第22話:「山の王者と、漆黒の絶品ソース」
真新しいログハウスの厨房で、かつてない規模の調理が始まっていた。
「まずは熊肉から! 脂の乗った部位を大きく切り分けて、エドが持ってきてくれた『岩塩』と、ミレが見つけた『痺れ木の実』をたっぷりと擦り込むよ!」
レナの指示で、エドが自身の巨剣を使って熊肉をサイコロ状に切り分ける。
砕いた岩塩と挽きたてのスパイスを纏った分厚い肉塊が、超高温の石窯に放り込まれた。ジュワァァァッという爆音と共に、野性味溢れる濃厚な脂の匂いが立ち昇る。
「おお……いい匂いだ。塩とスパイスだけで、これほど肉の香りが引き立つとはな」
エドがカウンターから身を乗り出し、喉を鳴らす。
「次はセリアのイカ! 足と胴体を切り離して、『海塩』を振って網焼きにするね。……あ、そうだ。このイカ、すごく新鮮だから『アレ』も使おうっと」
レナは解体した巨大イカの胴体から、慎重に「真っ黒な袋」を取り出した。
そして、熱したフライパンに熊の脂を引き、その袋を破って中身をぶちまけた。
ジューーーッ!!
「ひぃぃぃぃッ!?」
フライパンの中でドロドロに煮え滾る「漆黒の液体」を見て、セリアが悲鳴を上げてカウンターの端まで後ずさった。
「ど、毒だ! レナ、お前まさか私を暗殺する気か!? なんだその禍々しい闇の魔術みたいな液体は!」
「魔術じゃないよ。イカの墨が入った袋だよ」
「墨!? 文字を書くあの墨か!? 食べ物ではないだろう! 絶対に嫌だ、私はそんな泥水みたいなものは食わんぞ!」
セリアが涙目で首をブンブンと横に振るが、レナは悪魔のように微笑んだまま、漆黒の液体に海塩とスパイス、さらに細かく刻んだイカの足とキノコを投入して煮詰めていく。
「はい、お待たせ! 『洞窟熊のワイルドロースト』と、『巨大イカの丸焼き』。そして……『イカとキノコの漆黒ソテー』だよ!」
カウンターに、三つの大皿がドンッと置かれた。
肉汁が弾ける熊肉。香ばしく焦げ目のついた巨大イカ。
そして、セリアの目の前には、文字通り真っ黒に染まった得体の知れないソテーが鎮座している。
「……いただく」
エドは一切の躊躇なく熊肉に食らいついた。
「――ッ! 素晴らしい……! 岩塩のガツンとした塩気と、痺れ木の実の強烈な香りが、熊特有の臭みを完全にねじ伏せている。噛めば噛むほど野性の旨味が溢れてくるぞ」
エドが恍惚とした表情で肉を貪る横で、ミレとパピーも「おいひい!」「わんっ!」と夢中で熊肉とイカ焼きを頬張っている。
「……うぅ……」
セリアだけが、目の前の漆黒のソテーを前に震えていた。
だが、その真っ黒な見た目に反して、立ち昇る湯気からは、食欲を狂わせるような強烈な「磯の香り」と「濃厚な旨味の匂い」が漂ってくる。
「騙されたと思って、一口だけ食べてみて。……ほら、あーん」
レナがフォークに漆黒のイカを刺し、セリアの口元へと運ぶ。
セリアは覚悟を決めたように目をギュッと瞑り、パクリとそれを口に含んだ。
「――ぁっ」
セリアの目が見開かれた。
口の中に広がったのは、泥の味でも毒の味でもなかった。イカ墨に凝縮された圧倒的なアミノ酸(旨味)の暴力だ。熊の脂のコクと、海塩のまろやかな塩気、そしてスパイスの刺激が、イカの弾力ある身にねっとりと絡みついている。
「な、なんだこれは……ッ!? 見た目は最悪なのに、噛むたびに口の中で濃厚な海の旨味が爆発するぞ! まるで極上のソースじゃないか!!」
【料理名:『グランド・スクイッドの漆黒ソテー』】
【効果:MP完全回復。状態:『極上の満腹』『海神の加護(水耐性)』を付与】
「ふふっ、美味しいでしょ?」
「ああ、美味い! 美味すぎる! レナ、もっとだ! この黒いソースをもっと私に寄越せ!」
先ほどの拒絶反応はどこへやら。
セリアは口の周りを泥棒のように真っ黒に染めながら、狂ったように漆黒のソテーを皿ごと掻き込み始めた。
山の王者と海の覇者、そして二つの塩。
最強の常連客たちの胃袋は、最弱の料理人の手によって、今日も完全に掌握されたのだった。




