第2話:「最底辺のキッチンと、命を繋ぐ『火』」
骨髄を啜り、HPの減少を食い止めたのも束の間。
冷たい雨に打たれ続けるレナの体温は容赦なく奪われ、ステータス画面には新たな警告が点滅し始めていた。
【警告:体温低下。このまま放置すると『凍傷』および『風邪』のバッドステータスが付与されます】
「……っ、寒、い……」
ガチガチと歯の鳴る音が、裏路地に響く。
先ほどは運良く寄生虫の判定に勝てたが、最弱アバターの低いステータスで生ゴミを食べ続ければ、いずれ確実に病気になって死ぬ。
「……調理、しなきゃ。安全に食べるための、火……それと、鍋が……」
ふらつく足で立ち上がったレナは、再びゴミの山へと向かった。
悪臭に顔をしかめることもなく、泥にまみれながらガラクタを素手で掘り返していく。
普通のプレイヤーなら、初期装備を売ってでも宿屋や食堂へ向かうだろう。だが、彼女にそんな選択肢はない。あるのは狂気的なまでの「食と生存への執念」だけだ。
「……あった」
レナの小さな手が掴み出したのは、ひどく歪んで底が黒焦げになった『錆びた空き缶』と、刃こぼれした『欠けたナイフ』。そして、誰かが捨てたであろう『削りカスの発火石』だった。
どれもこれも、システム上は【アイテム:ゴミ(価値0G)】と表示されている。
だが、現実世界で古代のサバイバル動画を何千時間も暗記してきた彼女にとって、それは宝の山だった。
「これで、キッチンができる……」
雨の当たらない路地裏の奥、崩れかけたレンガの隙間に身を潜める。
湿っていない紙くずと木くずを集め、欠けたナイフの背で発火石を強く擦り上げた。
カチッ、カチッ……シュボッ!
何度目かの挑戦で、小さな火花が木くずに燃え移る。
息を吹きかけ、慎重に火を育てる。チロチロと燃え上がった小さな炎が、レナの冷え切った顔を赤く照らし出した。
「はぁ……あったかい……」
【条件を満たしました】
【スキル『サバイバル(初級)』を獲得しました】
かじかむ手を火に翳しながら、彼女はすぐさま次の行動に移る。
雨水を溜めた空き缶を火にかけ、グツグツと沸騰させる。煮沸消毒だ。そこに、先ほど残飯の中から拾い集めておいた『腐りかけの野菜のクズ』と『骨についた僅かな肉片』を放り込んだ。
灰色のゼリーしか食べたことのない彼女にとって、それは初めて体験する「自分の手による調理」だった。
「……塩分がないから、味気ないかも。でも、熱を通せばタンパク質は……」
ブクブクと泡立つ空き缶の鍋。
見た目はただの汚い泥水スープだ。だが、立ち上るその微かな香りに、レナは恍惚として目を閉じた。
最底辺のゴミ捨て場に、彼女だけの『夢の食堂』が、ひっそりと産声を上げた瞬間だった。




