1、勇者の決意
ライズが攫われた跡を見て、私はその場にへたり込んだ。頭が真っ白で、息が詰まる。
どうしてライズが?
敵は、ライズの力を利用しようとしている口ぶりだった。
ライズは子どもだけれど、魔法の腕は一級品だ。解析から再現、応用までできてしまう。下手すれば、アストリアさんよりも優れた魔法使いだと思う。
そんなライズは魔法で人を助けたいと思っているのに、聖杯や聖剣を盗むような相手が、ライズに魔法を悪用させようとしている。
早く助けに行かないといけないと思いながらも、身体が動かない。
旅に出た当初は一人で旅をしていたから、一人でなんとかしないといけないと思っていた。だけど、ライズと旅をするうちに、隣にライズがいることが当たり前になっていた。
怖がってるくせに無茶をしたり、どんな時も前向きに笑顔で突き進むライズの姿に勇気をもらった。
今まで無視していた、魔法の制御もできるのではないかとさえ思っていた。
私にとっては希望とも言えるライズが攫われた。助けに行かないといけないとは思うのに、ライズがいないからこそ魔法の制御もどうにもならないと考えてしまうと、たまらなく怖くなってしまって——
『レイちゃん、どうやらピンチのようね。やっぱ、いざって時に発動する魔法を、仕込んでおいて正解だったわね』
「えっ……」
聞きなじみのある声が不意にどこからか聞こえてきた。声の主は、アストリアさんだ。
どこから声がするのだろうと思っていると、ライズから受け取ったアストリアさんの手紙が光りながら、ポーチからひとりでに舞うように飛び出した。
封の中から魔法陣の描かれた紙が宙を舞い——
『もぅ、連絡ちょうだいって言ったのに、一度もしてくれないんだもん!』
魔法の力で幻影としてアストリアさんの姿が出現した。口を膨らませるアストリアさんの姿を見て、安心からか気持ちが少し落ち着いてくるのを感じる。
「……ごめん、なさい」
涙を堪えながら言うと、アストリアさんはフッと顔を緩めた。
『それはそうと——』
そう言って、アストリアさんはしまった、と言うような表情で額に手をついた。
『——まさか、ライズが連れ去られちゃうなんてね』
「私が、もっとしっかりしていれば……」
悔しさを押し殺すために、手を思い切り握りしめる。こんなことをしてもライズが帰ってくるわけじゃないけれど。
私の様子を見てか、アストリアさんは首を振る。
『レイちゃんのせいじゃないわ。ライズがそれだけ敵にとって魅力的な存在なんでしょ』
私は頷く。
敵が何をライズにさせたいのかは分からない。ただ、ライズがやりたくないことであるのは確かだと思う。
だから、早く助けに行かないといけない。だけど、その気持ちとは裏腹に魔法を制御できないことの恐怖心が募ってしまう。
……このまま向かっても、ライズを助けられる保証がない。
『レイちゃん、怖い?』
不意のアストリアさんの言葉に、心臓が激しく鼓動した。故郷が燃えさかる光景が脳裏を過ぎる。
……私が魔法の制御ができれば、故郷はあんなことにならなかった——大切な人を失うことはなかった。
身体の震えを抑えるために、腕で身体を抱きしめる。
『レイちゃんは、魔法の制御ができなくて焦る気持ちと、ライズを助けたい気持ち——どっちが強い?』
「それは……」
そんなのは言うまでもない。
「ライズを助けることです」
まっすぐアストリアさんを見て言うと、アストリアさんは微笑み、頷いた。
『それなら、やるべきことは一つなんじゃない?』
「はい……」
やるべきことは一つ——ライズを助けに行くこと。敵の場所は、あの女がいるフォーゼルの街だ。そこに行けば、捕らえられたライズを助けることができる。
でも、私一人で……いや、一人じゃない。ライズが連れ去られる間際に、私に渡してくれたものがある。
手で握りしめていた、ライズから託された魔道具を改めて見る。指輪の形をしているけれど、私には使い方がわからない。
だけど、指輪の形をしているのだからとりあえずはめてみればいいと思う。
私がライズから託された指輪をはめると——なんだろう、隣にいないはずのライズがいるような安心感に包まれる。
……あったかい。
身体の中で不安に思っていた気持ちが、すうっと溶けていくように感じた。まるで、絡まっていた魔力が綺麗に流れていくように——
『レイちゃん! その指輪って、ライズが作ったの!?』
「……は、はい」
頷くと、アストリアさんは大きな笑い声を上げた。どうしたのだろうと見ていると、口角を釣り上げて笑みを浮かべている。
『やっぱり、あの子は最高ね! まさか、こんな短期間でレイちゃんの魔法をここまで解析できちゃうなんて、憎らしいほどに上出来な弟子だわ!』
大きな声で言った後で、アストリアさんは私に言う。
『その魔道具は、レイちゃんの魔力を安定させるものよ。それがあれば、少しなら魔法の制御も可能だわ!』
「…………」
ライズは夜な夜な何かを作っているのは分かっていた。まさか、こんなものを作り上げていたなんて……。
『レイちゃん……今は泣いてる場合じゃないわ。ライズを、助けてくれる?』
「……わかりました」
そう言って、私は腕で顔を拭いてから改めてアストリアさんに言う。
「任せてください」
『……ごめんね、もう時間の限界みたい! 私は、城を離れるわけにはいかないから、レイちゃん、あの子のこと頼んだわよ!』
手を振るアストリアさんの幻影が薄くなり——やがて消えた。
沈黙が辺りを支配する。
だけど、私はつけた指輪を強く握りしめる。私は一人じゃない。ライズもそばにいる。不安に支配されていた私の心に希望の光が舞い込んだ。
「……ライズ、必ず助けるから、待ってて」
私は、フォーゼルの街へと駆けた。
★
転移した俺の前には、まるで禍々しい魔力を寄せ集めたような存在が立っていた。
連れ去られた俺は、黒髪のお姉さんの力で一瞬のうちに森から薄暗い洞窟に転移していた。海が近いのか、うっすら潮の匂いがする。
洞窟内には、普段の俺だったら興奮しちゃいそうな研究心をそそるものがあるけど、俺の視線は一つに固定されて動かすことができない。
「……来たな、小僧」
俺とお姉さんの正面に立つ男の人が口を開いた。お姉さんはすぐに片膝をついて頭を下げたけど、俺は恐怖から身体を動かすことができなかった。
灰色の髪に黒いスーツを着て、俺のことを睨みつけるように見てくる男の人は、一見人に見えるけど、それは絶対に嘘だ。
ただの人が、お姉さんの首輪と同じ禍々しい魔力を放つことなんてできるはずがない。
「お前は……?」
「口の利き方がなってない——次は許さんぞ」
男の人の禍々しい魔力の奔流が巻き起こって、周囲のものがガタガタと揺れる。俺は、その魔力の圧に立ってることができなくなってその場にへたり込んだ。
……すごく、嫌な魔力だ。
「……ご、ごめんなさい」
俺が謝ると、男の人は満足そうに頷いた。
「我が名はカーズ。魔王様の配下の一人だ」
カーズという名前を聞いて俺は思い出す。オーネスのアークゴブリンや、ダブトのダークスライムが言っていた名前だ。
全部、目の前にいるカーズっていう奴の仕業だったんだ。
そんなふうに思っていると、カーズが俺に洞窟には不釣り合いに輝く、銀色の神聖な力を感じる剣を放り投げてきた。
「うわっ!」
脚を開いて、なんとか避けた。
岩の床がまるでバターにでもなってしまったかのように、剣は簡単に突き刺さっている。この剣の魔力は、スリーツの神殿に飾ってあった錆びた剣と一緒だ。
「……聖剣」
だけど、剣はまだ完全じゃない。無理やり封印を解かれて怒っているような感じだ。封印を解いたって言ったけど、レイ以外の人が勝手に解いたんだから仕方ない。
でも、どうやって……。
「あっ、もしかして、魔法の聖杯の力で無理やり封印を解いたの——じゃなくて、解いたんですか!?」
カーズの魔法が頬を掠めたから、慌てて言い直す。言葉には気をつけないと。こんな奴相手に言葉遣いを気をつけるのは嫌だけど……。
「その通りだ。封印されてる状態では、その剣を破壊することはできぬからな」
「破壊って……もしかして、俺にその手伝いをしろってことですか?」
「察しのいい小僧だ」
そう言って、カーズは頷いてニヤリと笑った。
この剣は勇者の——レイの剣だ。レイが覚悟を決めるのを待ってる。それなのに、破壊するなんて絶対に嫌だ。
でも……。
「私は気が短い。……この意味、察しのいい小僧ならわかるだろう?」
カーズが口角を釣り上げて、邪悪な笑みを浮かべる。
カーズを怒らせたら、俺は殺されちゃうかもしれない。そうしたらレイが……。
それに、隣で片膝をついてるお姉さんも困ったことがあるみたいだ。ここで、俺が騒ぎを起こしちゃダメだ。
こんな奴の協力なんて絶対にしたくない。でも、レイなら俺のことを助けにきてくれる。俺は、そう信じてるからレイが来てくれるまで生きて待つんだ。
頷きたくない。でも……。
「分かりました。俺に、任せてください」
「いい返事だ——」
そう言ってカーズは、俺に指を向ける。禍々しい紫色の魔法陣が指の前に現れると——
「がっ!? な、何するん……ですか!?」
紫の魔力が首を覆い、やがてお姉さんがつけているのと同じ首輪になった。
「それは、呪いの楔。そこにいるシンと同じものだ。私の命令に反したら、激痛が伴う。下手をすれば死ぬやもしれん——妙な真似はせんことだな」
……カーズだけは、本当に許しちゃいけない。
でも、今はレイが助けに来るのを待とう。それまでは、聖剣の解析を進めるしかない。生きてレイとまた旅に出るためにも。
……レイ、待ってるからね!




