第18話:「怪鳥の白湯スープと、料理人の死活問題」
チュン、チュン、と森の小鳥のさえずりが、ログハウスの木の壁をすり抜けて聞こえてくる。
真新しいカウンター席には、昨晩のミックスグリルを限界まで詰め込み、そのまま突っ伏して眠りこけたエドとセリアが並んでいた。
「ん……むぁ……」
セリアが目をこすりながら顔を上げる。
「よく寝た……ん? なんだこの、とてつもなく優しくていい匂いは……」
「おはよう、セリア。ちょうど朝ごはんができたところだよ」
厨房から顔を出したレナが、にっこりと微笑んだ。
彼女は早朝から起き出し、昨晩大量に余った『森の怪鳥』のガラ(骨)を叩き割り、ミレが採ってきてくれた臭み消しの薬草と共に、大鍋でじっくりと煮込んでいたのだ。
コトコトと煮立つ鍋の中身は、骨髄から溶け出した濃厚な旨味によって、白濁した極上の『白湯スープ』へと変化している。
「朝は胃に優しいものがいいと思って。コカトリスの出汁スープに、ミレが昨日見つけてくれた野草を浮かべてみたの」
レナが木のお椀にスープを注ぐと、その匂いに釣られてエドもムクリと起き上がり、パピーも足元で尻尾を振り始めた。
「……いただく」
エドがお椀を両手で持ち、ズズッとスープをすする。
「――ッ」
最強の死神の強面が、ふわりとだらしなく緩んだ。
昨晩の暴力的な肉料理とは正反対の、全身の細胞に染み渡るような深く優しい旨味。怪鳥の濃厚な出汁を、微かな塩気と野草の爽やかな香りが完璧にまとめ上げている。
「あぁ……五臓六腑に染み渡るぞ、レナ……。朝からこんな極上のスープが飲めるとは、騎士を辞めてここに永住したいくらいだ」
セリアも恍惚とした表情でお椀を傾け、隣でミレも
「おいひいですぅ……」と朝から幸せそうに涙ぐんでいた。
【料理名:『コカトリスの白湯スープ』】
【効果:HP・MP継続回復(微)。状態:『安らぎ』を付与】
システムログも、朝にふさわしい穏やかなバフだけを静かに表示している。
みんなが幸せそうにスープを飲み干す中、レナだけが少し困ったような、深刻な表情でカウンターに手をついた。
「みんな、喜んでくれて嬉しいんだけど……実は、すごく重大な問題があるの」
「問題だと? この最強の剣士セリアが、どんなモンスターでも叩き切ってやるぞ!」
「違うの。モンスターじゃなくて……お塩が、もう底を尽きそうなの」
レナは空っぽになりかけた、小さな革袋を逆さに振って見せた。
それは、スラムでエドをテイムした際に彼から巻き上げた、初期装備の僅かな岩塩だった。
「塩がないと、お肉の保存もできないし、何より料理の味が引き締まらなくなる。昨日のミックスグリルみたいな味は、もう出せないよ」
「なっ……!?」
「それは、死活問題だ……!!」
セリアとエドが、弾かれたようにガタッと立ち上がった。
彼らにとって「レナの美味しいご飯が食べられなくなる」ことは、モンスターの襲撃よりも遥かに恐ろしい、世界の終わりにも等しい絶望だった。
「よし! すぐに出発するぞエド! 塩だ、塩のモンスターを狩るぞ!」
「落ち着け馬鹿女。塩は狩るものじゃない。……レナ、どこに行けばその『塩』は手に入る?」
血走った目で迫る最強の二人に、レナは少しだけ呆れながらも、ニヤリと料理人としての野心に満ちた笑みを浮かべた。




