3、VSアークゴブリン
レイの剣とアークゴブリンの剣がぶつかり合い、金属の重い音が、静かな森に響き渡る。
「……っ」
「我が配下を倒しただけのことはある。だが——」
アークゴブリンが剣を薙ぎ払うように振るうと、剣で防ごうとしていたレイが勢いに負けて吹き飛んで木に叩きつけられてしまった。
「……がっ」
レイは叩きつけられた衝撃で声を漏らしたけど、すぐに立ち上がってアークゴブリンの元へと向かっていく。
そんなレイの様子を見て余裕そうな表情で、アークゴブリンがニヤリと口角を上げる。
「カーズ様のおっしゃることは本当だったのだな。魔法が使えないという噂はッ!」
アークゴブリンの言葉に一瞬レイの動きが固まった——その一瞬を逃さないアークゴブリンは、剣でまたもレイの身体を薙ぎ払う。
木に叩きつけられたレイは、今度はすぐには起き上がれない様子で地面にぐったりと横たわってしまった。
強すぎる——いや、魔法使いの俺が何もできないのが足手まといすぎるんだ。身体強化の魔法をレイに使っていれば戦況は変わったかもしれない。
でも、アークゴブリンが巨体にもかかわらず素早いこと。それから、俺が思った以上に恐怖で動けなくなってしまったことが要因だ。
アークゴブリンの巨体がレイに一歩一歩、森を揺らしながら近づいていく。
魔道具もあるけど、王様の言う通りだ。俺の作り上げた魔道具を仲間のいる側で使ってしまったら、レイもただじゃ済まない。
いくら威力は高くても、人のことを守れないんじゃ意味がないじゃないか……。
「ほら、どうした? お得意の聖雷とやらを使ってみてはくれないか? あぁ、でもあの小僧がいるから使えんのだな。暴走して、小僧を巻き込んだら大変だもんなぁ!」
叫びながらレイの首根っこを掴んで、宙で締め上げるアークゴブリン。このままじゃ、レイが殺されちゃう。
動け、動いてくれよ俺の身体!
無理にでも動かそうとするけど、震えてしまって思うように動かない。アークゴブリンの恐怖で俺の身体は……。
「……に、げなさい」
「えっ……」
レイの口から放たれた言葉に、俺は衝撃で跳ね飛ばされたような気持ちになった。こんな極限な状況なのに、俺の心配をレイはしてくれてる。
それなのに、俺は何もできなくて、震えてレイがやられていくところを見てるしかないのか?
困ってる人を助けたくて宮廷魔法使いになったのに、自分勝手なものしか作らなくてアストリアに旅に出るように言われた。
最初はアストリアに言われたことの意味がわからなかった。でも、今になって、ようやく俺が間違ってることが分かった。
それでも……。
それでも、俺は魔法で人の役に立ちたい!
震える手で、ギュッと杖を握りしめる。
「……その手を離せよ、クソ野郎ッ!」
俺は叫んで、杖の先端をアークゴブリンに向ける。使う魔法は風属性の『風刃斬破』だ。鋭い風の刃で、敵を切り刻む一撃。
「ぐあああぁぁぁ!」
レイを掴んでいた腕を、風の力で斬り裂いた。腕に深い怪我をしたアークゴブリンは、反射的にレイを離して、腕を押さえて苦しそうにその場に膝をついた。
今のうちに、レイを助けなくちゃ。
……大丈夫だ、もう震えてない。
レイに駆け寄り、持ち上げようとするけど、明らかに体格さが違う。俺よりも身長が高くて、鎧を身につけてるレイを持ち上げることができない。
「お、重い」
「……どうして、逃げなかったのよ」
「俺は人を助けたくて魔法使いになったんだ! このまま逃げるわけにはいかないよ!」
身体強化魔法を使って、気合を入れてレイを持ち上げる。身体が悲鳴を上げるけど、構うもんか!
「それに、俺はレイの魔法を解析したいんだ。それが済むまで、絶対にレイに付きまとってやるからな!」
「……馬鹿」
今までの嫌味のこもった言い方には棘を感じたけど、今の言葉には嬉しさがこもっていたように感じた。
とはいえ、この場はアークゴブリンを倒さない限りは終わることはできない。ここで逃げてしまったら、背後のオーネスの村がこいつに襲われちゃう。
「お、おのれえ小僧! まずは貴様からだ!」
「うわぁ、やっぱり怒ってる!」
とりあえず立て直すために、木陰かどこかに身を潜めよう。
「逃げるな!」
「そんなこと言われて、逃げない相手なんていないだろ!」
そう言いながら逃げるけれど、アークゴブリンは素早い。なかなか振り切れそうにない状況はイタチごっこだ。
このままだと、俺の魔力が切れて……。
「私が魔法を使えれば……」
「そういえば、レイが使える魔法ってなんなの!? 勇者の特別な魔法だよね!」
走りながら叫ぶと、腕の中でレイが頷く。
「聖なる雷の魔法——聖雷。でも、私はまだ未熟。……制御できないのよ」
「それでも見てみたいなぁ」
「だめよ。……あんたまで巻き込んじゃう」
「俺としては食らわせてもらえると、解析が捗るから嬉しいんだけど」
俺は真剣に言ったつもりだけど、冗談だと思われたようで、レイがため息をつく。
「……何言ってんのよ。そんな生優しい力じゃない。最悪の場合、死ぬわ」
そんな風に言われると怖いけど、どのみちこのまま逃げていてもアークゴブリンの手から逃げることは難しい。
「それより、あんたのさっきの風の魔法で、斬り刻むことはできないの?」
「出来たらいいんだけど、逃げに徹している状況じゃ難しいんだよ! 身体強化を使いながら他の魔法も使うってなると、それこそ制御ができない!」
「……使えないわね」
「口だけは達者だな!」
それより、この状況をどうにかしないといけない。
背後をチラッと見ると、アークゴブリンはニヤリと口角を上げて笑って、剣の持ち方を変えている。
一体何をしてるんだ?
わからない。でも、逃げてばかりもいられない——と考えている俺の真横を、猛スピードで何かが通り過ぎた。
次の瞬間には、目の前にアークゴブリンが持っていた剣が突き刺さっていた。
さっきの動作は、投げるためのものだったんだ!
「うわっ!? まさか、剣を投げてくるなんて……」
「馬鹿! なんで立ち止まってるのよ!」
レイの言葉の意味を理解する前に、いつの間にか肉薄していた、アークゴブリンの握られた大きな拳が迫っていた。
「……くそっ」
このままだと、レイも一緒に攻撃をされてしまう。一応、俺は身体強化の魔法をかけている。少しくらいの攻撃なら大丈夫だ。
「ちょこまかと逃げおって——だが、もうおしまいだ!」
「がっ!」
地面に突き刺さっているアークゴブリンの剣に叩きつけられて、声が漏れる。だけど、咄嗟に俺はレイを地面へ滑らせるように離し、風で受け身を取らせた。
レイが無事だったから安心していると、アークゴブリン巨体が目の前に迫り、そのまま大きな手に身体を握りしめられた。
「がああああああっ!」
痛くて、思わず絶叫をあげてしまう。
「儂の腕を傷つけた報いだ、貴様はその身体を粉々にしてやろう!」
「がっ、あああぁぁぁ!」
アークゴブリンの俺を握りしめる手にさらに力が入る。このままじゃ、本当にまずい。レイも剣がなく、どうしようかと困っている様子だ。
「……レイ、魔法だ。魔法を使うんだ!」
「だまれ、小僧!」
俺が喋ると、アークゴブリンが手の力を強めてくる。痛みで意識が飛びそうだけど、頑張って耐える。
「だめよ、あんたも巻き込んでしまうわ」
首を振るレイに俺は頑張って笑って見せる。
「大丈夫、魔法は、裏切らないからさ」
「…………」
レイは何も答えない。でも、レイの足元に水色に輝く魔法陣が出現したことが答えだろう。ここまで見栄を張ったんだ。裏切らないような結果を出すんだ!
解析魔法でレイの魔法を見る。締め付けられてる身体に加えて、目も頭も痛くなってくるけど今はレイの魔法にかけるしかない。
魔法陣はめちゃくちゃだし、魔力の流れも加速しているところもあれば、滞ってしまっているところもある。このまま放てば、暴走して周囲を焼け野原にしてしまうのは確実だ。
だけど、そんなことはさせない。
魔法使いとしての誇りにかけて、この魔法は成功させてやる!
「……ははっ、やはり暴走しているようだな! そんな魔法では儂を倒すことはできん。この小僧を殺すだけだ!」
アークゴブリンの言葉を受けて、レイの魔力の流れが乱れるのを感じた。魔法を撃つことを躊躇っているのに、これ以上乱れるような言葉をかけるなよ。
「……こいつの言ってることなんて、気にすんな。レイは魔法を撃つことに集中するんだ!」
そう言って俺は、レイの魔力を解析しつつ流れを読み取る。目がものすごく痛い、頭もガンガンする。やっぱり、レイの魔力は一般的な魔力とは違う。
それでも、魔法であることには変わりない。魔法なら俺の領分だ。絶対に、この一撃を決めさせてみせる!
「……あんた、目から血が」
「静かにして! もう少し、もう少しなんだ!」
視界がぼやけてきたと思ったら、レイの言ったとおり目から血が流れているようだ。だけど、今は解析に集中だ。今はとてもじゃないけれど、全部を理解することはできない。
それでも、魔力の流れから打ち出す方向を——道を作り出すことくらいなら……。
レイの魔力の流れと、俺が導き出した一手。
「空だ! 空に向かって魔法を打ってくれ!」
「えっ?」
「早く!」
俺が叫ぶと、レイは少し躊躇った様子だったけれど、頷いて手を空に掲げ、解放した魔力を空にぶっ放した。
「お願い……あいつを助けて」
叫んだレイに対して、アークゴブリンはそんなレイの魔法を見て笑っている。
「やはり、暴走しよったなッ!」
レイの決意を踏みにじるような台詞に、レイもその場にへたり込んでしまっているけど、俺は思わず笑ってしまう。
笑いながら俺はアークゴブリンに言う。
「当たらないと思うか? 俺が誘導したんだ、外すわけないだろ!」
俺は、空に浮かぶ雲に、レイの魔法をアークゴブリンに導く回路を作った。レイが魔法を放てば絶対に外れることのない導線だ。
空が白く光り輝いたかと思うと、直後に俺のすぐそばに極太の雷が飛来した。
「ぎゃあああぁぁぁ! 申し訳ございません、カーズ様あああぁぁぁ!」
俺を掴む腕だけ残して、アークゴブリンは大絶叫と共に跡形もなく消滅した。
地面に投げ出された俺に、レイが近付いてきた。目には今までの強気な態度は消えて、涙を湛えている。
こんな時にかっこいい台詞を言えればいいんだけど、意識が朦朧としてる時にそんな気の利いた言葉を思いつかない。
「……魔法は、裏切らないんだよ」
そう言って、レイの笑顔を見た俺の視界は暗転した——




