけのゴミだが、古代の植物学も修めている彼女の鼻は、それがローズマリーやタイムに酷似した芳香成分を持っていることを見抜いていた。
「……まずは、厨房作りから」
バフによって強化された身体能力を活かし、レナは廃屋に散らばるレンガや平らな石板を素早く集め始めた。
ただ火を焚いて直火で焼くだけでは、表面が焦げるだけで中まで均等に火が通らない。彼女が求めるのは、肉の旨味を極限まで閉じ込める完璧な火入れだ。
レンガをコの字型に積み上げ、その上に泥を拭き取った平らな石板を乗せる。即席の『石窯』の完成だ。
下で焚き火を起こし、石板が十分に熱されるのを待つ間、彼女は肉の仕込みに取り掛かる。
欠けたナイフの先端で肉の表面に細かく筋を入れ、先ほど摘んできた雑草を力強く擦り込んでいく。調味料は、肉を解体した際にわざと残しておいた微量の血液の塩分だけ。だが、野生の肉が持つ強烈な獣臭さは、ハーブの香りで完全に中和され、むしろ食欲を刺激する野性的なスパイスへと変わっていく。
「……よし。温度、完璧」
熱された石板の上に、ハーブを纏った厚切りのモモ肉をそっと置いた。
ジューーーーーーッ!
その瞬間、耳を劈くような快音と共に、真っ白な煙が立ち上った。
石板の熱で肉の表面のタンパク質が急速に変化し、黄金色の焼き目を作り出していく。焦げた動物性脂肪の香ばしさと、ハーブの爽やかな香りが混ざり合い、廃屋の中に濃厚な匂いが充満した。
「ああ……っ、いい匂い……」
レナの口から、とめどなく涎が溢れ出る。
灰色のゼリーしか知らない彼女にとって、目の前で色を変えていく肉の塊は、宝石よりも輝いて見えた。
表面がこんがりと焼き上がったところで、レナは肉を裏返し、火から少し離したレンガの上へ移動させる。
余熱を利用して、肉の内部にじっくりと火を通す『レスト』の工程だ。肉汁を閉じ込め、中心部まで美しいロゼ色に仕上げるための、狂気的なまでの温度管理。
数分後。
「……いただきます」
震える手で焼き上がった肉を掴み、レナは大きく口を開けてかぶりついた。
「――っ!」
分厚い肉を噛み切った瞬間、閉じ込められていた熱い肉汁が口の中いっぱいに弾け飛んだ。
野犬特有の引き締まった弾力。噛めば噛むほど湧き出す濃厚な赤身の旨味。そして、ハーブの香りが鼻腔を抜け、後味を鮮やかに彩る。
「おいしい……っ、おいしいよぉ……っ!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は無我夢中で肉を貪った。
熱い。美味い。生きている。
生命を直接取り込んでいるという圧倒的な実感が、レナの思考を白く染め上げていく。
【特定の行動を確認しました】
【スキル『調理(中級)』を獲得しました】
【料理名:『野生肉の石板香草焼き』】
【品質:SS(奇跡のバランス)】
【効果:基礎ステータス+50%バフ(48時間継続)、状態異常完全無効】
システムログが再び異常な数値を叩き出しているが、今の彼女にはどうでもよかった。
ただ、目の前の肉を骨の髄までしゃぶり尽くすこと。それだけが、この世界における彼女の絶対の真理だった。




