第12話:「匂いに釣られた珍客と、もふもふの常連第一号」
石窯から引きずり出された巨大なローストポーク。
滴る肉汁とハーブの香りが更地を満たす中、レナとエドは至福の表情で分厚い肉塊を平らげていた。
ガサッ。
不意に、森の奥の茂みが大きく揺れた。
エドがピタリと咀嚼を止め、凄まじい速度で大剣の柄に手をかける。最強のプレイヤーが放つ、ヒリつくような殺気。
「エド、待って。武器をしまって」
レナは慌ててエドの腕を掴み、制止した。
茂みを掻き分けて現れたのは、凶悪なモンスターではなかった。透き通るような銀色の毛並みと、額に小さな青い宝石を持った、子犬ほどの大きさの獣だった。
頭上のマーカーには『星屑の神狼:Lv??』と表示されている。
本来ならプレイヤーが一生に一度出会えるかどうかの超希少な幻獣だ。しかし、その伝説の生き物は今、フラフラとした足取りで歩み寄り、レナたちの前でペタンとへたり込んでしまった。
「きゅうぅぅ……」
情けない鳴き声と共に、その小さなお腹が盛大に鳴る。
銀色の毛並みは泥と枯れ葉で汚れ、目はローストポークに釘付けになっていた。伝説の幻獣もまた、この世界の理不尽な「飢え」に苦しんでいたのだ。
「……お腹、空いてるの?」
レナはふわりと微笑むと、石窯の前にしゃがみ込んだ。
自分が食べるつもりだった、一番脂の乗った柔らかい部位を切り分け、木のお皿に乗せて幻獣の前にそっと差し出す。
「きゅっ!?」
幻獣は一瞬だけ警戒するようにエドをチラリと見たが、抗いがたい肉の匂いに負け、顔を突っ込んで勢いよく食べ始めた。
ハムッ、ハチャッ、と夢中で肉を頬張る音。
飲み込んだ瞬間、幻獣の額の宝石が淡く輝き、泥で汚れていた銀色の毛並みが、内側から発光するように美しく艷やかなものへと変化した。
【料理名:『暴食猪の極上石窯ロースト』】
【品質:EX(神の領域)】
【効果:空腹度完全回復。HP継続回復(微)。状態:『至福』を付与】
ゲームバランスを崩壊させるような過剰なステータス上昇のログは、もう出ない。
そこにあるのは、純粋に「美味しいものを食べて生命力が満ちた」という、穏やかで温かいシステムメッセージだけだった。
「ふふっ、美味しい? 上手に焼けたでしょ」
レナがそっと手を伸ばすと、幻獣は逃げるどころか、自らその小さな頭をレナの手のひらに擦り付けてきた。
もふもふとした極上の毛並みの感触が、レナの心を優しく解きほぐしていく。
「……おい。そいつはテイム(従魔契約)不可の超レアモンスターだぞ。なぜただの肉切れ一つで懐いているんだ」
エドが大剣から手を離し、呆れたように呟く。
「お肉の力だよ。ねえ、この子、ここで一緒に暮らしてもいいかな? 残飯処理係兼、私の癒し枠として」
「勝手にしろ。俺の飯さえ減らなければどうでもいい」
「わふっ!」
幻獣はエドに向かって一度だけ愛想よく吠えると、レナの膝の上でクルリと丸まり、幸せそうに目を閉じた。
殺伐としたサバイバルエリアのど真ん中。
無骨な巨大石窯の傍らで、最弱の少女と最強の護衛、そして幻獣の子供が、食後の穏やかな時間を共有している。
ワイワイと賑わうことになる『夢の食堂』の、これが記念すべき最初の日常風景だった。




