第14話:「迷宮知らずの女騎士と、賑やかな食卓」
切り株のテーブルで、ミレが美味しそうにローストポークを頬張っている。
その和やかな空気を引き裂くように、森の奥から凄まじい地響きと木々がへし折れる音が近づいてきた。
「ひぃっ!? も、モンスターの大群!?」
ミレが涙目でフォークを落としそうになる。
だが、大樹の根元に座るエドは微かに眉をひそめただけで、武器を抜こうともしなかった。
「……いや、違う。あの馬鹿力のやかましい足音は……」
エドが呟いた直後、更地を囲む巨大な茂みが強引に吹き飛ばされた。
「見つけたぞおおおおおっ!!」
肉のニオイに釣られて現れたのは、白銀の重装甲に身を包んだ長身の女騎士だった。
透き通るような金髪と凛々しい美貌。しかし、頭上のマーカーにはエドと同じく『セリア:Lv(計測不能)』と表示されている。間違いなく、このゲームのトップ層に君臨する化け物の一人だ。
だが、威風堂々たるその姿とは裏腹に、彼女の腹からは巨大なドラゴンが咆哮を上げたような「ぐきゅるるるるるるるっ!」という爆音が鳴り響いていた。
「エド! 貴様、こんな森の奥深くで一人だけ極上の肉を独占するとは何事だ! 私を差し置いて抜け駆けなど許さんぞ!」
セリアは血走った目でエドを指差して叫ぶ。
「……お前、王都の防衛クエストに参加していたはずだろう。なぜこんなスラムの外郭の森にいる。また迷子になったのか」
エドが心底呆れたようにため息をつく。
「ま、迷子ではない! 風の精霊の声に導かれて偵察をしていただけだ! それよりも……ああっ、なんだその輝くような肉塊は! 匂いだけで私のHPが回復しそうだ!」
極度の方向音痴により三日三晩森を彷徨い、飢餓状態に陥っていた脳筋のトッププレイヤー。それが彼女の正体だった。
セリアは石窯の上のローストポークにフラフラと歩み寄ると、ヨダレを垂らして完全に釘付けになっている。
「ふふっ」
そのポンコツすぎるやり取りを見て、レナは思わず吹き出してしまった。
彼女は残っていたローストポークの分厚い塊を切り分け、ミレがリュックから「お代の代わりに」と提供してくれた森の香草を添えて、大きなお皿に盛り付けた。
「はい、お腹空いてるんでしょ? どうぞ」
「……っ!! い、いいのか!? 恩に着る!!」
セリアは猛烈な勢いで肉に食らいついた。
その瞬間、凛々しかった女騎士の表情が、だらしなく溶け落ちる。
「はふっ、はむっ……んんんん〜〜〜っ! 美味しいっ!! なんだこの柔らかさは! 脂が、肉汁が、口の中で暴れ回っている……っ!」
【料理名:『暴食猪の極上石窯ロースト』】
【効果:空腹度完全回復。筋力一時上昇(小)。状態:『恍惚』を付与】
システムログは、彼女の脳筋ぶりを肯定するような微小な筋力バフと、幸せに満ちた状態異常だけを告げていた。
「おいセリア、私の肉だぞ。勝手に全部食うな」
「うるさいエド! 貴様はもう十分食べただろう! これからは私がこの少女の専属騎士となって、肉をすべて管理する!」
「ふざけるな。この食堂の護衛は俺だ」
最強プレイヤー二人が、一切れの肉を巡って子供のように口喧嘩を始める。
その足元では幻獣が「もっとお肉ちょうだい」と吠え、ミレが「あの、喧嘩しないで……!」とおろおろしながらも、出された香草のお茶を美味しそうに飲んでいる。
「あははっ! みんな、いっぱい食べるならまた焼くから、ケンカしないで」
レナは石窯の前で、腹を抱えて笑った。
味覚を失い、孤独だったディストピアの少女。彼女が今、このVR世界の森の奥で、常軌を逸したキッチンを中心にして、最高に賑やかで温かい『自分の居場所』を作り上げた瞬間だった。




