第24話:「イキり冒険者と、自家製スモークの暴力」
「はぁっ、はぁっ……くそっ、なんだこの異常な匂いは……!」
中級剣士の男は、ミスリルの剣を杖代わりにして森を歩いていた。
彼らパーティの四人は、森に入ってからずっと強烈な「肉が燻される香ばしい匂い」に当てられ続け、すでに空腹度は限界に近い。嗅覚シミュレーターが脳を直接揺さぶり、理性を削り取っていく。
「リーダー、見えました! あれです!」
斥候の男が指差した先。
森の開けた場所に、立派なログハウスが建ち、その前の石窯からモクモクと食欲を狂わせる煙が立ち上っていた。
「あれが匂いの発生源……幻覚モンスターの巣か! よし野郎ども、一気に踏み込んでレア泥ごと掻き攫うぞ!!」
四人は残ったスタミナを振り絞り、武器を構えてログハウスへと突撃した。
「幻覚モンスター、覚悟ぉぉぉお――ッ!!」
しかし。
彼らの雄叫びは、ログハウスの扉が開くよりも早く、唐突に途切れた。
「……やかましいぞ、羽虫ども」
「エド、私の獲物を取るな! 突っ込んでくるアホの相手は私の仕事だ!」
ドンッ!! バキィィィッ!!
森を揺るがす鈍い音と共に、突撃したはずの中堅冒険者四人の体が、軽々と空を舞った。
剣士のミスリルの剣は、漆黒の外套を着た男が指先で弾いただけで粉々に砕け散り。
後衛の魔法使いは、白銀の鎧を着た女騎士の裏拳の風圧だけで木に叩きつけられた。
「あ……がっ……!?」
地面に転がったリーダーの剣士は、HPバーが残り1ミリ(レッドゾーン)になっているのを見て絶望した。
見上げれば、計測不能の圧倒的なプレッシャーを放つ二人の化け物が、呆れたように見下ろしている。幻覚の罠などではない。ここは、絶対に足を踏み入れてはいけない領域だったのだ。
「エド、セリア! お店の前で血生臭いことしないでって言ってるでしょ!」
そこへ、ログハウスの奥から怒ったような少女の声が響いた。
エプロン姿のレナが、呆れ顔で出てくる。その後ろには、大きな木のお皿が抱えられていた。
「もう……せっかく熊肉の燻製が一番美味しくできたところなのに、お店の前で暴れないでよ」
レナは呆れ顔で出てくると、大きな木のお皿を抱えたまま、地面に転がる男たちを見下ろした。
「……って、あなたたち、すごいお腹の音。限界まで空腹度減ってるじゃない。倒れちゃう前に、ほら、これ食べて」
レナはHP1で虫の息になっている男たちの口に、強制的に分厚い肉の塊を突っ込んだ。
「あ、が……こんな得体の知れない肉……食え、るか……ッ」
男は最後の抵抗を試みたが、舌に触れた瞬間に脳がバグを起こした。
一晩かけて岩塩とスパイス、そして燻煙の香りを限界まで閉じ込めた『洞窟熊のスモーク』。噛み締めた途端、凝縮された野性の旨味が爆弾のように弾け飛んだのだ。
「――ッ!?」
【料理名:『カヴェン・ベアの極上スモーク肉』】
【効果:HP・スタミナ完全回復。状態:『極上の満腹』『至福』を付与】
致死寸前だったHPが、一瞬で全回復する。
それ以上に、彼らの味覚と理性が、この暴力的なまでの「美味さ」の前に完全に屈服していた。
「う……うぉぉぉぉぉぉぉん!! 美味いっ! なんだこれ美味すぎるぅぅぅ!!」
「リーダー! 俺たちの負けです! こんな美味いものを食わせるモンスターがいるわけないです!!」
四人の男たちは地面に這いつくばったまま、涙と鼻水を流して熊肉の燻製を貪り食った。
最強の二人に物理でボコボコにされ、最弱の少女の料理で胃袋を掌握される。
「……たく。これでまた、騒がしい常連客が増えたわね」
レナは空っぽになったお皿を見下ろし、やれやれと肩をすくめた。
街で流れた「森の幻覚モンスター」の噂は、彼らによって「森の奥の最強すぎる隠れ家食堂」という新たな伝説へと書き換えられ、さらに多くのプレイヤーの耳へと届くことになるのだった。




