魔王討伐に行ってらっしゃい
カイドさんはカーズに寄生されて衰弱していたけど、俺の回復魔法と魔道具でなんとか一命は取り留めた。今は屋敷の一室で寝ている。
「……ライズくん、本当にありがとう。あなたのおかげで……」
シンさんは今までの胸の支えが取れた様子で、涙を堪えきれず溢れ出ている。
レイはシンさんの事情を知らなかったから最初は警戒していたけど、今はそんなシンさんのそばに寄り添っている。
カーズに気持ちを弄ばれた者同士、通じるものがあるのかもしれない。
「ううん、俺だけじゃないよ。レイがカーズをカイドさんから追い出してくれたんだからさ!」
俺が言うと、シンさんは頷いてから、レイに顔を向けた。
「勇者——いえ、レイさんもありがとう。今まで、刃を向けてごめんなさい」
「……気にしないで、あなたもあいつに運命を狂わされただけなのだから」
なんだか、いい雰囲気だ!
「……う、ん、ここは?」
「カイド様!」
カイドさんが意識を取り戻したのを感じたシンさんが、横になっているカイドさんの元までかけた。
「具合は、いかがですか?」
「……なんだか、悪い夢を見ていたようだ。酷い恨みを孕んだ何かに心を支配されていた——シンにも迷惑をかけたのではないか?」
「……いえ、カイド様がこうして生きてくれているだけで私は……」
「シン……」
カイドさんとシンさんが手を取り合う。
「シン、君がそばにいてくれて嬉しいよ」
「……私もです」
再会を果たした二人を見て、レイが俺を肘で小突いてくる。
「……行きましょ」
「うん」
並んで部屋を出ようとすると、カイドさんが声をかけてくる。
「そこのお嬢さん、君だね私を悪い夢から醒ましてくれたのは」
レイが頷くと、シンさんが口を開く。
「カイド様、レイさんです。勇者として魔王討伐の旅をしていらっしゃいます」
「……そうか、勇者様でしたか」
カイドさんは噛み締めるように言うと、一呼吸置いてから続ける。
「旅をしていれば、海を渡ることもあるでしょう。屋敷の船を使ってください。勇者様の旅の役に立てば嬉し限りです」
レイが何か言おうとする前に、船に乗れるかもしれないと思って俺は思わず口に出す。
「船! うわぁ、俺乗ったことないから、乗ってみたい!」
「……おや? ところで、その少年は?」
カイドさんが俺に気づいて声をかけてくれた。
「俺は魔法使いのライズです!」
「……私が、今こうして生きていられるのは全てライズくんのおかげなんですよ」
シンさんに褒められて嬉しくなっていると、レイが俺にゲンコツをお見舞いしてきた。
「痛いなぁ、何するんだよ!」
「……なんでもないわ」
そっぽを向くレイは、なんだか少し不貞腐れてるようにも見えた。まるで、レンさんみたいだ。
「船の使用許可をいただき、ありがとうございます。それでは、今度こそ、失礼します」
「あぁ、君たちの旅が明るいものとなるように祈っていますよ」
レイが先に歩き出す。俺がその隣に行こうとする前にシンさんが俺のそばまで駆け寄って——
「……元気でね、ライズくん これは、別れの挨拶よ」
「う、うん。シンさんも元気でね!」
俺はほっぺたをおさえる。キスなんてされたのは生まれて初めてかもしれない。
★
フォーゼルの街にはいたけど、屋敷の外に出たのは初めてだ。さっきまでは曇っていたのか空には雲が多いけど、今は雲の切れ間から日差しがさしていて心地いい。
海も見えて、潮の匂いも、潮騒の音も新鮮だ。
「おーい、レイ待ってよ! 歩くの早いってば」
「……あんたが遅いだけでしょ?」
スタスタと早足で歩くレイに追いつくためには、俺は小走りをしないと追いつけない。
「そんなに急がなくてもいいじゃないか! そんなに船に乗りたいの?」
「……ち、違うわよ!」
レイの声は大きくて、なんだかちょっと怒ってるようにも感じる。
どうしたんだろう?
「じゃあ、なんで怒ってるのさ! 俺、何かした?」
「……あんたは別に、何もしてないわ。……でも、あの人、ずるいわよ」
レイが言葉を言うごとに、なんだか落ち着いてきた様子で、歩くスピードも遅くなっていったから俺も小走りを止める。
「あの人って、誰のこと?」
「……教えないわよ」
レイは俺のことを見て、スッと顔を背けた。教えてくれそうになさそうだから、別の話題を振る。
「それより、船でどこに行く? カーズを倒して、まだ行き先は決まってないよね」
俺が腕を組んで考えこむと、レイはなんだか何かを言おうとして、その言葉を飲み込んでいる様子でもじもじしている。
「……レイ、どうかしたの?」
「あんたは、私の魔法を解析するためについてきてるんでしょ? ……制御できたのに、ついて来てくれるの?」
「当たり前だろ!」
俺はまっすぐにレイを見つめる。そして、ニシシと笑う。
「城にいるより、外に出た方が困ってる人の手助けができるもん! それに——」
と言って、俺はレイに抱きついた。
「——もっと、もーっと、俺はレイと一緒に旅をしたいんだ!」
レイは顔を赤くしている。でも、俺から目を逸らさずに言う。
「……魔王討伐の、危険な旅よ?」
「へへっ、少しくらいの危険なら大丈夫!」
俺が笑って言うと、レイもクスッと笑った。
その時——
『あら、引きこもりのライズが外で旅をしたいなんて、ずいぶん成長したじゃない?」
レイのポーチから聞き馴染んだ声が聞こえた。ポーチがひとりでに開くと、一枚の紙が出てきた。紙には通信用の魔法陣が描かれている。
魔法陣が輝くと、アストリアの幻影が出現した。
「アストリア!」
『ライズ、久しぶりね! 元気してた?』
俺は頷いてから、笑みを浮かべた。
「うん! ちょっと大変なこともあったけど、元気だよ!」
『そうみたいね! レイちゃんも——ふふっ。うまく、聖剣をものにしたようね!』
アストリアがレイが腰に下げている剣を見て手を合わせた。
「……はい。全部、ライズのおかげです」
そう言って、レイは俺があげた指輪を握りしめた。あれは、レイの魔力を安定させるためのものだけど、そんなものがあっても神聖魔法は使えない。
俺は首を振る。
「神聖魔法の発動条件は『絶対に成し遂げたい覚悟』だ! カーズとの戦いで、レイは勇者としての覚悟を自覚したから魔王が使えたんだぞ!」
俺も回復魔法がどうしても使えなかった。それは、自分でなんでもできちゃうってたかを括ってからだ。本気で回復させたいって気持ちがなかった。だから発動しなかった。
でも、ナイツさんが死にそうな状況を見て本気で回復させなきゃって思った。だから、使えるようになったんだ。
「だから、魔法が使えたのはレイが頑張ったからだ!」
俺が必死にレイに言うと、レイは俺の頭に手を乗せて——
「……ライズ、ありがとね。あんたがいてくれたから、私も前に進めたわ」
「ちょ、れ、レイ!? 何するんだよ! あ、アストリアが見てるんだぞ! 恥ずかしいじゃないか!」
——シンさんがした方とは逆のほっぺたにキスをしてきた。一日に二人の女の人からキスされるなんて初めてだ。
でも、シンさんからされた時は嬉しいだけだったけど、レイにされるとなんだか無性に恥ずかしい。勝手に体が熱くなってくる。熱がある時みたいにぼーっとしてきたぞ。
『あら……レイちゃんも隅におけないわね』
アストリアがからかうように言っている。俺は恥ずかしさで体がすごく熱い。でも、レイは冷静な様子でアストリアに笑みを浮かべている。
「……ライズは、私を守ってくれる騎士なんですよ。ねっ、ライズ?」
レイの笑みを見ているとなんだかぼーっとして何だかわからなくなって、俺はとりあえず頷いた。
「……うん」
今の答えがあってるのかわからないけど、アストリアは満足げに笑っている。
「……そういうわけですので、アストリアさん。ライズをもう少し借りてもいいですか?」
『もちろん! もっと色々と経験させてあげてちょうだい! それこそ、魔王討伐なんて素晴らしい経験になるわ』
アストリアが頷くと、通信用の魔法陣の光が弱くなってくる。
『時間ね……それじゃあ、二人とも魔王討伐の旅、気をつけるのよ!』
そう言って、アストリアの通信は消えた。
街は賑わっているのに、俺には音が耳に入ってこない。なんだかすごく静かに感じる。レイにキスされるなんて……心臓がバクバクしてる。
なんで、こんなにドキドキしてるのか自分でもわからない。レイがキスをしてくれたほっぺたを押さえていると、レイが言う。
「……アストリアさんの許可ももらったし、正式にまた一緒に旅をしましょ、ライズ」
レイが笑顔で俺に手を差し出す。握手をしたいってことでいいのかな?
キスは恥ずかしいけど、握手なら大丈夫だ。
最初はレイの魔法を解析したいからって勝手について行くだったけど、今は違う。魔王を討伐する仲間として、一緒に旅をするんだ!
俺はレイの手を力強く握りしめる。
「うん!」
握手をして、笑い合う俺たちの間を気持ちのいい風が吹いた。




