表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

考える葦

作者: vurebis
掲載日:2026/02/03

 人は、生まれつき持っているものと、後から身につけるものがあるらしい。

 良心とか、常識とか、罪の意識とか。

 それらは皆、時間をかけて、自然と心に根付くものだと。

 僕は、そうだと思っていた。

 だからこそ、気づいた時には遅かった。

 ――自分には、それが無い。

 無くしたのではない。

 奪われたのでもない。

 最初から、そこに存在していなかった。

 その事実を理解した時には、すでに僕は檻の中にいた。


 看守 「反省しろ」


 短い言葉だった。

 怒鳴り声でもなければ、感情もこもっていない。

 ただ、事務的だった。

 反省。何を?

 そう聞き返したかったが、口には出さなかった。

 答えが返ってこないことを、もう知っていたからだ。

 反省とは、罪の自覚があって初めて成立する行為だ。

 なら、その前提が欠けている人間は、どうすればいい。

 僕は、独房で静かに考えていた。

 檻の外では、鍵が鳴る。

 遠くで、誰かが泣いている声がする。

 それらは現実だ。

 理解できる。

 正しく認識できる。

 ――それなのに。

「悪いことをした」という感覚だけが、どうしても分からない。


 看守 「自分が何をしたか、分かっているのか」


 看守が僕に問いかける。

 分かっている。

 事実としては。

 出来事は、すべて覚えている。

 順序も、結果も、周囲の反応も。

 ただし、そこに重さが無い。

 人が言うところの「罪悪感」というものが、どんな形をしているのか、想像すらできなかった。

 だから、代わりに覚えた。

 表情。

 声の震え。

 距離の取り方。

 人は、何か、自分が悪いと判断した時、決まった反応を示す。

 それを記憶し、真似ることはできる。

 実際、そうしてきた。

 謝罪もした。

 頭も下げた。

 後悔しているような顔も、作った。

 それでも、どこかが決定的に違っていたらしい。

「分からないなら、考えろ」と言われた。

「考えても分からないなら、感じろ」とも。

 僕には無理な話だ。

 存在しない感覚を、どうやって感じろと言うのだろう。

 僕はただ、知りたいだけ。

 人が言う「罪」とは、一体どこに、どうやって生まれるものなのか。


 僕には感情が無いわけではない。

 空腹は分かる。

 痛みも分かる。

 不快と愉快の区別もつく。

 ただ、そこに評価が伴わない。

 悪いという判断だけが、欠落している。

 医師は、それを障害だと言った。

 看守は、言い訳だと言った。

 法廷は、危険だと言った。

 どれも、事実として理解できる。

 否定する気はない。

 人は、自分と違うものを恐れる。

 それも、合理的だ。

 だから僕なりに努力した。

 本を読んだ。

 記録を見た。

 過去の事件と、その判決を照合した。

 何が「罪」になり、どこからが「許容」なのか。

 線は曖昧だった。

 時代と場所で、簡単に変わる。

 にもかかわらず、更に分からないのは、人はそこに感情を乗せる。

 怒り、悲しみ、嫌悪。

 ときに、快感すら。

 理解できなかったが、記憶はした。

 反省文の書き方も学んだ。

 短すぎてもいけない。

 具体性がなければ誠意が無いと判断される。

 主語は「私」

 動機は「未熟さ」

 結論は「深く反省しています」

 それを口にすると、皆、少し安心した顔をする。

 効果は確認済みだ。

 それでも、評価は変わらなかった。

「心が無い」

「人間じゃない」

「怖い」

 そう言われる理由は分かる。

 同意もできる。

 感情が無い人間より、感情が理解できない人間の方が、扱いづらい。


 看守 「被害者の気持ちを考えろ」


 被害者。

 その単語は、役割を示しているに過ぎない。

 出来事の中で、損失を被った側。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 気持ちは推測できる。

 統計的にも、過去の例からも。

 だが、それを重いと感じる機能が無い。

 だから、僕は選択を間違えない。

 感情に引きずられないからだ。

 結果だけを見る。

 効率と確率だけを比較する。

 それが、社会にとって最善だと本気で信じていた。

 ――信じていた、という表現は正確ではない。

 疑う理由が、無かった。

 檻の中で、ようやく一つだけ理解した。

 人は、「罪を感じない人間」を最も重い罪として扱う。

 それが、ここにいる理由だ。


 制度は、感情を前提に作られている。

 反省する者は、戻れる。

 後悔を示す者は、管理できる。

 ……その前提が、まず面白い。

 誰が決めたのだろう。

「感じている人間は安全だ」と。


 反省には、形式がある。

 言葉の選び方。

 声の大きさ。

 沈黙の長さ。

 それを守ると、人は安心する。

 ――不思議だ。

 中身よりも、外側の方が

 よほど重要らしい。


 看守 「被害者の気持ちを考えろ」


 ……まただ。

 この言葉は、いつも同じ場所に置かれる

 考えている。

 正確に。

 どの程度の恐怖か。

 どれくらいの損失か。

 回復の見込みはあるのか。

 ここで、少しだけ困る。

 それを重いと感じられない。


 だから、危険なのだそうだ。

 罪を感じない人間は、何をするか分からない。


 ……本当に?


 感情に振り回される人間より、ずっと予測可能だと思うのだが。


 もちろん、それは口には出さない。

 それも学習済みだ。

この作品は朗読会、Lunask Act4で使用した台本です。


朗読動画、配信にご利用いただいて問題ございません。


その際は概要等に下記の表記をお願い致します。


シナリオ:vurebis(https://x.com/vurebis_)


※ご使用される際、私に報告等は一切必要ありませんが、教えていただけますと全力で応援させていただきます!

※自作発言等はご遠慮ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ