4、精霊と勇者 聖なる力
洞窟の奥。聖杯が消えた石像の台座から、瘴気が噴き上がっている。瘴気は毒みたいなものだ。浴び続けてしまうと、身体を蝕んで、最悪の場合は死に至る。
「レイ、俺たちも逃げよう! このままここにいたら死んじゃうよ!」
「……村はどうするの?」
「で、でも……」
このまま瘴気が漏れ出したら、ダブトの村は瘴気でさらに汚染されてしまって、皆んな死んじゃう。
「……あんたはまだ子どもなんだから、逃げなさい。ここは私が食い止めるわ」
レイの足元に、聖雷の水色の魔法陣が浮かび上がる。でも、やっぱり魔法陣は綻んでいるし、魔力も安定していない。
ただ、レイの聖なる魔法は吹き出している瘴気にとっては相性がよさそうに見える。俺が上手くレイの魔力を導くことができれば、瘴気を抑えられるかもしれない!
立ち上がろうと身体に力を入れるけれど、力が入らない。だめだ、さっきの戦いで魔力を使いすぎたんだ。
「くそっ!」
悔しくて、俺は地面を殴りつける。
どうすればいいのかわかるのに、俺はまだ子どもだから、大人に比べたら魔力の絶対量が少ない。もっと俺に魔力があればレイを、村の人たちを助けられるのに……。
でも、このままじゃレイだって危ない。
何か、何かこの場にレイを——ダブトの村を救えるものはないのか。座りながらも辺りを見渡すと、ふと精霊の石像が目に入った。
微かに感じる神聖な力は、消え入りそうだけどまだ消えてはいない。俺にはあまり力は残っていないけど、精霊さんの力を借りれば、もしかすれば!
……身体が動かない?
「……そんなの、知るもんか!」
身体強化魔法を無理やりかけて、起き上がる。頭がズキッと痛むけど、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「……あんた、逃げなさいって!」
「レイを残して、逃げるなんて絶対に嫌だ!」
精霊の石像の前まで歩いて、ポーチから聖水を取り出す。ただ今のままだと、感じる精霊さんの力に適合していないから、解析魔法で成分を調整して——
「……あんた、また無理してるでしょ!」
「今は、こうするしかないんだ!」
解析していると、頭も痛い、ポタポタと目や鼻から血が出てくる。精霊さんの魔力もレイと同じくらいに複雑だ。簡単にできるものじゃない。
それでも、この状況を打開するにはこうするしかない!
聖水の効力を精霊さんの力を取り戻すために適合させると、聖水の輝きはより一層純度を高めキラキラと輝いている。
「……できた。あとは、これを……」
だめだ、もう流石に立ってられないや。俺がその場に崩れ落ちると、聖水をレイが代わりに掴んでくれた。
「……これをかければいいのね」
「……うん」
レイが精霊の石像に聖水を振りかけた直後、優しい光が瘴気に満ち溢れた洞窟を優しく包み込んでいく。
すごく、安心する光だ。
光と共に、壊れた石像は元の姿へと修復されていき——
『ありがとうございます。おかげで、力を取り戻すことができました』
精霊の石像が光り輝くと、石像から精霊さんが顕現した。輝く金色の髪に、白いドレス、天使のような羽を身に纏う姿は、すごく神聖な力を感じる。
『ですが、復活したばかりの私の力で吹き荒れる瘴気を、全てを押さえ込むことは難しいようです』
そう言って、精霊さんはレイの方を向いた。
『すべて見させていただきました。レイさん、あなたには勇者の力——聖なる力をお持ちのようですね』
レイは精霊さんの言葉を受けて、俯いてしまっている。
確かに聖なる力をレイは持ってる。でも、上手く制御できなくて暴走させちゃうかもしれなくてためらっちゃてるんだ。
『……あなたの力が頼りなのです!』
「……私は」
……だめだ、なんて言ってる場合じゃない。
「……俺が制御する。それなら、大丈夫でしょ?」
身体はボロボロだ。それでも、ここで寝てる場合じゃない。
レイやダブトの村を助けるんだ!
無理に笑うと、レイは不安そうな表情を向けてくる。
「あんた、ボロボロなのに……。そこまでして、どうして……」
「俺は……魔法で困ってる人の役に立ちたい。それだけだ」
「……死んだら、何にもできないのよ」
レイが心配してくれるのがすごく嬉しい。だからこそ、力が湧いてくる!
「大丈夫! 俺はレイの魔法を解析するまで、絶対に死なないから!」
とは言ったものの、正直フラフラだ——そんな俺をレイが支えてくれる。
「……死んだら、許さないから」
「大丈夫だって! レイ、いくよ!」
「……えぇ。私、やります」
レイが精霊さんに言うと、頷いて——俺にもにっこりと微笑んでくれた。
『この洞窟には瘴気を生み出す魔素が大量に眠っています。私たちの聖なる魔法で全てを浄化します!』
「……わかりました」
レイが頷き、その場にしゃがみ込んで魔法陣を展開したから、俺はそんなレイの方に手を乗せる。
「やっぱ、めちゃくちゃだなぁ」
「……うるさいわね、黙って制御しなさいよ」
「わかってるよ!」
とはいえ、一つ嬉しいことがある。何せ、同じく神聖な魔力を持つ精霊さんが俺のそばで魔法を使おうとしているんだ。
それを見せて貰えば、レイの魔法を制御する参考になるかもしれない。レイの魔法の制御をしつつ、精霊さんの魔力の流れを追う。
「……なるほど! 無理に魔力の流れを作るんじゃなくて、自然に流れを作るように導くのが最適解なのか!」
「あんた、この状況でどうして興奮してるのよ! 集中してるわよね!」
「黙っててくれよ! 今、すごくいいところなんだから!」
精霊さんの魔力の流れは安定している。それに、なんだか覚悟を感じる。絶対にこの瘴気を止めて見せるって……。
「そっか……」
「何が?」
「レイ、俺たちも絶対にこの瘴気を止めるぞ!」
俺が言うと、レイがチラッと俺の方を向いてすぐに正面に顔を戻した。
「……当たり前じゃない」
レイからも覚悟が伝わってくる。すると、どうしてだろう、少しだけ魔法の解析の負担が減ったように感じる。もちろんまだまだ頭は痛いし、目もズキズキとするけれど、前ほどじゃない。
レイの覚悟の気持ちと俺の気持ちも合わせて——レイが展開しためちゃくちゃだった魔法陣の配列が、規則性を持って瘴気を浄化させるのにふさわしい最良の形へと姿を変える。
『レイさん、ライズくん今です!』
精霊さんの掛け声を聞いて、振り返るレイに頷く。
「レイ、いくよ!」
「……えぇ、『聖雷浄波』」
レイの綺麗に輝く雷と精霊さんの優しい魔力が辺り一面を照らし、溢れ出る瘴気を神聖な波動で打ち消した。
「綺麗だ……」
「……本当ね」
「……しかも、すっごく、あったかいや」
暖かい光を受けて、俺は目を瞑ると、すぐに眠りについてしまった。
◆
洞窟の奥という空間にも関わらず、ライズは気持ちよさそうに寝ている。よだれを垂らして、また何かを食べている夢でも見ているのかしら。
『レイさん、ご助力感謝いたします。おかげで、この洞窟の瘴気を完全に除去することができました』
精霊は私にお礼を言ったけど、私は何もしてない。ただ、神聖な魔力を持っているだけ。
真に労われるべきは、私の魔力を操作して浄化の魔法を導いてくれた、気持ちよさそうに寝ているライズだ。
「私は、別に……」
精霊から顔を背けると、精霊がフッと優しく笑った。
『……大丈夫です。レイさんには小さな騎士がついていますから』
小さな騎士って、もしかしてライズのことを言っているのだろうか?
魔法の腕前はすごいけど、身体を動かすことが苦手な、ただの生意気な子どもだ。
無茶はするし、危ないことにも首を突っ込むし——でも、最後まで諦めない姿は、ちょっとだけ騎士に見えなくもない。
寝ているライズに目を向けると、ズボンからシャツが飛び出して、お腹が見えてる。バンザイのような格好で、口をむにゃむにゃ動かしている。
……いや、やっぱりただの子どもにしか見えないわ。
「……それより、何者かが聖杯を奪っていきましたけど」
話を切り替えるために私は言った。
魔物たちの狙いはそもそも、あの聖杯だったように思う。策を弄して聖杯を奪っていた、あの聖杯には盗むに値する力が秘められているのだろうか。
すると、精霊は深刻そうな表情になり、地面に目を向けた。
『あの聖杯は、私の力を強め、この洞窟の瘴気を抑えていた魔法の聖杯です。私の力と聖杯の力で聖なる水を作り、瘴気を抑え、村を癒していました』
精霊は私に視線を向けてから、続ける。
『ですが、先日泉に闇の魔力を流し、泉を汚した存在がいます』
「それが、あのダークスライム」
精霊は頷く。
『その者と交戦しましたが力およばず。泉も汚され、聖杯も奪われてしまいました。あの聖杯には魔法を無効化する能力があります。悪用されてしまったら……』
「大変ですね……」
そんなものを魔物が狙う理由は、見当がつかない。私としてはそれが悪用されないように奪った相手を倒すだけ。
「それを盗んだ相手の行き先なんて、わかりますか?」
『はい……ダブトを北西に進んだ先にある『スリーツの街』の方へ、聖杯の力が移動しているのを感じます』
「……ありがとう」
一刻も早くスリーツの街に行って、悪用される前に敵を止めたい。だけど、小さな騎士を置いていくわけにはいかない。
別に置いて行っても構わない。
でも……。
「……本当、調子狂うわね」
とりあえず村に戻って、ライズが起きるのを待つとしましょう。
もう一度、ライズの寝顔に目を向ける。今は幸せな気持ちに浸らせてあげましょう。




